第33話 三期生集合公式生配信②-ついたあだ名はトゥーランドット-

 虹色ボイス事務所は浮かれていた。


 話題に事欠かないが所属VTuberの真宵アリス。

 担当マネージャー以外は誰も接触したことがない。

 真宵アリスの演者である結家詠は事務所内でも謎多き人物だ。


 配信や他の三期生を通じてどんな人物かは聞こえてくる。

 人見知りのコミュ障。陰キャの引きこもり。そう自称しているが普段はとても真面目で礼儀正しい物静かなタイプだと。

 なにより担当マネージャーが本当の妹のように扱っている。根が悪い子のはずがない。事務所内では噂によく聞く親戚のお子さん感覚だった。


 その結家詠が今日の昼。とうとう事務所を訪れるのだ。

 しかもメイド服で。

 一目でいいから見ようと予定を空ける社員が多かった。

 それは同じ演者の一期生も例外ではない。


白詰ミワ:「今日の昼頃にアリスちゃんが事務所に来る。そう聞いた私は予定を開けていました。他の一期生も同じ考えで、気づけば午前中に一期生全員が揃いました」


花薄雪レナ:「アリスちゃん以外の三期生も事務所に来てた」


白詰ミワ:「三期生は当然ですね。初顔合わせです。二期生の二人は黄楓ヴァニラと碧衣リンの復帰を待ってから邂逅すると言って今日は来ていません。できれば二期生全員集合してから会いたいとの意向です」


花薄雪レナ:「二期生も今は楽しそうに色々準備中」


白詰ミワ:「そんなわけで今日の午前中には私たち一期生全員と三期生の三人は集まっていました。真宵アリスちゃんはどんな子か。歓迎会開こう。今日のランチを今から予約しない? でもアリスちゃんがお昼食べてからくるかもしれないし。そんな感じで話は盛り上がります。その光景を見ていた事務所のスタッフがふと漏らしました」


花薄雪レナ:「一期生と三期生が全員揃うならオフコラボをしたら盛り上がるのに」


白詰ミワ:「それだ! と満場一致で飛びついた私たち。さすがに平日の昼から生配信してもリスナーが集まらない。配信するなら夜から。ならば善は急げとイベント告知です。それが昼のサプライズ告知の真相です。思えばそこから間違いだったのかもしれません」


花薄雪レナ:「アリスちゃんの許可とってない。今日の予定は挨拶だけ」


白詰ミワ:「浮かれていたのでしょう。配信は夜。それまでに歓迎会を開いて親睦を深める予定だったので大丈夫と思っていました。騙すつもりもドッキリを仕掛けるつもりもなかったのです。ただアリスちゃんになにも相談せず一方的に決めてしまったのは事実。この時点で私たちが悪いのは明白ですね」


花薄雪レナ:「アリスちゃんごめんなさい」


:今日の午前中とか本当に突然オフコラボが決まったんだな

:急な話だとは思ったが

:告知もサプライズだったし

:ドッキリ仕掛けるつもりがなかったのはわかった

:確かに時間に余裕あるし

:歓迎会を経てオフコラボをする予定だったか


白詰ミワ:「けれど午後一時を過ぎてもアリスちゃんは来ません。マネージャー経由で家を出たことは確認できていました。都内の移動です。車で三十分もかからないはずでした」


花薄雪レナ:「ランチ計画断念」


白詰ミワ:「午後二時を過ぎても姿を現しません。さすがにこれはおかしい、と不安になってきます。アリスちゃんのマネージャーさんも連絡を取ろうとしていましたが電話がつながらない」


花薄雪レナ:「みんなでアタフタ」


白詰ミワ:「そして午後三時。ついにアリスちゃんからマネージャーさんに連絡が来ました! アリスちゃんのマネージャーは机に突っ伏して頭を抱えています。その口からは『……トゥーランドットを忘れてた』と謎の台詞が漏れています」


花薄雪レナ:「困惑必須」


白詰ミワ:「私たちが集まったことに気付いたマネージャーさんが通話中のスマートフォンをスピーカーモードに切り替えてくれました。電話の向こうからアリスちゃんの声が聞こえてきます」


花薄雪レナ:「『富士山って……おっきいね』」


白詰ミワ:「……その声は哀愁と切なさに満ちていました。十代の少女が富士山を見ながら抱く感情とは思いたくはない。とても深い悲しみが伝わってきました」


花薄雪レナ:「悲しみの富士山」


:トゥーランドット?

