第29話 はじまりはじまり
「たがらこそ、招待したいのだ」
黒染めの人間は、そう言うとフェオドールことフェオに向かって手を差し出した。
黒皮の手袋に包まれている手は、男とも女とも取れる太さ。そこには、読み解けない闇が存在していた。
そして、フェオが掴めということだろう。顔を見れば、断られるとは思ってもいない大胆不敵な様子だ。
「どうした?」黒染めが、急かすように問い掛ける。けれど、フェオはその手をすぐ掴めなかった。
頭に過ったのは。冬の冷酷さよりも、なお冷たさに満ちた無機質な凍栄圏という故郷。
誰もが協力することを強いられる。全てを平等に分け合う銀世界。一見優しさに満ちている。けれど、魔力を持つと分かれば国家に従属し、全てを捧げる。何もかも。命も。家族も。貞操も。夢も。
その代わりの、代替にもならない僅かな特権。暖かい家。暖かい食事。冷たさに満ちた世界の、無機質な暖かさ。
されど、真反対の人間しかいない学園で触れたのは小さくとも有機的な、生きた温かさだった。
これは、己にとって二度と無い、苦渋の決断だ。ここで手を掴めば恐らくフェオドールという人間は二度と学園に戻ることはない。
けれど手を掴まないというのも、またかつての掛け替えのない記憶に蓋をして逃げるのと変わらない地獄だ。
「あゝ成る程」
それは、いっそ不気味な笑みだった。まるで、それが何かを初めて理解出来たという笑みだった。
そして、フェオにとってダメ押しとばかりの情報を付け加えた。
「ならば。氷王の行方を此方は知っている、どうだ?」
それは、フェオが東瀛に来ても、求め続ける唯一の同胞の生き残り。メダリオンの主人だった母を汚した人間その、二つ名だった。
「乗る」
「ようこそ。最強を騙る十二の木偶を砕く、鳳に」
____ ____
「それで……なんで」
悠太には、不倶戴天の相手がいる。それは、かの第七席と呼ばれる女だ。名前は知らないが、同年代。面接で発明品を提出した天才。世界で今最も重要な科学者。ラプラスの擬人化。最後のに関して、悠太は眉唾物だと思っている。
そして何より。
『お前が通信に出てくる。とでも言うのかい? 簡単さ、君の想い人に請われたからさ』
存在しない俺の恋人のことを気にする気ぶり女だからだ。コイツの顔面偏差値の良さも相まって、非常に非常に、気に障る。
「だから、いないと」
『うんうん。恥ずかしがるのは分かったから。あっそうだ。特注の銃用意できたよ。開発室の大型ワープ装置の受け取り口で受け取ってくれたまえ。コードはmemento mori ちょっと洒落ていてカッコ良くないかい? ま、性能はそれに見合った物さ』
チャオ〜と楽しげに通信が切られた。同時に額に青筋が浮き上がる。ふー、と息を吐いて堪える。大丈夫。まだキレなくて済む。
心を僅かに落ち着けると悠太は、開発室へと足を向けた。
怒りを誤魔化すように、早歩きになる。それでも隠せていないのか、前から来る人間は全員ギョッとしている。
ただ、悠太にそれを気にする理由はない。堂々と受付に隊員証を提示して、荷物を確認する。
「特A級の桑原だ。俺宛ての荷物は届いているか?」
「桑原様ですね。はい。本部開発室から届いております」
こちらです、と受付の人間から荷物が渡されることはなく。代わりに、案内され足を踏み入れたのは、滅多に訪れることはない倉庫エリア。
そのさらに奥へと進む。
徐々に、倉庫も大きく、或いはワープ装置と直結している特別なものへと切り替わるにつれて悠太は拭えぬ不安を抱き始めた。
そして、それは目的地に着いたことで拭えぬ確信に変わった。
「ここか……ちょっと待て、まさかこれ一つ使ってんのか?」
「はい。我々、職員では運べぬほど重く…」
ご丁寧にワープ装置が直結しているタイプの特別倉庫だ。間違いなく、普段から使われる重要な倉庫だ。この時点で、悠太は怒りが爆発した。けれど、それをおくびにも出さずに送られてきていた認証コードを打ち込む。
ガゴン
重たい音ともに、倉庫の扉が開く。
同時に、徐々に全貌が明らかになってくる。
倉庫の中に、銃と言うべきものはなかった。
代わりに在ったのは、中央から幾つものラインが入り、そこから蒼光が漏れる黒い棺だった。
メメント・モリ……ラテン語で、死を忘れるなかれ。
なるほど、認証コードに相応しい名前だ。と悠太は、妙な感動を覚えた。
西洋のドラキュラでも眠るような大きな棺は、いっそ寒々しい科学の光沢を纏って、そこに屹立している。
「申し訳ありません。本来なら受け取り口で受け渡せるようにするべきなのですが…」
悠太は頭を下げられた。
「気にしないで、頭を上げてくれ。後は俺が運んでおく」
申し訳ありません。と頭をもう一度下げて受付の人間は元来た方へと戻って行った。
それを見送って、悠太は棺の前に立ちつくした。
軽く指で押してみるが、帰ってくるのは重く中まで物が詰め込まれたような感触。少しのことでは、うんともすんともしないだろう。
「せめて、開け方が分かればいいんだが…」
そう呟いて、手の平を棺に押し当てた瞬間だった。
突如として、棺に刻まれたラインの蒼光が手と重なり、直後ガシュンとギミック音が倉庫に木霊した。
「SFかよ…」
悠太の目の前には、いかにもなライフルとそれらに取り付ける物とでも言いたげな、バレル、スコープ、サイレンサーなどなど……銃に関するものがゴロゴロと出てくる。
それらを、一度全て棺から取り出すと、悠太は一度倉庫の床を使って、パーツを確認することにした。
悠太も見たこともないような、素材に少々、気が逸る。
夢中で作業を続けていく、悠太の耳にふと、奇妙な音が届く。
まるで、小さな時計から聞こえる音のようなか細い歯車の音。
ガシュン
先と同様の音が再び悠太の耳に捉えられる。
「なんだなんだ?」
パーツから顔を上げると、そこには棺を薄くしたような盾があった。盾といっても、内側にレールガンのような砲身があるものを盾と呼ぶのかは、正直言って微妙だ。
「なんでもありかよ…流石は、世界の科学者様だな…」
自分が中々、興奮していることを自覚しつつ、悠太はそれらの武器を身体強化の魔導を使って、部隊に割り当てられる…この場合は、十二秘奥専用の倉庫に運んだ。
そして、一仕事を終えた悠太は、暁が登る時間帯になってようやく自宅で、眠りについた。
『秘匿通信回路に着信 木葉司令からです』
昼頃まで寝るつもりだったのに叩き起こされた悠太は、神楽に対して文句を言う。
「黙って、寝か『あ、ごめん。後で聞くから』けれど出来なかった。
まるでカミソリのように冷たく鋭い覇気を纏った神楽の声が耳に刺さった。
よほどの厄ネタらしい。鉄火場でしか感じない悪寒が体を包む。
悠太は生唾を飲み込むと、神楽を急かす。
「ッどう言うことだ。説明をしろ」
『衛之島支部が学生を人質に占拠されたって真が連絡してきた』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます