第30話 真第二章 本当の影

はてさて、一体どうしたものか。眼前の平和な光景に真は、独りごちる。


「はい、じゃあ皆さんはそれぞれの持ち場に移動してくださいね」職員の声掛けを受けて、琴音も含めた生徒は皆、担当の職員について行く。


結局、カフェから帰った真は自分なりに行動して、夜鴉(諜報部隊の一つ。通称暗部)などに確認を頼んだが、全て跳ね除けられ未確認の裏切り者に1人で挑むことになった。


(単独行動がしやすくて助かる。が、手が回らなくなりやすいぞ……)

俺はたった1人で40名を超える生徒達を裏切り者…何人いるか不明だが、そいつらから全員を守らなければならない。彼らの要求はたった1つとして判明していない。タイムリミットは不明。一体何が目的かもわからない状況だ。


正直に言って、暗部は役に立っていない。現状に、真はため息を吐く。この程度の裏切りも阻止出来ていないようでは、どういう状況かは誰だってわかる。


「俺なら、ここから制圧を開始するが……」

そこは、この体験期間の初日から使われていない巨大な体育館くらいの広さを有する倉庫だった。ここには、武器の類いを収納しており、ここを奪われると基地内での補給が困難になる。この支部の重要な場所の一つだ。


(しばらく、待機してみるか?)俺は、そう決意する。どれくらいのタイミングでやってくるか分からない以上、光学迷彩を常に使う訳にはいかない。電力を温存するために、一度使えば大きく動かない限り、効果の消えないウィンドヴェールを詠唱する。


効果は光の偏光。


真はそれをもって、そっと部屋の隅に潜む。


そして、真が立てた予想は当たった。30分もしない内に「おい、お前ら」と声が響いた。ゾロゾロと倉庫の中に5人ばかりの男女が入ってくる。そして、最後に入ってきた仰々しい態度の男が指示を飛ばし始めた。

(裏切り者!)

おそらく敵の首領あるいは指揮官にあたる立場。諜報担当として、真はもう少し様子を見ることを決め込む。


「い か 達は   人の指 に」

(ちっ、ウィンドヴェールのデメリットがモロに出ていやがる。仕方ない)この魔導のデメリット……それは、風を使い空気の層を用いる関係上、どうしても音が聞こえづらくなるという点だ。


もう少し話が聞こえないかそう思って、光学迷彩に切り替え、足音を殺し静かに静かに距離を真は詰める。


近づくにつれて徐々に声が大きくなり、より鮮明と話が聞こえてくる。


「では、始めるぞ?」

(やけに、不用心だな?)普通なら、遮音のために扉を閉めたり…或いは魔導を使うところをリーダー格は大声で喋る。


あまりの様子に真に、一抹の不信感が湧き上がる。けれど背に腹は変えられない。


「良いか、今日の目的はたった一つ陽動だ。我々の行動を持って偉大なるボスはここを足がかりとして、さらなる実験台を獲得する。ここにいる生徒たちを皆殺しにして構わない。ただし、今しばらく時間が必要だ。何故かは理解しているな?」

(琴音が捕まった理由ってこっちなのか?)

「「はい、もちろんでございます」」

「では総員行動を開始しろ」

一抹の疑問がよぎるが、話が終わった5人はゾロゾロと、いっそ裏切り者と疑うほど無警戒に出口へとやってきた。


捕縛一択。


決意ができた俺は空中に鎖を張って、出口が面する廊下を通らなくする。まだ気づいていない。


出口の扉には、指先に繋いだ鋼糸を蜘蛛の巣のように編み込み貼り付ける。


「イッ、体が切れた?」「おい、ヤバいぞ」

「出口がキラキラしている? これは糸?」「何で道が塞がってんだよ!?」


慌てて、出口の蜘蛛の巣を取り除こうと糸に触り出した。

(それを待っていた)

編み込んだ手とは反対の指と繋がる糸を繰り、全員の足に今にも切れそうな細い糸をくくりつけた。


(あとは、魔力で強化して引く!!)


強化した握力をもって、糸は簡単に人を磔にした。

「うわぁ、今度はなんだよ!?」

「やっぱり、バレたんだ!」「そんなっ!?」「チクショウッ、一億がっ!!」

「もうだめだぁぁあ!!」「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

予期せぬ事態にパニックに陥った5人はポロポロと簡単に情報を溢す。


その様子に、真は更に揺さぶりをかけるために姿を見せる。


「「「ギャァアアア!!??」」」「ヒイッ、殺されるぅ!?」「あふぅ」


大声を上げて、5人は更にパニックに陥りとうとう一人が気絶した。その余りにも、お粗末な様子に先の違和感が首をもたげる。


まるで、何も知らない一般人のようだ。

幻葬士なら、もう少し冷静に糸を切ろうとなり暴れるなどマシな筈。その様子に、真はあり得ないアイデアが浮かんだ。


(まさか本当に一般人なのか!?)

