Radio!! 後編



瀬良『まず一発目はこちらの方、東京都・あにけんの地縛霊さんからのお便りです。

「いつぞやはお世話になりました。」いえいえこちらこそ。ご無沙汰ですね。「僕のペンケースの中には、小学校の頃からロケット鉛筆が、それもひと欠片だけ入っています。実は当時好きだった女の子にもらったんですけど、小学生の僕はそれだけで舞い上がってしまって、次の週に彼女に告白したんです。しかし返事はまさかのNO。きまぐれでプレゼントしてくれただけだったんですね。それ以来、僕は女子に親切にされても。浮かれないように、浮かれないように気を付けています。」』

沙夜『おおっといきなり苦い思い出ぶっこんで来ましたね』

瀬良『でも、ふられちゃっても思い出のロケット鉛筆は未だに手元にあるわけだ』

沙夜『それすっごい可愛いですね。ってかロケット鉛筆自体めちゃくちゃ懐かしくない? 今の小学生とか知らないんじゃ?』

瀬良『たいして便利でもないけど、意味わかんないくらい流行ったよね』

沙夜『小学生って意味わかんないものとか好きだからね』


     ♪


五日後、少しずつお便りが集まりつつあった沙夜子は、午後三時過ぎに星良の家に乗り込んだ。今日は一限から三限までしかない日だったので、これから時間を気にせず話し合えるのである。

「なっかなか集まんないわこれ」

 そう言いながら、星良はいつぞやのように玄関で沙夜子の鼻先にコピー用紙を突き出す。その数は前より圧倒的に多く、沙夜子が今日携えてきた分など雀の涙のように思える。

「一言メッセージを送るくらいなら簡単なんだろうけど、ひとつの投稿として文章を整えるのはハードルが少し高いみたい。こんな単発ラジオだから、どうしてもお便りを読んでもらいたいという気概を持つ人はいないしね」

「瀬良ちゃんに読んでもらいたいっていう人は結構いると思うんだけどなあ」

 ぺらりとコピー用紙をめくる。やはり、星良の世話になった人が多いようだ。

「どうだかね。とにかく、もう少しお便りが届くのを待とう。台本はそれから。お便りの締め切りは……二十七日くらい? もっと早いほうがいい?」

「いや、それでいいよ。ってかごめん、私、そんなにお便りもらえてない……」

 おずおずと言い出すと、星良はひらりと手を振って笑った。

「交友関係の広さが違うからね。私はネットの知り合いも多いし。あんたのお便りの当てはリアルでの友達だけでしょ」

「でも主導は私なのに、なんか情けないなあって」

「適材適所。あんたはあんたのやれることをやって」

 ばっさりと切り捨てられた。その威勢のよさに、沙夜子も何かがどことなく救われたような気がした。ぴしゃんと両の頬を叩き、姿勢を正す。

「よし、今日はですね、現時点でのお便りの選り抜きに入ります。面白いなこれって思ったものは今のうちに台本に組み込むものとしてキープしちゃいましょう」

 靴を脱いで玄関を上がる。星良は床に座り込んでローテーブルに肘をついていた。そこにコピー用紙をばらけるように置き、沙夜子も腰を下ろす。

「お題フリーと文具の話題は同じくらいの割合にしたいんだけど、たぶん文具のほうが盛り上がるから、文具を気持ち多めにしようと思うんだ」

「それなら問題はないかな。文具のほうが数多いし」

「逆にフリーはちょっと少ない……か」

 ざっと見てみる限り、文具に関係のない話は少ないようだ。みんな悩みごとの投稿とかしないのだろうか。ラジオ番組の醍醐味じゃないのか。よく知らないが。

「文具についての話題はもう締め切る?」

星良が沙夜子の顔を覗き込む。それもひとつの手だろうが、沙夜子は頭を抱えてうなり声を上げた。

「そうなると、今後投稿されてくるかもしれない面白文具話の可能性を潰すことになるんじゃないかなあ……」

「かもしれないとか言ってる場合じゃないでしょ。お題フリーのみの募集に切り替えるべき。それか、また別の話題を考えて、文具話との二部構成にすれば?」

「ええー、全部が指定ってどうなのかなあ」

 渋る沙夜子に、星良が溜め息を吐く。

「あのさあ、私たちは有名ラジオパーソナリティや声優でもなければ、活動の一環としてラジオやってるアイドルでもじゃないの。アイドルとかだったら『私は○○で△△なんですけど、□□ちゃんは××ですか?』っていう質問がたくさん来るだろうけど、私たちはそうじゃない。見込みはないと思ったほうがいい」

