第8話 虹色ボイス公式配信①

 虹色ボイス一期生。

 現役声優をVTuberにして多種多様なメディアミックスを行う架け橋プロジェクトとして発足された。

 竜胆スズカ、胡蝶ユイ、白詰ミワ、花薄雪レナでアルコイリスと呼ばれる四人ユニットを組んでいる。スペイン語で虹という意味だ。

 声優兼業であり個人チャンネルはない。

 そのため配信業の再生数はそこまで多くはない。


 だが歌回、企画物、個人配信で着実にファンを獲得。

 アニメやゲームの宣伝から観光案内まで様々企業案件を請け負うことで成長してきた。

 今やオタク業界のポータルチャンネルとも呼ばれており、その内容は多岐にわたる。実態ある声優とVTuberのアバターを使い分けることで、一般層の知名度も高い。

 ファンがコアになりがちな配信業に頼らない成功モデルだ。

 虹色ボイス公式チャンネルはそんな一期生ユニットのアルコイリスのチャンネルである。


竜胆スズカ:「はーい。今回の配信は竜胆スズカことリンリンと」


胡蝶ユイ:「胡蝶ユイです」


竜胆スズカ:「通称ランランのパンダコンビで配信します」


胡蝶ユイ:「おいユイ要素はどこ行った」


竜胆スズカ:「この流れテンプレ。いい加減あきらめない?」


胡蝶ユイ:「ファンにランちゃんと呼ばれて反応できない身にもなれこの野郎」


竜胆スズカ:「つまり『ランランと呼んでいいのは愛するリンリンだけだ。だから配信ではやめてくれ』という告白かな」


胡蝶ユイ:「はいはい百合営業禁止。前回イケボが好評だったからと調子に乗るな。さっさと今日の配信について説明するよ」


竜胆スズカ:「では桜色セツナちゃんどーん」


 スズカが手を広げた方向に小さな桜色の雪結晶が舞い降り一人の少女が姿を表す。桜の花びらの髪飾りに明るい銀髪は腰まであり、白と淡いピンクで統一されたロリータファッション。

 桜色セツナのアバターだ。


胡蝶ユイ:「…………」


竜胆スズカ:「…………」


胡蝶ユイ:「……おい喋らないぞ」


竜胆スズカ:「ゲストご本人は呼んでないからね」


胡蝶ユイ:「じゃあ何だったんだ今の間は!」


竜胆スズカ:「秘儀アバターだけ召喚。同じ事務所の公式チャンネルしか使えない」


胡蝶ユイ:「職権乱用か! 今日は虹色ボイス三期生の紹介配信だったよね!?」


竜胆スズカ:「三期生は全員テコ入れが必要ないくらい順調だからね。無理にスケジュールを開けさせるよりも、今は自分の配信スタイルの確立に力を入れさせるのが事務所としての方針」


胡蝶ユイ:「なるほど。手がかからない三期生」


竜胆スズカ:「あと二期生デビューを公式チャンネルでやったせいで色々あったし。二期生も四人ユニットと勘違いさせて混乱を招いたりさ」


胡蝶ユイ:「そんなことあったね。質問コーナーのまろ便に『ユニットの名前教えてください?』みたいな質問多くて、個人チャンネルで活動する趣旨すら伝わってなかったし」


竜胆スズカ:「あと三期生が忙しすぎて事務所がアポ取り忘れたらしい」


胡蝶ユイ:「完全に事務所のミスじゃん!」


竜胆スズカ:「そんなわけで虹色ボイス三期生の桜色セツナちゃんです。子役の氷室さくらちゃんと言った方が有名かもしれません。そんな彼女が心機一転声優に生まれ変わるための禊としてVTuber業界に殴り込んだ」


胡蝶ユイ:「禊言うな! あと別に殴り込みかけたわけじゃない!」


竜胆スズカ:「じゃあ踏み台?」


胡蝶ユイ:「……微妙に否定しにくい。子役の氷室さくらではなく、VTuber桜色セツナを見てあげてください。本気で声優になりたい。本当に自分がしたいことを始めたいと頑張っているので」


