第9話 虹色ボイス公式配信②

 虹色ボイス公式チャンネル。

 一期生ユニットのアイリスのチャンネルでは雑談から企画物。虹ボの出演者が声をあてるアニメやゲームの紹介にイベント情報。そして新メンバーの紹介。

 それだけでなく歯に衣着せぬ物言いで、ファンの間でささやかれる不穏な噂を追及し、デマをぶった切ることでも人気を集めている。

 デビュー配信を成功させ、現在躍進中の三期生のメンバー紹介。その三期生には不仲説が流れており……。


竜胆スズカ:「それで次は三期生リズベット・アインホルンさんです。では――」


胡蝶ユイ:「――ストップ。このくだり必要? 三回目は要らないでしょ」


竜胆スズカ:「要らないかな?」


胡蝶ユイ:「本人のメッセージあるなら、それを流せばいいだけだと思う」


竜胆スズカ:「うーんランランがそこまで言うなら仕方ないね」


胡蝶ユイ:「いや別にそこまでは言ってないし、リンリンが気に入っているなら別に」


竜胆スズカ:「ごめんねリズ姉。せっかくゲストに来ていただいたのにランランが嫌がるから出番カットで」


胡蝶ユイ:「ちょっと待った! ゲストに来てるの? 本当に来てるの?」


竜胆スズカ:「アバター出せないから音声だけどうぞ」


リズベット:「くすん。せっかく来たのに出番がないリズベット――」


胡蝶ユイ:「――ごめんなさい! 謝るから! 本当に来てたなら謝るから来ていただいてお願いだから!」


 金色の髪をなびかせ、薄黄緑色のドレスをまとうアバターが手を振りながら登場する。目立つのはエルフの証である尖った耳。……ではなく揺れる大きな胸だろう。


竜胆スズカ:「そんなわけでゲストの三期生リズベット・アインホルンさんです。みんな大好き巨乳エルフ。通称エロフ。愛称リズ姉です」


リズベット:「公式チャンネルに呼ばれて出ちゃったリズベット・アインホルンです」


胡蝶ユイ:「…………」


竜胆スズカ:「ほら不貞腐れてないでランランもなにか言って」


胡蝶ユイ:「……台本に書いてあったんだもん。あのスカスカ台本に珍しく。かけあい、かけあいから変化をつけるためにリズ姉で止める、って書いてあったもん。今日は残念ながらゲストは来れないようです、言われてたもん」


竜胆スズカ:「ランランは甘いな。うちの台本にそこまでちゃんと書いてあったら罠を疑わないと」


リズベット:「……スカスカ台本に罠。二期生の紅カレン先輩と翠仙キツネ先輩から聞いてたけど。公式チャンネルは魔境。一期生の先輩方には勉強させてもらえと」


竜胆スズカ:「リズ姉は三期生の中で唯一二期生とコラボ配信しているんだっけ?」


リズベット:「今のところゲーム配信しているのがあたしだけですし。耐久配信や飲酒配信に未成年を巻き込めないから、とお声かけくださったんです。ミサキちゃんは動画作成の勉強でそれどころではないらしく」


竜胆スズカ:「なるほろ。二期生は色々あって黄楓ヴァニラちゃんが活動休止中。碧衣リンちゃんがソシャゲアイドルデビューで全国でイベントを回っているから、寂しさもあるんだろうね。からみ酒に耐久ゲーマーだけどよろしくね」