:連絡が取れたの午後三時か

:……富士山?

:悲しみの富士山w

:話に関係ないが一期生の語り上手いな

:聞き入る

:現役の声優だから本業分野


白詰ミワ:「そのとき私たちも理解できなかったのです。なぜアリスちゃんが富士山の麓にいるのか。リスナーの皆さんも理解できませんよね。アリスちゃんとの話し合いの前に元凶を明かします。マネージャーさんから聞いたねこグローブ先生のポンコツ伝説を」


花薄雪レナ:「人気イラストレーターねこグローブママの知られざる過去」


白詰ミワ:「マネージャーさんが漏らしたトゥーランドットという言葉が全てでした。トゥーランドットはもちろん言わずと知れたオペラの名作です」


花薄雪レナ:「愛を知らない美しくも残酷なトゥーランドット姫。今日もペルシャの王子の首が落ちる」


白詰ミワ:「けれどそれはねこグローブ先生の学生時代のあだ名でもありました」


花薄雪レナ:「……限度を知らない美しくも残酷なポンコツ姫。今日も常識の壁が破壊される」


白詰ミワ:「学生時代。ねこグローブ先生とマネージャーさんを含めたコスプレ女子仲間で旅をしていたそうです。レンタカーを借りて全国各地のコスプレイベントに挑む女子旅。その日は京都のイベントの帰り道。運転手は交代制で夜通し走って東京に帰ります。深夜ハンドルを任されたのはねこグローブ先生。運転技術は確かでした。皆イベントで疲れており、ねこグローブ先生以外はつい寝てしまったようです」


花薄雪レナ:「誰かが起きていれば防げた」


白詰ミワ:「マネージャーさんが目覚めるとそこは雪国だった。見渡す限り広がる銀世界。運転席では土下座するねこグローブ先生。スタッドレスではないタイヤでこれ以上進むのは危ないとの判断で止まっていました」


花薄雪レナ:「問題はタイヤじゃない。圧倒的な銀世界」


白詰ミワ:「もちろん異常気象などではありません。……ねこグローブ先生は重度の方向音痴だったのです。しかも気づかずにそのまま突き進んでしまうタイプの。誰かにナビしてもらえば普通に目的地に着くので発覚が遅れました。まさか東海地方を進んでいるはずが北陸地方を走っていたなんて」


花薄雪レナ:「開いた口が塞がらない」


白詰ミワ:「あまりの驚愕の事態にマネージャーさんも怒る気にすらならなかったようです。とりあえず一人で車に乗らないことを厳命してトゥーランドットの称号を与えたとか。それからマネージャーさんが過保護になり、常に一緒にいるようになる。そうして二人の友情は始まった。最終的には心温まるエピソードでした」


花薄雪レナ:「夏と冬の祭典などでもマネージャーが常に迷子対策でついていたらしい」


:ポンコツ伝説w

:ねーよwww

:方向音痴ってレベルか?

:限度を知らない美しくも残酷なポンコツ姫w

:なぜトゥーランドット?

:どちらかと言えば雪の女王

:誰も寝てはならぬw

:それか!

:てぇてぇ?

:おねロリだからてぇてぇな

:方向音痴はロリじゃない

:……それでアリスは事務所ではなく富士山の麓に行ったのか

:都内の移動のはずなのに方向音痴で富士山にたどり着くか?

:確かに常識の壁が破壊されたな

:アリスの巻き込まれ不幸体質というか人災だな




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