第一章エピローグ前 琴音視点

 ーー琴音視点ーー


 琴音は激怒した。かの朴念仁の師匠に女を理解させねばと決意した。


 琴音は真の任務は分からぬ。さりとて悪意にさらされることは人一倍敏感であった。だからこそいつか消えてしまいそうな真が先日消えたことを許せなかった。


 未だに、神楽からは任務が与えられることはなくただ見るしか出来ない。第五席という形だけの称号に彼女は怒りを持っていた。何より、女心をわかっていないのが許せない。


 そういうわけで、彼女はたった今治療を終えて医務室から自宅へと帰ってきた真をリビングで正座させている。


 自分で言うのもなんだが、有原琴音という少女はかなり美少女だと思っている。それなら、この朴念仁でも欲を見せてくれるのではないかそう思って、少し仕掛けてみる。

「さて、師匠「怒ってる?」「いいえ。…ここに可愛い女の子がいます。今ここで言うべきことはありますか?」「えと、可愛いな?」


 ビキリ


 この状態でも、未だに朴念仁は何をして欲しいのか分からないらしい。いや期待した方が悪かった。やむを得まい、自分から口にするしかないらしい。


 自分から、あの言葉を口にするのはおかしいが自然と笑みが溢れる。


「明日、私をエスコートしてみてください」

「エスコート?」


 さしもの彼も、動揺すると思ったが、いかんせん反応が芳しくない。断じて、自分の笑みが怖いからではない筈だと琴音は自分に言い聞かせる。


 恋バナを信じて、はにかみように微笑んで手を握った。バクバクと心臓が音を立てる。それがどうか伝わらないようにと願って、手を握る力が少し強くなる。


「勝手な任務の埋め合わせ、楽しみにしてます」

「俺で、良ければいいけど…え?」


 何かを言いたそうな真を尻目に足速にリビングから出る。すぐに足が震えてしまい扉を背にへたり込みそうになる。誰にも見られないようにすぐさまシャワーに駆け込んで鍵をかける。


 頭を冷やさないと。きっとおかしくなってしまう。


「上手に誘えたよね?」

「そうだ、手、繋いじゃった……!? あああああ……どうしよう? 私、変に手に力を入れてなかったかなぁ……!?」


 先と打って変わって顔を真っ赤にしてシャワーを浴びて苦悶する琴音。こんなのを見たらきっと失望される。と思うが止められない。


 先の行動に照れやら羞恥やらを感じている姿はさながら小動物だ。


「手、暖かだったな」

 未だ両手に残っている琴音より少し骨ばった、でも誰よりも優しい真の手の感触を思い返した琴音がじわりと瞳に涙を浮かばせる。

 小さな手で胸を押さえ、深呼吸を行いながら気持ちを落ち着かせる。それでも全く落ち着かない心臓の鼓動と心の乱れにパニック状態になりながら呟く。


「手汗とか大丈夫だったかな……? 緊張してたし、月葉さんと愛菜さんの恋バナを参考にしたけど……私じゃおかしいよね絶対。似合わないだろうし……あぁそうだよ、絶対真さんを困らせてた……」


 手を繋ごうという行動は自分からした。

 彼とは、自分が無理を言って繋がった関係だ。そういった大胆な行動をしてきたことを考えれば、今更この程度でぎこちなくなることの方が変だとも言える。


 ただし、それが琴音でなければだ。


 過去が過去なので、実は自己肯定感がマイナスを通り越して絶対零度な彼女だ。


 きっと真からすれば自分を助けたことは大したことはしていないといった感じなのだろうし、先の手を繋ぐという自身の行動もやはり分かってはいないだろう。


 普通に考えれば、彼の考え方と反応の方が正しいはずだ。


 先にも述べた通り、既に自分は手を繋ぐ以上に大胆な行動…具体的には同棲に手を出しているわけで、今更この程度で動揺したり舞い上がっている琴音の方がおかしいのだから。

 彼女自身もどうして自分がここまで緊張しているのかわかっていないし、それが故に混乱しているわけで……まあ、要するに、この二人は同じように心の中では浮つきに浮つきまくっていたということである。


「……真さん、優しいな。私なんかの誘いに乗ってくれるし。任務から帰ってきたばっかりなの……私の我儘に付き合ってくれるなんて」


 きゅっ、と先ほどまで彼を握っていた両手を見つめながら、琴音はぽつりと呟く。

 

 未だにそこに残る人の温もりを忘れるように、ため息を吐くと共にゆっくりと拳を開いていく。


 同棲して十分過ぎるほどに理解していたことだが、やっぱり彼は優しい。今日のような日でもなければいつもお弁当を用意してくれる。そして特務部隊の中でも気を遣いながら自分を引っ張って導いてくれてもいる。


 同棲の中で見つけた真の心遣いに感謝しながら、琴音は胸の鼓動が少しずつ落ち着いてきていることを感じ、息を吐いた。


(……私って馬鹿だな)


 ほんのちょっとだけ落ち着いた気持ちのまま、今度は若干ネガティブな思考へと突入する琴音。

 先の余裕がある彼の反応を見ていると、やっぱり自分とは大きく違うなという感想を抱いてしまう。


 釣り合っていないとか、そういうことを言うつもりはない。真と自分はただの友人だし、恋人としてああだこうだと考える必要なんてないのだから。


 でも、月葉や愛菜のような大人な女性と邂逅した直後にこういうことがあると、格が違うとわかっていながらも彼女たちと自分とを比較してしまう。


 自分がもっと背が高かったり、胸が大きかったり、大人としての余裕がある女性ならば、真も少しは意識してくれたのだろうか?

 

 動揺してくれたり、緊張してくれたり、平静を保たずに自分と似たような反応を見せてくれるのだろうか?


(無理だよね……私、色んな意味で子供っぽいし。意識されなくて当然かあ……)


 性格は明るく見せているが実際のところ気弱で内心ビクビクしている。


 顔は良いと思うが体は点でダメだ。大人の女性とは真逆の特徴を併せ持つ自分があの二人のような人物になる日は遠いと……むしろ、永久に来ない気しかしないと思いながら、真の先の反応も当たり前だと考え、自嘲気味に納得する。


 別に恋愛関係になりたいとかそういうことはない。が、そういう女性と出掛けた方が真も刺激があって楽しかったんだろう。


実際、真は大人びた美人な顔立ちだし自分と比べて身長はそこそこある。性格は自分でも分かるレベルでお墨付き。


 どう考えても己の価値と釣り合わない。これまたネガティブ一直線な思考に囚われかけた彼女は、ふるふると首を振ってその考えを頭の中から追い出した。


「だめだめ。師匠が折角気を遣ってくれてるんだ。私が沈んだ気分でいたら意味がないよ。明るく、笑顔を大事にして……!!」


 そう自分に言い聞かせながらも、やっぱり簡単に気持ちを切り替えることができないでいる琴音は盛大なため息を吐く。

 

 幸せが逃げていってしまうぞと思いながら、口を閉ざした琴音は自身がシャワーに入ってから随分と時間が経っていることに気が付いた。


「そろそろ寝ないと……! でも、楽しみだなぁ……」


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