リズベット:「はい。よく面倒を見てもらってます」


胡蝶ユイ:「リズベットさん。さっきは本当にごめんね」


リズベット:「いえいえ気にしないでください。おいしかったので」


胡蝶ユイ:「……おいしい。リズベットさんも芸人種か」


竜胆スズカ:「はいはいランランも復活したところ。せっかく来てもらったんだし、リズ姉に質問コーナー。ぶっちゃけ三期ってどうなの?」


リズベット:「どうなのというと?」


竜胆スズカ:「人間関係的な?」


胡蝶ユイ:「ちょっとリンリン!」


竜胆スズカ:「ランランも気になるでしょ。全員収益化目前なくらい好調。なのに三期生間でコラボとかないし、微妙に不仲説があるんだよね。そこのところズバリ!」


リズベット:「……うーん」


胡蝶ユイ:「ほら! リズベットさんも言いにくいなら答えなくていいからね」


リズベット:「いえ、ズバリで言うとすごく良好です。デビュー前から三期生グループチャットは活発ですし、居心地がよくて頑張るぞ! って気になります」


竜胆スズカ:「ほうほうそれは良かった。でもなにか引っかかる?」


リズベット:「アリスちゃんとだけは誰も直接は会えてないんですよ」


胡蝶ユイ:「配信では対人恐怖症でコミュ障の引きこもりを公言してたよね」


リズベット:「グループチャットではコミュ障ではないですね。雑談にも乗ってくれる聞き上手。ものすごくまじめで丁寧ないい子ですね。年齢が近くてセツナちゃんとも仲いいです。『子供の頃マジスタのコスプレしてた』って画像くれたり。あたしたちの配信のアフレコするときも『今日の配信でこの部分を~』って事前に全部許可を求めてくれます」


竜胆スズカ:「噂の実質コラボの衝撃の裏側」


胡蝶ユイ:「でも会えていないと」


リズベット:「対人恐怖症の引きこもりは本当みたいで。マネージャーからは収益化したらテコ入れすると聞いてます。どうもアリスちゃんとそういう約束をしているらしく」


竜胆スズカ:「ふむふむ収益化が一つの区切りなんだね」


リズベット:「みたいです。アリスちゃん以外の三期生は『それまでにとにかくレッスン頑張って自力をつけよう』という話になっていて、コラボがないのも『アリスちゃんを除いた形では三期内でコラボはしない』ってだけです」


竜胆スズカ:「不仲説は完全否定。三期生の結束力は高いと」


リズベット:「ですね。あと純粋にみんな悔しいんですよ」


胡蝶ユイ:「悔しい?」


リズベット:「三期生の好調はアリスちゃんのデビュー配信のおかげで登録者急増したところが大きくて。アフレコも歌も滅茶苦茶上手くて。あたしの配信をアフレコしてくれたときも、あたしが喋った内容なのにアリスちゃんのアフレコを通して聞く方が心に届きやすい。本物よりも真に迫ってくるのが如実にわかるので。今のままだと実力差ありすぎて、お世話になるだけのコラボはできない。今の評価は分不相応だからとにかく頑張る。まず声の力、伝える力を鍛える。基礎から勉強仕直さないとって感じですね。メラメラ」