けれど、彼らは幻葬士の制服を纏っている。一般人には決して、制服は出回らない。それほど管理が厳しいのだ。


5人共に、制服は着ている。怪しいところは無いかと全身を見つめるが、一つたりとも存在が無い。


睨まれたと思ったのか、4人は顔をぐしゃぐしゃに濡らして命乞いを始めた。

「な、何でも言いますから、お願いです殺さないで下さいっ!!!」コクコクコク


「お前達のボスは誰だ? 俺は嘘が分かる……言えば殺すからな」ブラフを交えて、銃を突きつけると、堰を切ったようように話し始めた。


「ボスなんて居ねえよっ、一昨日変なジジイが金と服を渡して、今日ここで集会しろって」さらに話は続く。全員が同じように老人から唆されたと言う。5人には理解し得ない話だったが、今日この日にここで集会をしろ。原稿は用意してある。もし、他の人間にバレても後始末はやる。誰にもバレずに成功したら、一億を払う。前払いで1000万をポンと渡してくれた。金に困っていたからよかった。


「……」余りの突拍子の無い話に真は黙ってしまう。ゲームと違うことにも頭が痛い。


無言の真に殺されると思ったのか、青ざめたリーダー格は、体を揺らして必死に訴える。

「嘘じゃねえよっ、本当だ。何ならこのまま体を確認してくれよっ!誰も武器なんて持ってねえ!!」


「分かった。良いだろう」

そう思って武器を確認してみるが、何も持っていない。制服を着ている以外、一般人と彼らは何一つ変わらない。


「……悪いが、怪しい以上拘束はそのままだ。一回「おお、やっぱりわかるやつはわかるか」突然、背後にそれまでなかった皺枯れた声に背筋がびくりと跳ねた。

「チッ」懐からナイフを抜き出すも何らかの武術によって、視界がひっくり返る。

(クソッタレ!油断したなんて言えないぞっ!)反転した視界に映るのは、手から抜き取られたナイフを手にして弄ぶ老人の姿だ。


「なかなかいいもん持ってんな小僧。ただ、ちょいとばかり使い方が悪い」そう言うと、老人は握っているナイフを殺気と共に真へ向けて腕を振り抜いた。

(しまった、投げナイフ なっ!?)

真へと飛ぶかと思われたナイフは見当違いの方向に向けて飛び火花を散らした。

意識を逸らされた真に当然、隙が出来る。


その瞬間、老人が弾丸のように真へと飛びかかった。

(空中はダメだろっ!)魔導を用いて3方向から同時に老人を狙い撃つ。当然、それは同時に当たるはずだった。……本来ならば。


「だめだな。0点」その言葉が耳に捉えられる瞬間。

老人は、空中でトランポリンのように一段と高く跳ね攻撃を避けて、天井に立った。

魔導でなければ出来ない所業。しかし、真の探知には微かな魔力の揺らぎすらも感じられなかった。

唖然とする真に、老人は追撃を加えんと天井から重力を借りて無数のナイフを雨のようにばら撒いた。

(っ!?いつ回収したんだよっ!)真が目を剥く。

老人の手には、先ほど投げられたナイフが回収されていたのだ。

その後は、一瞬だ。

「俺の勝ち」重力に逆らって天井に立つ老人が重力の力を借りて、真に踵落としを打ち込む。

当然、回避しようとした真の足はピクリと動かず咄嗟に魔導で透明の鎖で受け止めさせられる。

足は煌めくもので縫い止められていた。(い、糸!?)

老人がナイフを持つ手とは、反対の手の先には、キラキラと光を反射するものがある。

いつの間に? そう思うが、動きを強制的に止められバランスを崩し真はそのまま制圧された。余りの事態に、真は目の前の光景を疑うことしか出来なかった。


「いやぁ、流石俺。掘り出し物を見つける腕はピカイチだな」制圧され、戸惑う真に笑顔を向けて老人はウィンクをした。


(なんだ、今のは)

身体能力ではなく、純然たる技術の差によって圧倒された。1対1にもかかわらず、あっさりと完封されたと理解した。


「俺の話、聞いてくれるな?」

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