flappers

さわきゆい

プロローグ

 現在ではウィンガーと呼ばれている、『翼保有者』が最初に確認されたのは、50年ほど前になる。


 最初の天使、と呼ばれるマイケル・オーウェンが初めて翼を発現させた様子を捉えた、カジノの監視カメラ映像は有名だ。

 人ゴミの中で知人と言い争っていた若い黒人男性が頭を抱えて仰け反ると、その背中周辺にキラキラした結晶のようなものが集まり、1秒とたたずに白い綿状に変化していく。


 何が起こっているのか把握できず、人々が呆然と取り囲むなか、綿は白い羽へと変わり、背中から生える翼となった。


 翼を広げたマイケルが口論相手にとびかかる。相手は車に突っ込まれたかのような勢いで画面の外まで吹っ飛ばされた。


 騒動の後、拘束されたマイケルはさまざまな検査、調査を受け、やがてその結果は[人類の進化について極めて重要な症例の発表]として世界中に公表された。


「これは翼のように見えるだけで、翼ではありません。着衣をも巻き込んで背中の筋肉と接続していますが、この翼状の物がどんな成分で構成されているかはわかりません。そして、消えてしまうと背中はもちろん、衣服にもその痕跡は何も残らないのです。我々はこれを突発性背部付属器官と命名しました」


 当初、医師や動物学者、物理学者など名だたるメンバーで構成された調査チームは意気揚々とそう発表したが、そんなまどろっこしい言い方は定着するはずもなかった。


 マイケルの後、立て続けにヨーロッパやオーストラリアでかっこ「突発性背部付属器官発現者」が発見され、更に世界各地で症例が確認される頃には翼のように見える、『突発性背部付属器官』は『翼』と呼ばれ、彼らは『ウィンガー』と世界共通で呼ばれるようになっていた。


 突然、背中に『翼』が現れる人々。それだけなら、ちょっと面白い個性で済んだのかもしれない。

 翼の出現している間、彼らのの身体能力は著しく向上し、脚力、腕力、反射スピード、どれもが一流アスリート並みに上昇した。それだけなら、実に羨むべき特性だった。


 しかし、

「一番の問題は、翼が現れている間、彼らが非常に攻撃的な人格になることです。理性が失われていると言ってもいい。極度の興奮状態の時や、ストレスがかかった時に翼が発現するのは間違いありません。このことが攻撃的性格を引き出す一因ではないかと推測されます。発現時間は5分から10分程度。とはいえ、対峙した相手が頸椎損傷や足の切断に至ったケースもありました。翼が現れる場面に遭遇したら、まずは彼らから離れてください」

 調査チームがそう勧告を出したのは、マイケルの翼が確認されてから、ちょうど一年後のことだった。


 翼を発現した人間がスーパーで大暴れし、店内をめちゃくちゃにする様子や、バーで居合わせた客を軽々と投げ飛ばす姿がネットで広まったのもこの頃。

 ウィンガーは、決してメルヘンチックな存在ではなかったし、もてはやされるヒーローにもならなかった。 


 それでも様々な医学的、精神的ケアやトレーニングにより理性を保ち、攻撃的な人格を抑える方法が確立されると、

「翼を持つことは人類の進化の過程である」という肯定的な意見を唱える人々が増えていく。

 各研究分野から様々なアプローチが行われ、翼の研究は進んでいくかに思われた。


 風向きが変わったのは、処遇に不満を持つウィンガー同士が結託して起こしたテロ事件からだ。

 300人以上の犠牲者を出したこの事件が発端となって、いくつかの国が自国のウィンガーを隔離し、人間兵器として養成しようとしていたことが表沙汰になった。


 ウィンガーを管理し、正確な数を把握することが必要だという意見から、まずは国際翼保有者登録機関(IROW:アイロウ)が設立された。


 ウィンガーは全て登録され、移動や生活に管理や制限が設けられる反面、国際的なルールに乗っ取って保護されることになったのだ。

 実際のところは、ウィンガー自身や人権保護団体からは抗議の声が上がったのだが、絶対的に数が少ない、その声はかき消された。


 人類の進化の一形態という、好意的な見解はやがて影を潜め、彼らに対する恐怖心と猜疑心だけがいつしか助長されていく。


 翼を得た瞬間、彼らは制約と制限に絡めとられた世界で生きることになる。

 だが、彼らを取り巻く世界は、様々な思惑を孕んで変化していた。

 そして、ウィンガーたちにも、彼ら自身も気付かぬうちに変化の波が押し寄せている…


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