第19話 潜入任務開始
闇夜に包まれた街の空に駆け走る影があった。影の正体は、任務のせいで呼び出された真だ。
真の眼下に映る景色には数十メートル感覚でポツリポツリと立つ街灯が遠くまで行列のように続いていた。
(やっぱり、静かだな……)
前世と比べ遥かに上がった視力で見える景色に人が映ることはなく、地球と同じ世界だった筈の日本の……東瀛の夜はとても静かだ。具体的に聞こえるのは
ブロロロ
チチチチ
エンジン音と虫の音、混ざることの無い音位だ。
前世の日本とは東瀛が辿った歴史は違うせいもあるだろう。或いは自分の記憶が地球を基準としているせいか。
夜道を歩く人の姿が無いことに少し寂しさを感じざるを得ない。
時折、ふと動く何かがあれど、一般人ではなくご同輩の幻葬士、あっても幻影だけだ。
旧時代の名残になってしまった僅かに灯る街灯の上に飛び乗り、また走る。
真が住んでいる孤児院から幻葬士の支部までは直線距離にして40㌔程度。真の前世でなら車を使わざるをえない道も、魔導があるこの世界では踏破可能だ。
孤児院からある程度離れ、人通りが無いのを確認した真は自身の身体強化のために魔導を発動させる。
魔導を発動させることで仄かに体の*魔導回廊が光り、魔素によって筋肉と骨が強化された真の肉体は、軽々と家々の屋根をさながら陸上トラックのように踏破させる。
やがて、家が消えて一際巨大な建物が見える。幻葬士協会東瀛第一支部
「よしっ、到着到着と」
身体強化の魔導に使っていた*魔力回廊を切って立ち止まって支部を見上げる。
(んー、やっぱり全部閉まっているよな)
早朝の支部の入り口は閉じ切っており、今は夜勤の人間ぐらいしかいないだろう。そんな彼らに扉を開けてもらうというのは申し訳ない。
(機密を意識した方がいいよな。何故か俺ごときがゲームでの最高実力者が所属していた部署に所属させられたんだし……うん。よし、窓から入るか。さて、空いている窓は……四階のあそこか)普段なら考えないことも、眠気と急ぎということからすっかり考えてしまった真はそのまま窓を探し始める。
5分ほど探すと窓が閉め忘れられた部屋が見つかった。
(ラッキー、屋上侵入しないで済んだ)
魔導を使って窓枠に鎖を繋ぐ。後は鎖をフックショットのように縮めて、窓枠に立つ。
窓を開けて部屋に入ると、仄かにコーヒーの香りが鼻をくすぐった。多分、この部屋で誰かがコーヒーを飲みながら作業していたのだろう。
(ブラックコーヒーが飲みたいなぁ……)
真が転生して困ったことがあるとすれば、体が子供なせいでコーヒーが飲めないことなのだ。お陰で飲めるのはカフェラテくらい。
眠気とカフェイン不足から来る少しの眠気を噛み殺して、真は集合場所に指定された3階会議室に移動した。
ところが、神楽さんは見当たらなかった。遅れたとか、まだ来ていないという線はないだろう。神楽さんはああ見えても、幻葬士協会ではやり手で知られている。何より、仕事での約束はどんな形でも破ったことは無い。
さて、どうしたら。と考えていたときだった。ふと、机の上に無造作に紙がばら撒かれていたのが目に止まった。
紙に書かれている情報はバラバラで予算だとか幻影の被害とかだった。
(んーなんか、見落としている気がするな)幻葬士になってから少し身についた勘が真に何かの違和感を突きつけている。
(何か、俺が今までと違うものとかを……もしかして?)