 目から鱗だった。沙夜子はあんぐりと口を開く。いや、むしろ、それ早く言ってほしかったのだが。それとも気付かなかった自分がバカだったのか。

「……十一月三日って、ほかに何の日だったっけ」

 呆然としたまま呟くと、星良はさっとスマートフォンを手に取った。

 もうひとつは、漫画についての話題になった。


     ♪


沙夜『えーっと続いてのコーナーなんですけど、少し遅めにお便りを募集したのでリスナーの皆々様にちょっとご迷惑をおかけしたかと思います。すみません、素人ラジオなんで大目に見てください』

瀬良『みんないい人たちでよかったね、沙夜さん』

沙夜『ぐぬぬ、私ひとりのせいみたいにしやがって……』

瀬良『えー十一月三日。「文化の日」であり「文具の日」でもあった本日、実はなんと「漫画の日」でもあるんですね。かの有名な天才漫画家・手塚治虫の誕生日であることが由来のひとつであるとかなんとか』

沙夜『二月九日や七月十七日も「漫画の日」と指定されてるみたいなんですが。ま、よくあることですよね。というわけで漫画に関する皆様のエピソードを募集しました。懐かしの漫画から連載中の漫画まで、たくさん集まりましたね』

瀬良『このラジオがきっかけで出会える漫画もあるのではないでしょうか。ではまずこちらの方のお便りです』


     ♪


「入り、どうする?」

 漫画についてのお便りを片っ端から読んでいる時、沙夜子はふと思い出して顔を上げた。冒頭の挨拶をまったく決めていない。キャッチーな感じにして、リスナーの心をつかまなければ。

「挨拶してから……自己紹介? 『文学部の沙夜と芸術学部の瀬良です!』みたいな」

「いや、学部いる?」

 星良がそこでようやく顔を上げて突っ込む。心底嫌そうな顔だ。

「なんで? 恥ずかしい?」

「恥ずかしいわけじゃないけど……こう、なんか嫌じゃん。察してよ」

「ふーん……?」

 沙夜子は軽く口を尖らせた。文学部などという、どこの大学にもありそうな学部にいると、彼女のようにやや特殊な学部に所属する女子大生は、ちょっと眩しく見えるものだ。

「それに……今は大学行ってないし」

「行けばいいのに。単位取りそびれるよ?」

「わかってるよ」

 星良は大きな溜め息を吐いた。そこで吐き出された息に言い知れぬ苛立ちを感じて、沙夜子は押し黙る。余計なお世話だったことは間違いない。このままではいけないことは、星良が一番よく理解しているだろう。

「もったいないよ」

 でも、言わずにはいられないのだ。

「実力あるんだから」

 それを見込んで、このラジオに誘ったのだから。

「うっさい」

 小さく返されたそれは、明らかな拒絶だった。星良はそれきり黙って、お便りを読む作業に専念した。沙夜子もそれ以上なにも言わず、コピー用紙が散らばったローテーブルに視線を落とした。


     ♪


沙夜『最後のお便り行きましょう』

瀬良『あれ、これで終わりじゃなかった?』

沙夜『もう一通だけね。神奈川県・西ローランドゴリラさんからのお便りです。

「こんにちは!」こんにちはー!「私の場合、漫画の思い出となると、本屋にあるようなプロの漫画家さんたちが描いた漫画ではなく、自分のデスクを占拠する原稿のことを考えます。」』

瀬良『自分で描かれる方なんですね』

沙夜『「そう、私はイラストサイトなんかに漫画をアップしているアマチュアの漫画家なんです! そんな私ですが、先日機会があって、出版社に原稿を持ち込みさせてもらいました。結果は散々……。あんなに厳しい言葉をいただいたのは、人生で初めてだったかもしれません。そんなこともあって、最近はデスクに向かう気力がいまひとつなんです。どうしたらいいですか?」』

