第10話 雑談生配信②ー遺伝はでかいー
まろ便。
ネットで活動する人にとって、必須の情報発信ツールのなっているつぶやき便。
けれど不特定多数の人から悪戯や誹謗中傷が届くなど社会問題も発生中。そこで登場したのが人工知能を用いて、悪意あるメッセージを弾いてくれる匿名質問サービス。言葉の刃をまろやかに。それがまろ便である。
「やる気充電完了。お仕事モード起動。皆さんおはようございます。世界に叛逆を目論む暴走型駄メイドロボ真宵アリスです」
最初に妹ボイスで笑顔を振りまきながら、ペコリと頭を下げながらカーテシーを決める。元気な口調とは合わないのだが、なぜか要望が多かったため開始挨拶ルーティーンに組み込まれている。
:おはよう
:夜だけどおはよう
:仕事終わりだけどおはよう
:今起きたからおはよう
挨拶をすると、多種多様な挨拶コメントが勢いよく流れていく。すでにデビュー配信から一か月以上経ち、すでに見慣れた光景だ。
嘘です。慣れません。胃薬の量は減りましたが、相変わらず毎日吐きそうです。
「今日は事前に告知してあった通り雑談配信です。まろ便にお便りが溜まっているから雑談配信決めたのに告知でさらに殺到。しかも虹色ボイス公式配信後にさらに増えた。全て目を通すのが大変になり、マネージャーのお酒の量も増えました」
:草
:マネージャーさん肝臓お大事に
:虹色ボイス公式配信はワロタ
:一筋縄では行かない一期生をメイド服テロで困惑させた三期生
:普段着がメイド服w
:やっぱり引きこもりを公言するなら服を全てメイド服で統一しないとね
「それでは、まろ便に多かった質問から読んでいきます。圧倒的一位はこれ」
@「歌枠やらないの?」
@「アリスちゃんの歌をもっと聞きたいです」
@「余命幾ばくもない想像上の妹がアリスちゃんの歌で成仏したいと言っています」
@「アリスちゃんの歌で死んだはずのおじいちゃんが戻ってきました」
:おいwww
:アリスの歌は天まで届いたんだな
:これ歌わない方がいいのでは?
:イマジナリーシスターにレクイエムを
:成仏するのか戻ってくるのかw
「私の歌がご好評頂いたようでありがとうございます。ですが元々構想になかったこともあり、当方の準備不足もありますので、しばらくは歌の予定はありません」
:そんなー
:アリスも配信で自信ないって言ってたからな
:いやマネージャーなら準備してくれるはず
:マネージャーも酒の量増えるくらい仕事増えたんだろ
「ですがマネージャーからは歌の準備を欠かさないように。と脅され……いえアドバイスもらっています。なにか考えているかも? 私も無駄にはちみつを買い集めたり、オンラインでレッスンしたり、発声の勉強したり、腹筋に効くトレーニングしたり、風船を膨らましたり、バルーンアートに挑戦したりしてます」
:脅され?
:はちみつは喉にいいからね
:アドバイスな
:やっぱりマネージャーはやる気なんだw
:風船からバルーンアートにそれてるw
「それでは第二位。私は怒ってますからね。これに関しては言っておかなければいけないことがあります」
@「パンツの色を教えてください」
@「パンツの色は聞かれていると思うのでブラを……ごめんなさい」
@「――ブラは、、、つけてないですね」
「どうしてこれが二位なんでしょう?」
:www
:声に出してワロタw
:普通にコーヒー吹いてキーボードがw
:まあちっさいからな(あくまで背の話です)
「ほほう……コメント欄も決めつけている人が多いのですね。でも貧乳スキーさんにごめんなさい。私は昔の言葉でトランジスタグラマーなのです! 背が低くても――って背も小さくないよ!」
:アリス怒りのノリツッコミw
:トランジスタグラマー?
:昭和の言葉で背が低くてもグラマラスな女性のことで令和だとどういう意味か知らない
:無理しなくていいよ?
:つけてなくても恥ずかしいことじゃない
「誰も信じてくれないだと! えと本当に平均よりありますよ。一応配信前にねこ姉に手伝ってもらって測ったけどEの六十だし。このサイズだとブラのサイズもあまりないけど、スポーツブラはつけているし」
:Eカップだと!
:バスト六十?
:アンダーね
:男にはわからないだろうけどすごく細くて大きい
:アンダー六十だと種類ないよね
:病的な細さ
:背の低さ考えると妥当
女性の書き込みと思われる解説が一気に増えた。
普段から書き込んでいた人たちの書き込みが消える。層が違うのだろう。茶化すのもネタにするのもいいが、本格的な下着の話はダメらしい。
「お姉さま方解説ありがとうございます。ふふん私の貧乳デマもこれで晴れた」
:アリスが巨乳?
:いや虚乳
:虚乳かなら安心した
:ふう一瞬世界の法則が乱れたかと思った
「だからなぜ信じない! 本当だからね! 血筋だからね! 背は引き継がないけど家系的に大きいの! ねこ姉なんて――」
:ねこグローブ先生?
【ねこグローブ】:アリスちゃんストップ! それ以上はダメ晒し行為はダメだよ
:身内からのインターセプトw
:遺伝なら本当に大きいのか
:それでねこグローブ先生のサイズは?