ハッと閃いた俺は、スマホを取り出すとカメラを起動し、それを机に向けた。
何の変哲もない机から文字が浮かび上がった。
フッと、スマホを退けて浮かび上がった文字を自分の眼で見ようと試す。だが、浮かび上がった文字の影もない。恐らくは、スマホのカメラ越しにしか分からない特殊な細工なのだろうと理解した。
もう一度スマホを通し、しっかりと文字を読み取る。
会議室 入口ドアから左3番の柱
細工によって浮かび上がった文字にはこう書かれていた。
文字が示した柱の前に移動する。先の細工のことを考え、再びスマホを取り出して柱へと近づけてみる。
すると、なんの変哲もない壁から電子音が鳴り響き、柱の横の壁がスライドし開いた。それを確認し、スマホを仕舞い中へと入る。
壁の中はエレベーターになっており、操作盤には会議室、研究室、ハッチ、それと武器庫と書かれていた。
(うーん、特務部隊だけあって凝っているな)
あの会議で話し合った後、恐らくは内田さんが改造していつの間にか秘密基地の様になったのだろうと推測する。
(あの日から数日なことを考えると急拵えにしかならない筈。それにしては、些かハイスペックすぎる気も……かかった金が怖い)
ため息を吐いて真はエレベーターに乗り込み、会議室のボタンを押してようやく十二秘奥の会議室にたどり着いた。
会議室に着いた真を出迎えたのは、任務の為か戦闘服を着た神楽と、同じく戦闘服を着た七海だった。2人は会議室の中央に置かれた円卓に座っていた。
「お、しっかり謎解きして来てくれたんだね。さ、そこに座って。月葉は彼に任務の説明を」こっちこっちと手を招く神楽に従って真は円卓に腰をおろした。
「はい。真くん、いえ第三席の任務は、この街で確認されたテロ組織の計画を調査。及び、ここより南西部にある廃棄市街にあるとされる拠点の斥候です」
脳内から地図を引っ張れば、たしかに近くには廃棄市街がある。かなり昔からというより大戦前の防衛都市だ。ロストテクノロジーの解析のために都市は残されている。
「分かりました。それで規模は?」
「不明です。周辺の異変を感じた支部上層部が最初に派遣させたB級の斥候の失態で勘付かれ、警戒されました。故に回ってきた不可能任務です」
(うわあ、そりゃ道理で俺なんかを土曜に呼び出す訳だ……)この手の任務は、何故か俺に回される。自分で言うのもなんだけど俺は優秀って言えば優秀かもしれないけどそこまで戦えるわけではない。代わりに、魔導とか糸操術の潜入とかが得意だ。
そして、こういう場合の不可能任務は特に危険であることが多く、協会でも死者が出かねない危険な任務とされており、B級以上の幻葬士でなければ危険すぎて命令として下されない。
「最初の任務は第三席単独の真くんでもこなせるだろう……けど、もう一つの方は流石の真くん、君でも単独である以上危険が伴う。月葉、あれを」
「はい。なので今回はこちらが装備が新しく用意させて貰いました。装備の一覧はこちらになります」
そう言うと俺にタブレット端末を渡してきた。画面を覗き込むと、見た目やスペックが表示される。
『 メインウェポン
S級*幻葬器μ型 試作準結晶鋼糸 3m×20
サイドアームズ
A級葬装器α型 試作魔導銃MRνプロト
A級葬装器β型 試作短刀 チェイス×2
防具 十二秘奥軽装暗器極地戦闘型
極地戦闘用外套 暗器対応型
仕込み 防具 *極地界魔導通信装置 暗器用保管穴×14 物理弾丸保管穴×4 治療用魔導暗器保管穴×2
ポンチョ 物理弾丸用保管帯×2
』
(無属性でのコピーにも使える鋼糸は助かる。けど)
準結晶って、何造ってくれてんの!?
*準結晶ってあれだろ、金属なのに電気通さないやつだよな?
コストを想像するとお腹が痛くなってくる
それなら、極地界通信なんて特にヤバい。あとなんか武装も暗殺とかそういうものが多い。元々、そういう搦め手の方が得意ではあるのでラインナップは気にしない。けど、やはりコストがかかる。
キュッと胃が縮こまった。
「これから先はこれらを使って不可能任務を遂行して貰うというわけです」
「了解です。それで今から任務に行けばいいと」
「休みの日に悪いけど、そういうこと。ああ忘れていたが……今回の任務は他の部署の人間が関わってくる。くれぐれも気付かれないように。じゃ、頼んだぞ」
「私は付近まで行ってオペレーターとしてサポートします。お気をつけて」
こうして、俺が十二秘奥第三席に昇格後の初任務が始まった。
ーー東瀛壁外 南西部 練磨の荒野ーー
俺が住む地域は、東瀛でも少し珍しく平野に属する一帯だ。より正確には、荒野と化した幻葬士の為の平野があるといったところだろう。
取り敢えず、壁の外は荒野となっている。
荒野はかつて人が
だから普通に外で長時間行動するのは無限とも言える幻影相手に戦いを挑むのと同義となっている。
