1章 Maverick Wing
第1話
家の前に止まった車から、スーツ姿の男性と父親が降りてくるのを見て、
自分に起きた出来事は、単身赴任先の父親を呼び戻すほどの大事らしい。
4人の来客を迎えた、大してリビングは微妙な緊張感に満たされ、あまり居心地は良くなかった。
真ん中に座った初老の男性が、国際翼保有者登録機関(IROW:アイロウ)の日本支部局長だと名乗った。名前と顔は、確かにニュースなどで見たことがある。
普通の16、7歳ならアイロウの支部局長の名前や顔など知らない方が普通だろうが、愛凪の家族の場合は事情が少し違う。
「突然のことで驚かれたでしょうが…愛凪さんの能力は、大変珍しく、貴重なものです」
両親は神妙な面持ちで説明を聞いている。当事者の愛凪はといえば、いまいち現実味が沸かず、こんな大騒ぎになってしまったことに戸惑いしかない。
向かいに座った男性と目が合うと、相手は微かに口角を上げた。愛凪の緊張を見てとったのか、
(大丈夫だよ)
とでも言いたげに、小さく頷いてみせる。
二十代半ば頃の青年で、俳優の卵とかモデルと言われても納得の、整った顔立ちをしている。
昨日会ったばかりの男性だが、年頃の少女をドキドキさせるに十分な容姿と物腰に、愛凪もかすかなトキメキを覚えずにいられなかった。
ただー
彼ともう一人、局長を挟んで斜向かいに座る男性を、愛凪は見比べていた。正確には、彼らの背後に見えるものを。
彼らの背後に立ち昇る蜃気楼のようなものが何なのか、昨日のことで確信はできたものの、この状況は意図的なものか偶然なのか…
愛凪のさまよう視線を追っていた斜向かいの男性が笑みをこぼした。
こちらは三十歳近いだろうか、眼鏡をかけた、まあ、どこにでもいそうなサラリーマン風だ。
この男性が父を連れてきてくれたのだが、家に入ってきた時から愛凪や両親のことを抜け目なく観察していることは分かっていた。
「気になりますか?」
局長の話が少し途切れた隙に、彼は愛凪にそう話しかけてきた。局長も興味深そうに愛凪に視線を向ける。
「あ…えと…」
「ぼくも気になってるんだけど。ぼくら2人、同じように見えるのかな?」
向かい側の男性も畳み掛けてきた。
「あ、はい…あの…全く同じじゃないんですけど…だいたい同じ…蜃気楼みたいにモヤモヤ〜って」
愛凪が両手をふんわり広げて見せると、局長は満足そうに頷き、ちょっと前に乗り出した。
「これまでの報告事例と同様です。彼らー」
そこで局長は両脇の男性を両親に示しながら続けた。
「2人とも、ウィンガーなんですよ」
両親の体に緊張が走るのが分かった。
(ウィンガーなんて、慣れてるはずなのに)
思わず愛凪は口に出しそうになって、堪えた。そして、百万人に1人と言われるウィンガーがこの家の中に今、
(うちって…ウィンガーに縁があるな…)
だが、今は呑気にそんなことを考えている場合ではない。
「シーカーの能力を持っている者は、世界でも10例ほどの報告例しかありません。が、大半がウィンガーです。一般人で、シーカーの能力が認められたのは3人だけ。国内でシーカーと確認されたのは、愛凪さんが初めてです。重要性はおわかり頂けたでしょうか?」
局長の後ろに立っていた女性が、示し合わせたようなタイミングで資料をさしだす。
テーブルの上に広げられた資料に、両親は競うように手を伸ばしたが、2人とも状況に飲まれ、反射的に動いているとしか見えなかった。
資料の中身が両親の頭にどれほど入っているのか、愛凪には疑問だった。
翼を発現していない状態のウィンガーは、一般人と変わらない。だが、その通常状態のウィンガーを判別できる『能力者』がいる。それがシーカーと呼ばれる人々だ。
ウィンガーが最初に確認されて50年ほどになろうとしているが、シーカーが確認されたのはほんの5年前。
報告数が少ないのもあり、一般にはあまり知られていない能力だ。
近年、アイロウへの登録を逃れている、いわゆる隠れウィンガーが関係した事件が増加している。彼ら未登録者を発見することが急務とされる中、関係者の間で期待が高まっている能力だった。
