第7話 雑談生配信①ーフリートークは引きこもりにはつらいー
雑談配信。それは魔境である。
リスナーからすれば演者と日常会話しているような感覚の配信。演者のパーソナルな部分に触れて親近感がわくため需要がある。ときには演者の意図しない失言やハプニングで神回を生むこともある企画だ。
VTuberなら誰しも通る道。
だがどう考えても苦行でしかない。
フリートークで一時間以上一人でカメラに向かって喋り、顔の見えない配信を見ている人を楽しませる。
偉業以外になにと言えばいいだろう。
雑談配信が得意な人はすでに人間を止めたプロの陽キャだ。
陰キャで引きこもりの結家詠には不可能。
マネージャーからの無茶振りに本気でめまいがした。
すでにデビュー配信から何度か配信している。
アフレコ生配信という企画物だ。
マネージャーから与えられた顔売りのための企業案件。現在放送中のアニメ『魔法少女は後輩に譲りたい。二十五歳になっても不老で見た目小学生はさすがにきつい』を一話から三話まで生配信中に一人全役でアフレコするだけのお手軽企画だった。
放送中のアニメの全台詞を覚えてアフレコするのは詠の趣味だ。
あれこそ日常配信と言えるだろう。
ちなみにアニメのメインキャストに虹ボ一期生の花薄雪レナ先輩がいたので、実現した企画である。
配信開始時間が迫っている。始まっていないのに会話デッキは壊滅状態。サレンダーしてもいいですか。引きこもりに雑談に使える日常があると思うな。事故配信として炎上する覚悟を決めてマウスをクリックする。
「やる気充電完了。お仕事モード起動。皆さんおはようございます。世界に叛逆を目論む暴走型駄メイドロボ真宵アリスです」
明るい元気な妹ボイスでとにかく勢いをつける。勢いだけの空元気だ。
:おはよう
:アフレコ配信見た
:一人全役凄かった
:アニメも見てます
:配信サイトでランキング急上昇の立役者
「見てくれてありがとうございます。アニメが面白いですよね。主人公が店でお酒を買えないから通販で買うシーンとか。見た目でバイトも就職できない話とか。……夜歩いていると必ず警察官に声をかけられるシーンは涙なしではアフレコできません」
:www
:さすが本家越え
:力入っていたからな
:警察の声かけがリアル
:本家がラジオで大爆笑
:実体験は強い
「さて本日はアフレコをお休みして雑談生配信です」
:待ってた
:アリスの雑談を聞かないと寝れない
:初めてだよな
「最初にこれだけは言っておきます。おほん……陰キャの引きこもりに雑談ネタがあると思うな!」
:冒頭からこれかw
:それを言っちゃおしまい
:ねーな(実体験)
「マネージャーから『雑談配信でもやらない? もうそろそろ演者の掘り下げ要望も多いし』なんて命令されたから始めました。掘り下げるための底がありません! 会話デッキにモンスターカードが入っていませんよ。たぶんテンパる私を見たいだけです。どうしましょう?」
:……おう
:戦える話題がない
:地獄デッキ
:テンパるアリスが見たい
「……はあ。そんなわけで数少ない会話デッキからデビュー配信で反響があったドラゴンブレイクについて小ネタを披露です。皆さんドラゴンブレイクの意味を誤解していませんか」
:いきなり竜壊か
:誤解?
:肝臓は破壊されないとか
:脳に竜の血を垂れ流すんだろ
:カフェインが致死量入っているのはデマ
「コメント欄でも名前の意味を誤解している人が多いですね。ドラゴンブレイクは『ドラゴンが休憩する一杯』という意味でブレイクは破壊ではなく、コーヒーブレイクなどの方の意味です。忙しくて疲れ果てるまで働く人をドラゴンと呼んでいるんですよ」
:なんだと!
:マジか
:知らんかった
:ヤバい飲み物だとばかり
ノリのいいリスナーの皆さんに助けられている。それでもやはりネタが弱い。知識ネタに外れはないので反応は悪くない。だが求められているのはパーソナルの掘り下げ。無駄知識を披露し続けてもダレてしまう。
「竜を破壊するなんて危険な飲み物は売られてません。けれど市販されている飲み物でも体質により危険な飲み物ってありますよね。唐突ですが皆さんは紅茶派ですかコーヒー派ですか?」
:コーヒー
:紅茶
:コンビニコーヒー
:コーヒーかな
男性リスナーが多いのでコーヒー派が多い。
あとコンビニコーヒーが根強い人気のようだ。
「ふむふむ。コーヒー派が多数みたいですね。実は私もコーヒー派です。なぜなら子供の頃から紅茶を飲むと気分が悪くなったので」
:アレルギー?
:紅茶嫌いは珍しい
:割と多いな
:タンニンとカフェインだっけ
「コメント欄には知っている人もいるみたいですね。体質によってはタンニンやカフェインで吐き気やめまいがする人がいるのです。私もネットで調べました。でも私はコーヒーもドラブレも普通に飲めるんですよね。カフェインはもちろんですが、コーヒーの方がタンニンの含有量も多いのです」
:へぇ~
:じゃあ違うか
:飲みすぎはダメ
「もしかしたら飲まず嫌い? 最近そう思い立って色々なメーカーの紅茶やコーヒーを買い漁ったんです。すると飲めるモノ。やっぱり飲めないモノ。ミルクティーは割とイケる。あれミルクティーでもダメだった。やっぱりコーヒーはイケるね。あれこのブラックコーヒーダメだ。などなどメーカーごとに色々な発見がありましてね」
:お~
:同じ紅茶やコーヒーでもメーカーで違うのか
:苦手な紅茶に挑戦してえらい
:成分じゃない?
「結論から言うと、私は人工的な香料がダメだったみたいです。紅茶もコーヒーもストレートやブラックだとダメなのが多いです。香料で香りを強めているメーカー品は、匂いを嗅ぐだけで気分が悪くなり、飲む前にダメだとわかりました。飲めなかった飲料はちゃんとねこ姉に押し付けたので安心してください。無駄にしていません」
:香料か
:なるほど
:確かに俺も苦手だわ
:スタッフ(ねこグローブ)が美味しくいただきました
食べるモノや趣味嗜好の情報は共感を抱かせやすくする。
ただパーソナルの掘り下げというにはやはり弱い気がする。日常から絞りだすには無理がある。これがイベントなどで活発に活動しているベテランならば、仕事の話が日常となり、深みが出るのだろうが新人にはやはり雑談は難しい。
「さて次はなにを話しましょうか。本当に会話デッキが弱いんですよね。引きこもりですから。うーんネタがありません。私のネット広告が水商売の求人に埋め尽くされた話とか。部屋で三階建ての巨大段ボールハウス建設して最上階で寝てたらねこ姉に動画撮られて、頭に猫耳つけられていたとか……興味あります?」
:www
:トークつよつよかw
:水商売w
:部屋に三階建ての巨大段ボールハウスって
:猫かな
:アリスに猫耳をつけるねこグローブ先生の気持ちわかる
おっかなびっくりのネタフリだったが好評だった。
この後、段ボールハウス建築論は盛り上がり、箱ではなく電化製品の梱包材として加工された段ボールの便利さを熱く語ってしまった。
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