竜胆スズカ:「はい。必死にフォローしようとするかわいいランランも終わったので、本人からメッセージ届いてます。どうぞ」


胡蝶ユイ:「あるなら最初からそれでいいじゃん!」


桜色セツナ:『竜胆スズカさんからの質問を読み上げて答えればいいんですね? わかりました。……芸歴が8年と虹ボトップの桜色セツナさん。後輩として扱えばいいのか、先輩として扱えばいいのかわかりません。とりあえず焼きそばパン買ってきたらいいでしょうか。っていらないです。後輩として扱ってください。一年目で新人の三期生です!』


竜胆スズカ:「よし! 先輩マウント完了」


胡蝶ユイ:「よし、じゃない! なにやってんの?! ホントになにやってんの!?」


竜胆スズカ:「それじゃあ次に行ってみよう」


胡蝶ユイ:「公式チャンネルの三期紹介これでいいの!?」


竜胆スズカ:「では七海ミサキことミサきちドーン」


 桜色セツナのアバターが煙とともに消え、光差すエフェクトとともに現れたのは緑色のショートカット少女。山ガールベースに燕尾巻きスカートを組み合わせたどこか中性的に見える七海ミサキのアバターだ。


胡蝶ユイ:「…………」


竜胆スズカ:「…………」


胡蝶ユイ:「だからこの無駄な間はなに?」


竜胆スズカ:「VTuberはシュレディンガーの猫。あなたはアバターの向こうに演者が実在していると思っているでしょう。それは本当でしょうか? 実は演者などおらずアバターという存在が一人で喋っているのかもしれない。ボクらに確かめるすべはないのだから」


胡蝶ユイ:「ホラーか! 世にも奇妙な裏話か!」


竜胆スズカ:「そんなわけで三期生の七海ミサキことミサきちです。とある秘密機関にエリートソルジャーとして育てられた彼女は己の正義を守るために機関から逃げ出した。卓越したサバイバル技術で追手から逃れて旅人となったミサきち。ついに電波の海に辿り着きVTuberとなって表舞台に舞い降りた」


胡蝶ユイ:「そんな裏設定ないからな。七海ミサキちゃんは釣りにキャンプと普通のアウトドア趣味なイケボ女子です」


竜胆スズカ:「普通とか後輩に向かって酷くない?」


胡蝶ユイ:「リンリンが言うな! 知らないところで勝手に設定を増やされて、無茶ぶりされる後輩の身になれ」


竜胆スズカ:「これきっかけでサバゲー入門とか新規開拓するかも?」


胡蝶ユイ:「……ないわけじゃないけど、本当に無茶ぶり止めてあげて。今うちの事務所スタッフがその手があったかと手を叩いたし」


竜胆スズカ:「ではミサきちの次のお仕事が決まったところで本人からのメッセージです」


胡蝶ユイ:「……守れなくてごめんなさい」


『公式チャンネル用のメッセージですか? これを読み上げるんですね。キャンプが好きになりたいのでホットサンドメーカーください。竜胆スズカより。……え? これだけ? え? 本当にこれだけ……なんですね。これを面白く返せば正解? ホットサンドメーカーはキャンプと関係ないじゃんとか? 今も録音していてそのまま編集せずに流す! 待ってください! やり直しを……無理ですか。えと、えーとオススメのメーカー品お送りします。これでいいの? 本当に? ……VTuberって本当に大変なお仕事ですね』


胡蝶ユイ:「本当にごめんなさい! なにやってんの!? ねえ!? 完全に誤解させたよ!」


竜胆スズカ:「このあと本当にホットサンドメーカーだけでなく、丁寧な手書きのオススメレシピまでくれて本当にありがとうございます。事務所のお夜食用の共用備品として設置されました。もちろん購入費用は経費として扱い、ミサきちには返金しております」


胡蝶ユイ:「すでに……届いている……だと!」


竜胆スズカ:「焼き立てのベルギーワッフルは控えめに言って神だった。実は今までベルギーワッフルってモソモソしてあんまり好きじゃなかったけど、焼き立てだとあんなにカリじゅわっで美味し──イタッ、痛いよ! 配信に映らない無言のボディーブローはやめて! レバーに響く」


胡蝶ユイ:「七海ミサキさん本当にありがとうございました。これはあとでこんがり挟んで焼いておきます」


竜胆スズカ:「やめて! 黙ってワフパしたことは本当に謝るから! 今度一緒に作ろっ! ねっ? ねっ?」




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