一之太刀篇
第21話 いにしえの剣豪たち
物語は、しばらく時を遡る。
歳月にして――25年。
☆☆☆
ふと気づけば窓から差し込む日差しがいくぶんか傾いていた。
すこし眠っていたのかもしれない。
風呂屋の二階の板の間に落ちる影は、日に日に濃くなっていくように思われる。
いましも、窓に四角く切り取られた青い空から、風にあおられた数枚の桜の花弁が吹き込んで、冷たい床に舞い降りてきた。
春も、いまがたけなわだ。
兵庫は、そのうちの一枚を手に取って眺めた。
白い花弁は、小さく、可憐で、美しい。
春なのに、
仕事前にひと風呂浴びようとする朝と、仕事終わりに汗を流して帰ろうとする夜は、人で込み合う風呂屋も、日の高いうちは人が少なく、昼過ぎ間もないこの時刻はほとんどだれもいない。まして、風呂のあと、汗がひくの待つために時間をつぶそうと二階の板間にまで上ってくる者などひとりもいない。
ここには客の
江戸へやってきて、一年が過ぎていた。
なにもかも
――見聞を広めるのも、役儀のひとつでござる。
江戸での見聞を広めるためと称して、毎日、下屋敷を出てくるのだが、昼食に寿司か蕎麦を腹におさめると早々に風呂屋へしけこむのが、最近の日課となってしまっていた。
藩からは三年の期限をもらい、江戸へ出てきていた。遊学の目的は、剣術修行のためである。決して風呂屋の二階ですごろくを振るためではない。
兵庫は年齢二十三。代々、
しかし、当の兵庫はといえば、
――わずらわしいことだ。
わざわざ百数十里の道のりを江戸までやってきて、
足元のすごろくは、剣術すごろくと銘打たれている通り、その紙面にはさまざまな剣豪、剣客が描かれている。
ふりだしには、面小手を身につけた若侍が、三マス目までは侍が剣術修行に励む様子が、それぞれ描かれている。そして、その次のマスからは、いよいよ名の知られた剣術家が描かれる。
といった具合である。
有名な巌流島の決闘で、その佐々木小次郎を打ち破った二刀流、
――意外に妥当な番付ではないか。
剣術すごろくは、江戸っ子が好きな相撲の番付になぞらえて、歴代の剣術家を順位づけしたものをすごろくに置き換えているようで。宮本武蔵は第四位というわけだ。
第三位は、将軍家指南役、
第二位は、
そして、第一位――あがりは、幾多の達人を指南した剣聖、
――おれだったら、どこに番付されるのだろうな。
と、すごろくを見て兵庫は考える。
このすごろくほどではないが、江戸には綺羅星のごとく全国から腕に覚えのある剣術家が集まっていた。その中に混じってしまえば、国許では無敵と誉めそやされてきた兵庫の剣も霞むほどに。
この一年、いくつもの道場を訪ね、稽古を重ねてわかったことがある。それは兵庫ほどの腕前があったとしても、江戸では数多いる剣術家のひとりに過ぎないということだった。
――このくらいになれはしまいか。
すごろくのなかほどに、
同じ将軍家指南役でも、番付第三位につけた柳生新陰流とは、かなり評価に開きがあるところも似つかわしい。青海藩に剣術指南役は二家あるが、上士を多く門弟に抱える柳井道場と比べて、兵庫が継ぐべき斎道場は明らかに格下だったからだ。
しかし、じぶんと神子上典膳とを比べるのもおこがましいような気もする。なにしろ典膳は今に至る一流を
――一流をひらく……か。
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