第4話

「でも、まぁ、歓迎会は予定通りにできてよかったよ」

 夜道をあかりと並んで歩きながら、須藤が笑った。

 2人の後ろを一歩離れて歩きながら、愛凪も声を出して笑ってしまう。

「全く信じられない話でしょ。電気系統の点検で停電させちゃうって!」

 あかりは本気で憤慨していた。

「宿泊施設、使ってる時だったら大問題じゃない」


 確かにあかりの言う通りだった。だが、あまりにもマンガチックな出来事は、愛凪にとっては笑い話のように思えた。

「担当者、怒られるんでしょうねぇ…仕方ないですけど」

 愛凪の隣を歩くアベが、大きい体に似合わない、弱々しい声で呟く。


 対策室に入ってちょうど1年になるというアベは、身長も横幅もあるが、見るからに人の良さそうな青年だ。

 似ている有名人はクマのプーさん、というのが彼の鉄板ギャグらしいが、愛凪は笑えなかった。

 エル・チームの中では今まで一番年下で、後輩の愛凪が入って来たことを大歓迎している。少々的外れな発言が多く、鈍いところもあったが、面倒見は良く、愛凪も話しやすい相手だった。


「やっと案件片付いたのに、バタバタした1日だったねえ。本当に、あのまま電気復旧しなかったらサイトウさんの歓迎会どころじゃなかったよ」

「ですよねー」

 笑顔で答えながらも、そんなドタバタのせいで須藤にもあかりにも、兄のことを相談する暇がなかったことが悔やまれる。


 歓迎会が終わってから話す時間はあるだろうか?

 ダメなら明日、電話で相談してみようか…

 だが、明日になって、また母に止められたら気持ちが揺らいでしまう気もしていた。

 大事にすると、かえって兄のためにならない、という両親の言い分も分かるのだ。


 パスケースに入れている、水色の付箋紙に書かれた4人の名前を思いかえす。

 2人は知っている名前だった。残りの2人も海人の同級生だろうと、母は言った。

 一応、須藤にも見てもらうつもりだったが…


 思わずため息が出たのをあかりは聞き逃さなかった。

「アイちゃん、大丈夫?疲れてる?」

「え?あ、いえ、なんか…いつもと違った仕事したせいですかね…?」

 慌ててごまかす。

「いやあ、確かに、滅多にないことが起こりましたからね。驚きましたよ自分も!」

 アベが励ますつもりなのか、会話を盛り上げるつもりなのか妙に高いテンショアで乗っかってきたが、あかりは無視した。

「あら、あそこじゃない?」


 十メールほど先を歩いていた男性2人が立ち止まって、振り返っている。

 背格好も髪型も似ているが、1人は20代半ば、もう1人は中年に差し掛かった強面だ。

 アベと対照的に、愛凪にとっては職場で話しづらい代表2人だ。


 若い方の桜木は、精悍な体つきで、いかにも体育会系出身と言った感じ。須藤には敵わないが、なかなか整った顔立ちをしている。ただ、完全に愛凪のことは見下しているようで、小馬鹿にした態度を隠そうともしなかった。

 先週からの一連の事件で、愛凪がウィンガー保護に大きく貢献してからは、幾分マシにはなってきたが、それでも自分から話しかけてくるようなことはほとんどない。


 中年のワタナベの方は常に不機嫌そうな顔で、笑顔などほとんど見たことがなかった。

 初日の自己紹介でさえ

「ワタナベだ」

 と、ただ一言。一応、本名ではないとはいえ、全員がフルネームを名乗る中、

「ここではただのコードネームだ。誰のことかわかればそれでいいだろ」

 と言い放った。

 須藤も何も口を挟まないところを見ると、そういうキャラクターだと全員が認知しているらしい。

 昼間は外に出ていることが多く、愛凪は挨拶程度にしか会話を交わしたこともない。

 対策室の職員に対しても同様の態度らしいが、ウィンガー保護を目的とした職場に勤めているにも関わらず、ウィンガーを嫌っているという評判だった。

 事実だとしたら、上司の須藤がウィンガーであることをどう思っているのだろうと、愛凪は訝しく思っていた。


 2人が立ち止まっているのが、歓迎会の会場の店らしい。

 歓楽街の一角にある雑居ビルの一階にあるこじんまりとした居酒屋だった。


『海鮮居酒屋 鮮昧』と看板が出ている。

 大手のチェーン店のような、家族連れでも行きやすいようなワイワイした感じではなく、常連さんが少人数で、それぞれ酒と食事を楽しむような、ちょっとした小料理屋の雰囲気だった。


「桜木さんの彼女の友達がバイトしてるんだって」

「へえ…」

 小声で教えてくれるアベに、気のない返事を返してしまった。

 桜木の彼女がかなりの美人だとは、アベからよく聞いている。勝手に、桜木と対等に付き合うなら、かなり気が強くてわがままな女性なのではないかと想像していた。まあ、その友達と言われても、愛凪には全く関係ない話だ。


「サイトウさん、ほら、お刺身好きだって言ってたからさ…そう教えたら桜木さん、和食のお店ならいいだろって、決めてきちゃって」

「ああ、お刺身好きですよ。鍋とかも好きだし」

 幹事を任された桜木は、手近なところでサッサと店を決めたかったのだろう。

 和食は好きだし、愛凪としては何も問題はない。相変わらず、軽くあしらわれているのが分かって、ちょっとムカつくが。


「先週、彼女と下見してきたらしいよ。飲み物はあまり種類ないけど、料理は結構うまいって」

「私、ソフトドリンクしか飲めませんから」

 愛凪が笑うと、アベはそこでハッと思い出したらしい。

「ああ!サイトウさん!未成年だっけ!」

 大きな声に、須藤とあかりが振り向いた。




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