「……こほん、ここで小噺を一つ。これは数年前の話。コスプレにハマっている女学生がおりました。とある真夏の祭典で自作の衣装に身を包み、お気に入りの男性キャラになりきる女学生。そこで事件が起きる。パンという破裂音。女学生の前にいた男性が倒れたではありませんか。胸を抑えて蹲る女学生。飛んで行ったのは胸元のボタン。コスプレ仲間の女性が呆れながら言います『ちゃんとサラシを巻いておかないから』。それに反論する女学生。『ちゃんとサラシは巻いてたの。でも汗で緩んだみたい』。コスプレは無理せず自分の体型にあったものをしましょう。無理なサラシ更衣はいけません」
【ねこグローブ】:……うぅアリスちゃんのバカ
:話うま
:実話か
:これぞアリス劇場
:サラシはダメだな
「ちなみにこれはねこ姉とマネージャーの酒の席で聞いたお話です」
:www
:コスプレ仲間がマネージャーか
:ねこグローブ先生とマネージャーは本当に仲いいんだな
:元コスプレイヤーという衝撃の事実
:それいえばアリスは普段着がメイド服
:なるほど遺伝はでかい(確信)
「では次行きましょう。第三位は公式配信後に急浮上したこれです」
@「普段着がメイド服って本当?」
@「引きこもりの決意のためにメイド服しか持っていないと聞きました」
@「メイド服でも外に出ていいんだよハァハァ」
「最後のは私の引きこもりの決意をより強固にさせてくれたので、あえて載せました」
:おいw
:まあこの質問は行くよな
:一期生も衝撃の普段からメイド服
:不退転で不外出の決意
「これに関して公式配信で語った通りなので、全て実話です。マネージャーからは『ねこグローブ先生の家で飲むと、メイドがいて変な店に迷い込んだかと思う。けどここ以上に接客が良くて、ツマミも美味しい店を知らないの。メイドさんツマミ追加で』とご好評いただいております」
:マネージャーうらやましいw
:ちょっとその店紹介してくれ
:アリスがツマミ作ってるの?
:メイドの接客
「ねこ姉の家に転がり込んだ身ですから、家事は全てやってますよ。料理のレパートリーも増えました。ただお酒のツマミに偏っている気はします。たこわさとか、塩辛風のイカ刺のワタ和えとかも家で作ってます」
:マジ?
:あれ家で作れるの?
:呑み屋でしか作られないラインナップ
:メイドロボだから家事出来るか
:駄メイドロボ設定は一体
「それでは次行ってみましょう」
・
・
・
「ではではお仕事モード終了です」
:お疲れ
:楽しかった
:雑談も普通に面白い
:今日も事件が多かった
雑談生配信も無事終了したが、今日はまだ終わらない。お仕事モードの勢いで告げようかとも思ったが、デビュー生配信のときに「まだ早い」「注目が足りない」とわざわざ引っ張った話題だ。
お仕事モードで告げるのは筋が通らない気がした。
「最後に皆さんに告知があります」
:あれまだあるの?
:声のトーンが
:堕落型だな
:まじめな話が多い堕落型
これを言ってしまえば後戻りはできない。
けれど収益化は配信者にとっての大事な節目になる。ここで一歩踏み出せなければ、VTuberになった意味がない。
「配信を始めて早一か月が経ち、収益化もほぼ決定と聞いています」
:早いな
:そろそろだと思ってた
:デビュー配信で条件突破しているからな
:妥当
:企業VTuberなら珍しくもない
:何回もバズっていると審査も早いとか
VTuberとして人気を得たことで恐怖はさらに増大した。
身バレの恐怖に震える。眠るときに不安で鼓動が早くなる時がある。自分の知らないところで世界が変わることがある。私はそれを経験している。
「そのため次回は収益化記念生配信となると思います」
:やった
:歌ある?
:有休とっても見る
:なんか声が真面目だし重大告知?
朝起きてエゴサーチする。真宵アリスと結家詠を関連付ける情報は出ていない。そうしてようやく安心して一日を始められる。
そんな生活はもう嫌だ。さすがにもうこれ以上は耐えられない。
「残念ながら歌はありません。私にとっての重大発表です。皆様は覚えているでしょうか? 私がデビュー配信のときに『今日はまだわたしがVTuberになった理由の詳細は語れません』と言ったことを」
:覚えている
:忘れられるはずがない
:あの話インパクトが強かったし
今は私の話をちゃんと聞いてくれる人がいる。
耳を傾けてくれる人がいる。
それだけ勇気がもらえた。
「……覚えていてくれてありがとうございます。皆様には大した話ではないかもしれない。けれど私にとって重大で、引きこもるきっかけに関わる話です。毎晩夜に怯えて、毎朝自分の無事を確認して安堵する。私はそんな悪夢を晴らすために、世界に叛逆して塗り替えるために私はVTuberになったんです」
コメント欄はすっと引いている。同時接続者は減っていない。
デビュー配信のときは必死すぎてわからなかった。リスナーはちゃんと耳を傾けてくれている。
だから自然と言葉が出てきた。
「収益化記念ライブ配信ではその話をしようと思います。全ての始まり。私の身に降りかかったネット冤罪について」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます