第17話 真の新しい日常
鏡野 真は普段暮らす孤児院で日常的に修行をして任務に備えている。そこに時々、愛菜先生が加わり真が使わない魔導の知識を教わり実践するというのが真の任務がない時の日常だ。
最も、その日常も今日までになるだろう……その理由は先生にバレたから。それだけだ。
家が与えられると教えられ孤児院に戻る道を歩きたどり着いた真の前には孤児院のドアが立っている。中にいるのであろう先生の怒気がチラチラとドアの隙間から漏れているように真は感じた。まるで、地獄と天国を隔てる審判の門、その扉を真は幻視した。
ゴクリと生唾を呑んで、そっと扉を開けて真は玄関に入る。
「あ、あはは」「真、何か言うことありませんか?」そこには、薄ら笑いを浮かべた、されど目が笑っていない仁王立ちの愛菜先生が真のことを待っていた。そんな先生に真には、かつて戦った龍を彷彿とさせる圧を感じた。
「さて、真。私が何を言いたいのかは分かりますよね?」正面に立つ先生の顔は一言を言うと額に青筋を浮かべており、真と同じように魔力が漏れている訳ではないのにも関わらず、真の後ろにいる琴音が真の怒りと同等の圧を感じさせる程にキレていた。これには、琴音も顔が引き攣ってしまう。
「し、ししょう、これヤバくないですか?」思わぬところで圧を受けた琴音は真に状況を聞こうと背中に隠れながら問いかける。だが、真正面から圧を受けている真は琴音の言葉に返答を出来なかった。
「おや、そちらのお嬢さんはウチの愚子のお友達ですか?」琴音が真を呼んだことで、愛菜は、ようやく琴音がいることに気付いたらしい、真への圧を少しも霧散させずに琴音を中に迎え入れる。
「え、と。その、そうです」「玄関を上がって右に来客用の部屋があるのでそこで茶菓子でも摘んでいてくださいな、私は今暫く、ここで話すので」「はい」
「おっと、真。さらりと逃げてはいけませんよ?」 中に入って行こうとした琴音に追随して説教から逃げようとした真を愛菜はやんわりと引き留める。
「うっ」気づかれたことと鷹の様な眼光に真の背筋が濡れる。
説教の理由は黙っていた真でも分かった。今まで嘘をついて勝手に幻葬士になっていたこと。しかも戦闘がある実働部隊だったことだ。
恐らくこれがまだ後方支援等の裏方なら愛菜もまだ許せただろう、しかし、真は命懸けの実働部隊だった。
そして、それを知ったのが、今日支部から電話が掛かってきて初めて知ったのだ。
しかも幻葬士特務部隊に所属するという。仮にも親として育ててきた愛菜は真の勝手な行動を許す訳にはいかないのだ。
「えーとその……せめて」「せめて、なんです?」瞳孔が開いた目で見てくる先生に対して真は自身が精神的に死ぬ覚悟を決めると一言だけ伝える。
「せめて、中にいる琴音をここに歓迎してからでも」その言葉を口にすると真を包んでいた圧が少し消えた。助かったか……ほっと、真は一息をつけると気を緩めた。
「えぇ、えぇ、良いですとも。琴音さんには色々と真の為にありがとうございますと言わないといけませんからね」そう言うと愛菜は何処からともなく取り出したワイヤーで真を瞬時に縛る。
「せ、先生のワイヤーに気付かなかった、まじか……」呆然と捕まったことを驚愕する真を愛菜は玄関から応接間まで引き摺る。
「待たせましたね」
「いえ、こちらこそ師匠には命を救って貰ったので気になりませんよ」
「真がそんなことを!ふふ、意外とこういうのは嬉しいものですね。今後とも、真のことをどうか宜しくお願いします」そう言うと同時に先生は頭を下げる。
これに慌てたのは琴音だ。感謝しようと思って話を振ったらまさか自分が感謝される側、それも師匠と仰ぐ人の親からなんて。という感じだ。
「ちょっ、ちょっと頭を上げてください!」
「ですが……」
「いいんですって、それよりも師匠の話を聞かせてくれませんか?」「おい、琴音それは」
「分かりました♪ふふっ、真もそっちの方が意外と効きそうですし」
バッと驚いた顔を先生へと向ける真、それに対して先生は非常に良い笑顔だった。「なあ仮にも俺、琴音の師匠だよな?なんで師匠の恥ずかしいエピソードを引き出そうとしてんの⁉︎それに愛菜先生もそんな琴音にノリノリで教えるのはちょっと良……」
「なんです?」「師匠?」思わず止めに入ったが先生と琴音から同時に絶対零度の視線を叩きつけられ真の心は屈した。「いえ何でもありません」
(せめて、優しいエピソードにしてくれ)いくつか恥ずかしい過去もあるなかで、まさかソレを選ぶとは真は思ってもみなかった。
「例えば、そうね。この子、女の子みたいな見た目しているからね。この子、自分が兄貴と慕う人に頼んで、服とか用意して女装していたこともあって」
「ねえ、先生なんで知ってるの⁉︎」
驚天動地といった衝撃を受けた真を確認した愛菜は笑顔になる。
「えっ、そんなことが……あ、でも可愛いかったんじゃないですか?」
勿論、話を聞かされた琴音も同様に驚いていた。だが、師匠に女装癖があったところで寧ろ、可愛いに違いないと興味を持った。
「ええ、隠し撮り写真がありますけど見ますか?」「勿論!」
こうして、琴音と真が一緒に過ごすことになった初日から早速、厄災な一日へと変わった。
「せめて、せめて、一思いに殺してください……」
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