「まずは都内の施設で検査を受けていただきたい。これは、愛凪さんのためでもあります。もちろん、検査・滞在の費用はこちらが負担します。お兄さんの時と同様、プライバシーにも厳重に配慮します」
最後の言葉に母親の表情が厳しくなった。
心持ち背筋を伸ばし、口を開く。
「うちは…上の子がウィンガーだと分かった時は、かなり苦労しました。あの子が、友達にもきちんと話をしたいと言ったので、本人の意思を尊重したからですが。結局、マスコミの方にも知られて…引っ越しもしなきゃならなくなったし、周りの人にもずいぶん騒がれたんです」
母親はチラッと父親の方を見たが、彼はテーブルに視線を落とし、小さく頷いただけだった。
「私としては、最低限、必要な検査をしたら、あとはそっとしておいて頂きたいです」
かすかに唇を震わせながら、だが断固とした口調の母親に、局長は静かに頷いた。
「もちろん。先々のことは追々考えてまいりましょう。突然のことで、ご家族もお気持ちを整理する時間が必要でしょうから」
眼鏡の男が少し身を乗り出した。
「そういえば、海人さんの体調はいかがですか?私も何度か向こうでお会いしてたんですが…」
父親が顔を上げ、咳払いともなんともつかない音を喉から出した。愛凪も反射的に階段の方へ視線を向けてしまう。
「まあ…落ち着いてきたようです。ただ、なかなか眠れない時とかあるようで…今日は珍しくよく寝ていたので、起こさないでおこうかと…」
母親の口調には、二階に閉じこもっている息子に関しては触れて欲しくない様子がありありとしていた。
「そうですか。無理しないようにとお伝え下さい。では、少し検査について具体的なお話しをさせていただきたいのですがー」
礼儀正しく、穏やかな話し方だが、眼鏡の奥の瞳が常に何かを探っているように見えて、愛凪はこの男が苦手だった。
それに対して、向かい側のイケメンの場合は、愛凪に対する興味をストレートに表現した視線を向けてきていたが、不愉快な感じは与えない。
昨日の彼との出会いから、今のこの状況に至るまでを振り返り、愛凪はやっと自分の能力の意味を理解しつつあった。
(どうなるんだろう?どうすればいいんだろう?)
昨日までは感じたことのなかった不安が押し寄せた。
結局、愛凪の家族に考える時間はほとんど与えられなかった。
翌日には東京にあるトレーニングセンターに行くことになり、慌しく荷物をまとめなければならなかった。
幸か不幸か、高校を中退し、短期間ずつのバイトで小遣い稼ぎをしていたため、わずらわしい言い訳を考える必要もない。
自分に向いた仕事を探したい、という言い訳のもと、ファミレスやスーパー、ドラッグストアなど点々としていたが、同じところに長く勤めないのは、親しくなるにつれて家庭や学校の事情を聞かれるに決まっているからだ。
友人ともSNSでたまに連絡を取ったりはしていたが、会って遊んだりすることは意識して避けていた。今は誰もあまり誘ってもこない。
能力について、
「家族以外にはまだ口外しないように」
と言われても、教えたいと思う相手もいなかった。
正直言って、短期間とはいえ家を離れられるのが愛凪には嬉しい。
父親はともかく、母親に対しては高校を辞めて定職にもつかない今の状況を申し訳なく思う気持ちはある。
それを責められたことはないのだが、だからこそ余計に罪悪感を覚える時もあった。
家族から離れて、自分のことだけを考える時間ができるのはありがたい。
父親が単身赴任先へ戻ってしまうと、母親と兄が2人きりになるのは気になるところだが…
シーカーの能力を持っていたことについて、兄に話すのを先延ばしされたことも気になった。
アイロウの職員たちは海人にも早めに話すよう勧めたのだが、両親が愛凪が検査から戻ってもう少し詳しい状況が分かってから、と言い張ったのだ。
愛凪も渋々ながらそれに従い、海人とはほとんど話もしないまま、東京へ向かった。
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