第34話 三期生集合公式生配信③-カーナビゲーションAlice始動-

 富士山。

 言わずと知れた日本の最高峰。

 その壮大で美しい佇まいは、国外からは桜と並び日本の象徴として知られている。国内では古くから信仰の対象として崇められてきた。

 近年に世界文化遺産として登録されたことも記憶に新しい。

 ちなみに東京からは約二時間半の道のりである。


白詰ミワ:「さて話を戻します。今日アリスちゃんは一年ぶりの外出にとても緊張していました。ついスマートフォンを家に忘れてしまうほどに。なかなか連絡がつかなかったのはそのためです。ねこグローブ先生は運転中なので、サイレントにして放置していたとか」


花薄雪レナ:「ながらスマホ運転絶対ダメ。そんな常識あるのになぜ間違った方角に突き進む?」


白詰ミワ:「アリスちゃんも神奈川県突入時点で違和感を覚えたらしいです。都内の移動のはずなのに。けれどアリスちゃんからは言い出せない。配信内で語られたアリスちゃんの過去を思い出してください」


花薄雪レナ:「色々ありすぎて忘れているかも」


白詰ミワ:「詳細は省きますが電車に乗れないので遠出ができない。中学生から引きこもりがちなインドア派。それだけでなく上京したのが高校からです。しかもそれからすぐに一年間の引きこもり生活ですよ。土地勘が全くないんです。生まれも育ちも東京のねこグローブ先生に、道を間違ってないか聞くことなんてできません」


花薄雪レナ:「……そんなねこグローブママはトゥーランドット」


白詰ミワ:「アリスちゃんは怪しみながらも一年ぶりの外出。初めてなのにどこか懐かしくも感じる都会の街並みを眺めていたそうです。頭の中では事務所のスタッフへの挨拶をどうすればいいか、ずっとシミュレーションしていたとも言っていました。けれど富士山の登山道に差し掛かった時点で『それはさすがに違うでしょ!』とねこグローブ先生を止めたみたいです」


花薄雪レナ:「一合目ストップよかった。マイカー規制外なら五合目まで行ける」


白詰ミワ:「この時点で午後三時を過ぎてます。事情を把握したアリスちゃんはねこグローブ先生のスマホを借りて事務所に連絡しました」


花薄雪レナ:「さて国語の問題です。アリスちゃんは『富士山って……おっきいね』と呟いた。この時のアリスちゃんの心境を答えよ」


:絶望

:オワタ

:やっぱり外に出るんじゃなかった

:お外怖い

:…………(遠い目)

:虚無

:そりゃあ哀愁と切なさに満ちるわ


白詰ミワ:「事務所は騒然となります。急ぎ迎えに行くべきでは? これ以上トゥーランドットには任せておけない」


花薄雪レナ:「でもアリスちゃんはやっぱりアリスちゃんだった」


白詰ミワ:「私たちはまだ真宵アリスを知らなかった。配信を通して知るキャラクター。人伝てで語られる人間性。そんなものは本物には敵わない。アリスちゃんはマイペースに言います」


花薄雪レナ:「『とりあえず事務所へのお土産に登山用の金剛杖を買おうと思うんですけど、何本いりますか? さすがに焼き印もらいに山小屋まで行くのは無理です。無印の金剛杖で申し訳ないですが』」


白詰ミワ:「そんなことを言ってる場合じゃないだろ! 事務所内の心が一つになりました。混乱も治まり冷静になります。アリスちゃんと面識のあるマネージャーさんは復帰も早く頭痛そうに『とりあえず一本あれば十分よ』と答えてました」


花薄雪レナ:「『了解しました。あと事務所の詳しい住所とビルの名前。あと外観の画像と面している通りの名前などを教えてくださるとうれしいです』」


:金剛杖?

:富士登山用の木の棒

:丈夫で太くて重いから難所では不評

:一本はもらうのかw

:ちゃんとまともな質問もするんだな


白詰ミワ:「私たちが冷静になったあとにまともな質問が来る。すでにこのとき私たちはアリスちゃんの術中にはまっていたのでしょう。マネージャーさんが『本当に帰ってこれるのか』『道が分かるのか』『迎えは必要ないか』確認します」


花薄雪レナ:「『これでもカーナビゲーションシステムGORILLAのマニュアルを読み込んでいるので大丈夫です』」


白詰ミワ:「なにが大丈夫なの!? 再び事務所が一つに。ちなみにねこグローブ先生の乗っている車にはカーナビはついていません。ついていれば富士山の麓まで行きません。……いえ、ついてなくても普通は行かないんですけどね。ズレた回答に再び不安がよぎります。やはり私たちはまだアリスちゃんを甘く見ていました」


花薄雪レナ:「『家から富士山登山口御殿場ルートまでの道のりならすべて覚えました。東京に戻るのは簡単です』」


白詰ミワ:「絶句でした。一度見聞きしたものは全て覚える。確かに配信でそう言っていました。道順などにも適応されるのですね。トゥーランドットの従妹とは思えない能力です。アリスちゃんは意気揚々と宣言します」


花薄雪レナ:「『カーナビゲーションシステムAlice始動します』」


白詰ミワ:「アリスちゃんの可愛らしい声でナビゲーション。素直に欲しいと思いました」


花薄雪レナ:「キャンピングカーの購入を検討」


白詰ミワ:「一緒に住むつもり!?」


:アリスはどこでもアリス劇場

:カーナビのマニュアル読んでもカーナビの使い方書いているだけ

:アリスって天才だよな……紙一重な部分が特に

:トゥーランドットとの血の繋がりに疑惑が

:カーナビゲーションシステムAliceはどこで売ってますか!?(切望)

:低迷するカーナビ業界に激震が走る


白詰ミワ:「電話を終えてアリスちゃんたちは富士山の麓から移動します。その後も定期的に連絡があり、確実に事務所に近づいてきているのわかりました。ようやく一安心。事務所は安堵の空気に包まれます」


花薄雪レナ:「ほっと一息おやつタイム」


白詰ミワ:「……けれど安心してはいけなかった。私たちはこのときも過ちに気付かなかったのです。もしかしたらこのときが誤解を解く最後のチャンスだったかもしれないのに」


花薄雪レナ:「アリスちゃんに今日の生配信のことを話してない」


:……あっ

:アリスに相談しなかったんだな

:それどころじゃないのはわかるけど

:そういえばそれでアリスが逃走中だったな

:今日が一期生と三期生全員集合回だったことも忘れていた


白詰ミワ:「実はマネージャーさんだけは、アリスちゃんの様子を不審に思っていたらしいんです。事務所への電話。けれど電話対応しているのは演者本人ではなくVTuber真宵アリスでした。真面目な性格です。予定時間に遅刻したなら、キャラ作りせずに謝罪してくるはず。それなのに、と」


花薄雪レナ:「アリスちゃんがお仕事モード起動」


白詰ミワ:「気にはなったが些細なこと。久しぶりの外出のために緊張しているのだろう。マネージャーさんも深くは気に留めなかった。けれどアリスちゃんはこの時点ですでに事務所を疑っていたんです。あの電話でも実は事務所の反応を探っていた。これは事務所の仕掛けたドッキリではないかと」


花薄雪レナ:「……アリスちゃん脅威のエンターテイナー脳」

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