だが、幻葬士は透明マントとも言える光学迷彩外套がある。これを使い、幻葬士は出来るだけ戦闘を避けて、荒野で修行したり、任務を遂行する。
一般的常識的に、壁外で活動できるのは幻葬士か幻影だけだ。
今回、俺が貰っていた外套にもこの光学迷彩外套と同じ機能が付いている。まさに斥候としてこれ以上ない装備となっている。
荒野を走って進み、およそ30分。ようやく目的地といえる廃棄都市が近づいてきた。
倒れたビル群の周りには、郊外のビルを寝床にした巨大な幻影がたむろしている。
「さてと、この中から探すのか……外観からしてかなり壊れているが大丈夫か?」
たどり着いた廃棄都市は見るからに劣化が進んでいた。
今にも崩れ去りそうなビルや陥没した道路。何かに踏み潰されたような平屋。そしてそれらを守護していた巨大な壁も砕かれて瓦礫の山を作り、唯一の門は歪み捻じ曲がるも未だその機能は失っておらず、とても中には入れないように見える。
だが、真に任務としてそこの探索を命令された以上は間違いなく、都市にテロ組織が居るのだろう。
そして、これだけ街に近ければ、ここを拠点にしたテロリストも街中に侵入して、学園のような事件を秘密裏に起こしているのだろう。
(ま、やるだけやりますか)仕事として幻葬士になったのだ、やることはこれからも変わらないだろう。
そう決意を固め、廃棄都市の入れる場所を探し始める。
「ここか」
魔導も用いて探すこと30分、崩落したビルの間に、偽装されたシェルターのような扉があるのを見つけた。
光学迷彩を使って近くに寄って聞き耳を立てる。
「ーーーーか」「ーーーーだ」
(いるな……さて、どう進入するか)
正面突破は論外だ。
「"細く"細く"漂う銀糸"《
魔力を流す事にしか使えない、魔力糸を出入り口の隙間から侵入させる。
(後は、糸を伝って魔力探知で確認だ)
目を瞑って、集中。
魔力の塊が一つ、二つ……二人はいる。けれど出入り口からは徐々に離れていく。
今がチャンスか?
出入り口を僅かに開け、中を窺う。だが油断は出来ない。カメラ、赤外線センサー等があればどうしようもない。
最もそういうのは、オペレートをしてくれる七海さんが教えてくれるが……「オペレーターどうだ?」『手元にある通信端末のカメラを向けて確認してください。……どうやら近くに生きている監視カメラが2台あるようです』
「場所は分かるか?」『通路の上に一つと扉の上に一つありますね』
「了解。"静寂と"風の導き"《
詠唱を省略した風魔導がカメラに突き刺さる。
バキィ
鈍い音と共にカメラが壊れると同時に破損箇所から火花が散って通路を仄かに照らした。
『任務開始です』「だな」互いに任務開始を認識し、テロ組織の計画を潰す為に十二秘奥は動き出すのであった。
ーー
この先、要らない解説が含まれているので、興味の無い方は飛ばしてください。
準結晶とは(Wikipediaより)
結晶は並進対称性を持つことから、その電子線回折等の回折像は1回、2回、3回、4回および6回のいずれかの回転対称性を示す。これに対して、準結晶の回折像は5回、8回、10回または12回対称を示す。また、準結晶の回折図形には鋭い回折スポットが現れており、アモルファスのようにランダムな構造ではなく、高い秩序度を有していることを示している。このように並進対称性(周期性)を持たないが、高い秩序性が存在する構造として、一次元におけるフィボナッチ数列や、二次元におけるペンローズ・パターン(ロジャー・ペンローズによって提唱された)が知られている。このような構造は、高次元空間の結晶構造を、その結晶構造の対称軸に平行でない低次元空間に射影することで得られる。
準結晶の金属に特有の物性として、高い電気抵抗があげられる。例えば、アルミニウム、銅、鉄はいずれも良導体であるが、これらからなる準結晶Al-Cu-Feでは電気抵抗が10万倍にも達する。また、温度が低くなると抵抗が上昇する(通常の金属の示す性質と逆)、むしろ欠陥が存在する場合の方が抵抗が低い(これも通常の金属の性質と逆)などの特殊な性質を示す。準結晶のフェルミ面には「擬ギャップ」と呼ばれる状態密度の落ち込みがあり、これが特異な電気的性質の原因となっていると考えられている。擬ギャップが存在することで系全体のエネルギーを引き下げ、準結晶の構造を安定化していると考えられている。
バルクとしての準結晶(安定相)は、その非周期性のためへき開面を形成し難く、このため比較的硬くて強靭(脆くない)である。
つまるところ、真の貰った鋼糸は電気を通さず、かつ強靭な一品だと思ってもらえれば。
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