竜胆スズカ:「さ、三期生が熱い。熱血だ」


竜胆スズカ:「ゲストの三期生リズベット・アインホルンさんでした」


胡蝶ユイ:「色々と内情を聞いちゃってごめんね」


リズベット:「いえ三期生不仲説の誤解も解いておきたかったので、こちらこそありがとうございます。では」


 リズベットが登場と同じ笑顔で手を振り消えていく。


竜胆スズカ:「…………」


胡蝶ユイ:「…………」


竜胆スズカ:「…………」


胡蝶ユイ:「……真宵アリスちゃんは?」


竜胆スズカ:「三期生が会えてないのに、引きこもりの真宵アリスちゃんが公式に出てくれるとでも?」


胡蝶ユイ:「さっきまでそれでもドーンとやってアバター召喚してたよね」


竜胆スズカ:「でもランランに不評みたいだし」


胡蝶ユイ:「引きずってたの!?」


竜胆スズカ:「まあ冗談だけど。実は真宵アリスちゃんのアバターはこの配信スタートからずっといたのだ」


胡蝶ユイ:「え? どこにもいないけど。……まさか」


 バストアップアングルだったカメラが遠ざかり、配信部屋の全貌が映し出される。その一番隅に『やる気充電中』の文字を浮かべた真宵アリスのアバターが三角座りしていた。


胡蝶ユイ:「な……なんて無駄な演出」


竜胆スズカ:「そんなわけで三期生の怪物真宵アリスちゃんです。人類に叛逆を目論む駄メイドロボとして衝撃のフライングゲリラ配信でデビュー。驚愕の歌声を披露。その後アフレコ芸で、現在放送中のアニメ丸々一本を一人全役でアフレコ生配信。一度見聞きしたものは全て覚えて、自分の声で再現できる特異能力を配信中にぽろりと漏らし、本当に人間? やはりメイドロボ? など話題に事欠きません」


胡蝶ユイ:「…………」


竜胆スズカ:「あれランランのツッコミがない」


胡蝶ユイ:「ツッコミは相手がおかしいことを言ったときに入れるものだよ」


竜胆スズカ:「アリスちゃんの紹介って事実の羅列だけでおかしい」


胡蝶ユイ:「確かに! っておい!」


竜胆スズカ:「ではアリスちゃんには電話で質問したのでそちらをどうぞ」


胡蝶ユイ:「ちゃんと電話はできたんだね」


竜胆スズカ:『オレオレ、オレだけど――』


真宵アリス:『――ブチッ』


胡蝶ユイ:「…………」


竜胆スズカ:「…………」


胡蝶ユイ:「無言で切られてんじゃん!」


竜胆スズカ:「テイク一の失敗だね」


胡蝶ユイ:「なんで開口一番を詐欺風味にしたの!」


竜胆スズカ:「それではテイク二」


竜胆スズカ:『ごめん、さっきのはつい――』


真宵アリス:『お客様のおかけになった電話番号は現在使われておりません』


胡蝶ユイ:「着信拒否された!」


竜胆スズカ:「甘いなランラン。着信拒否されたら相手が通話中になっているか違うアナウンスが流れるんだよ」


胡蝶ユイ:「え? じゃあさっきのは」


竜胆スズカ:「アリスちゃんの声真似」


胡蝶ユイ:「……なんて芸達者な」


竜胆スズカ:「まあ私も後で調べて知ったんだけど」


胡蝶ユイ:「リンリンも騙されて切ったのか」


竜胆スズカ:「それではテイク三」


胡蝶ユイ:「今度こそは成功させてね!」


竜胆スズカ:『もしもしこの番号はアリ――』


真宵アリス:『――竜胆スズカ先輩さっきの電話はすみませんでした。悪戯が過ぎました』


竜胆スズカ:『悪戯? よくわからないけど、この電話はアリスちゃんでいいんだよね?』


真宵アリス:『はい、かまいません』


竜胆スズカ:『それじゃあ質問だけど……パンツの色は?』


真宵アリス:『黒です。普段からメイド服しか着ないので色を合わせて黒か白しか持ってません』


竜胆スズカ:『え? ちょっと待って! 質問の答えより驚愕の情報が舞い込んできたんだけど、それはアバターの設定の話?』


真宵アリス:『ん? 私の普段着の話ですけど』


竜胆スズカ:『メイド服が?』


真宵アリス:『はい。絶対に外に出ない決意をして引きこもったので。ねこ姉の家に引っ越すときに、普通の服を全て実家に置いていきました。だから一着も持ってないんです。不退転で不外出の決意ですね。メイド服しかないなら絶対に家から出ないです。今ではメイド服だけで二十着以上ありますね』


竜胆スズカ:『お、おう。質問に答えてくれてありがとう』


真宵アリス:『これで終わりなんですね。ありがとうございました』


胡蝶ユイ:「…………」


竜胆スズカ:「…………」


胡蝶ユイ:「…………」


竜胆スズカ:「…………」


胡蝶ユイ:「どっからツッコミを入れればいいの?」


竜胆スズカ:「想像以上だったぜ。アリスちゃん。さすが事件しか起こせない女」


胡蝶ユイ:「……これが世界に叛逆を目論む駄メイドロボか。世界がヤバい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る