瀬良『これはまたデリケートな問題ですね……』

沙夜『いやー……私なんかはただのしがない学生で、そういう芸術方面の方々へのアドバイスなんて「頑張って」くらいしか持ち合わせてないんですけど……しかもそれだって軽々しく言っていいもんじゃないもんねえ』

瀬良『間違いない。でも、これは他人がどうこう言って解決出来る問題ではないからね……』

沙夜『とりあえず、デスクに向かったほうがいいとは思うけどね』

瀬良『それはそうかも。描いていないと、きっと腕がなまるだろうし。それは西ローランドゴリラさんの本意ではないはずでしょ? いつかプロの漫画家としてデビューしたいなら、描き続けないといけないと思います。……夢を叶えるなら、立ち止まってる時間はないはず』

沙夜『おー、瀬良ちゃんめっちゃいいこと言うね』

瀬良『実を言うと、私も最近似たようなことがあったので。ちょっと他人事とは思えないところがあったの』

沙夜『そっかそっか。じゃあ瀬良ちゃんも、立ち止まってはいられないね』

瀬良『……図ったな、沙夜さん』

沙夜『何のことかなー? っと、ここでこのラジオに寄せられているコメントを何件か読み上げたいと思います。「沙夜りんおつかれ!」イエーイ! ありがとー! あとは「瀬良さんめっちゃいい声してる!」「声優みたい!」』

瀬良『声優ね。いつかなれたらいいね』

沙夜『「楽しかった! またやってほしい!」こればっかりはね、また私の気が向いたらとしか言えないんですけども。どうですか瀬良ちゃん。またやりたい?』

瀬良『誘ってくれたらやらないこともないよ』

沙夜『んもう素直じゃないな。そんなわけで、そろそろお時間ですね。みんな楽しんでくれたかなー? たぶん一番楽しんでいたのは私だと思いますが!』

瀬良『バカ、私もだよ。お相手はハンドルネーム瀬良と』

沙夜『沙夜でお送りしました! ばいばい!』


     ♪


「どうして私を誘ってくれたの?」

 十一月三日、午後八時五十五分。放送直前。

ローテーブルには既にスマートフォンがセットされており、暗くなっている画面を明るくしたら、タップひとつですぐに生放送がスタート出来る状態だ。此度は映像なしで音声のみの放送になるよう設定されている。

 最終チェックに余念のない沙夜子は台本から目を上げると「それ今訊かなきゃいけないことか?」と感じている様子を隠すことなく、星良をじろりと見やった。沙夜子よりは台本や本番というものに慣れている星良は、とうに最終チェックを終えてリラックスモードに入っているが、沙夜子にとっては感じたことのないレベルの緊張だろう。端から見ていて少し不憫に見える。

「だってさ、気になるじゃん。声優オーディションに落ちてグレにグレまくってる従姉を、ばりばりに声を使うラジオに誘うなんて。私じゃなければ嫌がらせだと勘違いされてるところだよ」

「……だって」

 沙夜子は台本をローテーブルに下ろしながら、少し言いづらそうに口を開いた。

「もったいないじゃん」

「それは何回も聞いた」

「でも瀬良ちゃんはわかってない!」

 バン、とローテーブルに手をつく。面食らった星良に、沙夜子は言い募った。

「瀬良ちゃん、一言喋れば誰もが振り向くほどいい声してるのに! 一回オーディションに落ちたからって!」

「学校もサボって自堕落な生活を送っているのが問題だと?」

「そう!」

 自虐的にそう言うと、はっきりと肯定された。マジか。そんなにだめか。

「そのオーディションがすべてだったわけじゃないでしょ? それよりもこれからについて考えなきゃいけないと思うよ!」

「これからったって……」

「そりゃ、花形は『アニメ』とか『ゲーム』とか『吹き替え』だけどさ」

 時計の長針は真上を向こうとしていた。

「そこだけが声の生きるところじゃない」

 沙夜子はスマートフォンの画面を明るくした。

「だから、瀬良ちゃんをこの『ラジオ』に誘ったんだよ」

 にかっと笑いかけられたのと同時に、スマートフォンの時計が九時を指した。

「瀬良ちゃんの声をみんなに聞かせて」

 一夜限りのラジオが、始まった。

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Radio!! ねむみ @sleepymiss

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