第21話 気づき

『かなりえずいてますけど、本当に大丈夫ですか?』


 「……琴音には言わないで欲しい」かぶりを振ってゆっくりと立ち上がるが、すこしばかり体はフラつく。


 『見栄を張る意味なんて無いですよ。悲しいですけれどあなたを含め私たちは、守るために手を汚すことを厭わない隊なんです。彼女に伝えなくても……いずれ彼女自身が身をもって知ることになりますよ』通信機越しの向こうで、そう言い切った月葉自身も自身の言葉に目を伏せ、僅かに顔を曇らせていた。


 真とて、それは分かっているし月葉の声の震え方から彼女の苦々しい思いを感じ取った。

 

 「それでも、まだ触れなくていい。俺がそう思ったんだ」それでもなのだ。鏡野真としての行動の結果、有原琴音の望んだ結果が血濡れた道だった。だからこそ、なによりもまだ夢があるであろう彼女を守りたいと真は思うのだ。


 『そんな訳には、いかないですよ……だから、彼女にあの後その覚悟を問うたのではないのですか。その綺麗な手を汚せるのか?と』端正な顔立ちを更に歪ませても月葉は言い切った。


 けれど、月葉の悩みどころとなった今の発言で真は琴音のあることに気づいた。


 あの、自分にも類似した……の違和感を。


 だが、ここで一つ真はやらかした。自分自身の考えをまとめる時に何人かの人間は自分に暗示をかけるように声に出したりするだろう。それを真は月葉と通信が繋がった状態でやらかした。


 「返答に違和感があった」『はい?』


 唐突に始まった真の真剣な呟きに、月葉は耳を疑った。一応カメラなどでも琴音が仲間に加わる際の発言は記録している。それを確認すれば真が呟いた理由は確認できる。


 月葉は、真が語る言葉の真意を想像する。裏切り?内通者?思考を巡らすが答えはすぐに出ない。月葉は真の答えを聞くために口をつぐんだ。

 

 月葉は真剣に裏切りなども考えているが、真は別にそんなこと考えてはいない。実際のところはただの琴音の発言からふと湧いて出たこの世界の考察だ。

 

 「これを繰り返す以上覚悟は決めています。これを繰り返すって言ったんだよな琴音は」『それは、単に汚す回数についてでは?』


 何という奇跡のすれ違い。ここに至っても真は未だに気付かない。


 (繰り返す。言葉だけで捉えればそうだろう。だが、自分の同類が居ないと誰が決められた?)

 

 琴音が本来の、いや何が本来なのかはもう分からないが、真と同じような人間なのかもしれない。


 あの繰り返すという発言に真はそういうニュアンスを感じた。


 第一、琴音はまだ手を汚してはいない。にも関わらず彼女の瞳からは闘争という名の死を知った人間の虚さが顔を覗かせた。或いは、諦観の虚しさだ。

 

 もっと分かりやすく言うなら、絶望を知った目だった。手の届かない絶望。

 

 「目が違った。あれは、誰かが死ぬのを知っている目だったように見えた」


 『それは…彼女が今回の事件でそれを悟ったからでは?』「いや、でも…あれで悟ったのなら良いんだろうが……」そうは思えない。ついに声が漏れていたことに気づかず真は、都市中枢に潜入するため、通信を切った。


ーー幻葬士支部 特務部隊用司令室ーー


 「これは、琴音君の精神状態も考慮した方がいいのかな……あーあ、もう!」


 ガシガシと頭を掻き回して顔を歪める神楽司令に流石に朴念仁とかフラグクラッシャーと呼ばれる桑原悠太こと俺も同情したい。


 (真さぁ、流石にあのタイミングでは言わないでほしい)

 

 真の発言の真偽をすぐさま確認すると、たしかに琴音ちゃんの眼はどこか違和感があった。


 真が言うのも分かる。けれどそこまでのものでもなかったように感じた。


 だからと言って戦闘能力とかを考えるとかなりチグハグだったりする。

  

 刀の握りは素人そのもの。しかし真が前衛ポイントマンとして戦わざるをえなかった今回の件では危機に陥った真を刀一本で守ったという。

  

 まさか相手の爪による攻撃を流して防いだとは。


 刀は脆い。正確には横の力に対してだが。確かに今の時代の刀の耐久性は大昔の鉄だけの刀と比べて遥かに高いし何より強靭になった。魔力によって加工され、覆われたものなら確かに幻影の一撃でも折られないだろう。


 但し、それは折れないだけで曲がってしまうしヒビが入るはずだ。銃を使う俺でも分かる。衝撃で銃が曲がって暴発したのは懐かしい。あの時は咄嗟に魔力で防御出来たおかげで指がぐちゃぐちゃに骨折するだけですんだとはいえ。


 とにかく真は俺たちに対して仕事で嘘はつかない。なら真は何を理由に琴音ちゃんを警戒しているんだ?


 裏切り?いや琴音ちゃんの性格的に裏切りは自分を傷つける。事後調査でイジメが発覚しているくらいだ。裏は無いと考えていい。

 

 仮にも旧皇立 龍刻学園 とか言うバケモノみたいな偏差値学校の中等部一年生生徒会書記だ。

 

 中等部入試平均点が80以上。面接は受けなくてもいい代わりに学長と生徒会会長によっての厳正な審査で入学できる。というか、なんで真そんな学園入れたんだよお前。たしか小学校卒業していつの間にか書いてた論文で強引に幻葬士になったじゃん。なんで二足草鞋を履きこなしてんの??天才か?いや天才つうか超々秀才で努力家だよ……。


 そも幻葬士の任務は基本的に外壁の修復中の機械の防衛。内部に現れた弱い幻影の駆除が基本だ。真の場合は、A級だが年齢を鑑みて基本的に駆除と、長期休暇中の探索のサポートがメインで今回のようなのは別枠だったりする。けれど真の様子を見るに暗部の任務を気付かずに受けていそうなんだよな。それで琴音を知ったなら警戒はしなくもない。けど真は本気で琴音ちゃんが加わるのを反対した。


 なら、なんだ?と悠太は思考する。


 真が琴音を警戒する理由として唯一の説得力があるのは、現状の戦闘能力のチグハグさ。

 

 まるで、歳に合わない老獪な手段。それなのに血に触れたことのない刀の握り……。


 考えれば考えるほど思考は文字通り五里霧中の霧に埋もれてしまった。


 惜しむらくは、悠太はあることに気づけていたことだった。

 


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