短編 体育館に響く歓声と君の声


 6月下旬。

 我が高校は今熱気で包まれている。


 そして、我が2年2組は今、1番の団結力を見せている。


 そう。

 球技大会が開催されているのである。


 各クラスが個性豊かなクラスTシャツを身に纏い、クラスの誇りと威信をかけて全身全霊でぶつかり合う。

 このときだけは先輩後輩、学年など関係ない。真剣勝負だ。


 いや、そんな心持ちで全校生徒が取り組んでいるかはわからないけれど、決勝まで勝ち進むことができれば、出場選手は優勝目指して相手に喰らいつき、出場しないクラスメイトは選手の背中を押すために懸命に声援を送る。



 球技大会の競技は男子はサッカー・バスケットボール・バレーボール。

 女子はソフトボール・バスケットボール・バレーボールとなっている。


 また、自分が現在学校で所属している部活の競技には参加することができない。

 俺はサッカー部のため、サッカーに出場することはできない。

 ただし、中学校まではサッカー部だけど、高校ではサッカー部ではないという人はサッカーに出場することができる。


 基本的にはどの競技も素人がほとんどだが、経験者もそこに紛れている。


 勘の良い人はわかったと思う。

 これは本当に学年なんて関係ない。

 経験者がいるか、いないか。これが大きく勝負を左右するのだ。


 そして、我が2年2組は男子バスケットボールにおいて決勝まで勝ち進むことができた。


 2年2組が決勝まで進出することができたのは大きく3つの要因がある。

 ・経験者がいること。

 ・バレー部エースが驚異のジャンプ力でリバウンドを取りまくり、ゴール下を制圧していること。

 そして、3つ目。

 ・サッカー部でバスケ素人の俺のスリーポイントシュートが5本に1本くらいは入ること。


 **

凪瑠なるーー!!」

 部活帰り突然名前を呼ばれる。


 自転車から降り、振り返るとポニーテールとリュックを揺らしながらこちらに向かって走る影が見えた。


「お疲れ、翠華すいか。そんな走ってどうしたんだ?」

 翠華は俺に追いつくと手を両膝につけて上半身を上下に大きく動かし、酸素を体に取り込む。


「凪瑠……帰るの……早……すぎ……」

「いや、早いって部活終わったんだからそりゃ一刻も早く家に帰りたいでしょ。いや、待って。今日翠華と何か約束してたっけ?」

 何か約束していたなら翠華の言葉の筋は通る。


「ん? いや、してないけど」

「してないんかいっ!!」

「あはは! めっちゃツッコんでくれるじゃん」


 翠華は満面の笑みを浮かべる。翠華の笑顔を見てると不思議とこっちまで明るい気持ちになる。


「もう1回聞くけどどうしたんだよ」

 翠華の息が整ったのを確認して、歩幅を合わせて歩く。


「今日の6時間目にさ体育あったじゃん。男子バスケやってて、いいなーって思って合間合間男子のほう見てたんだよ」

 翠華は女バスに所属している。

 確か女子は体育はバレーやってたっけ。


「そしたらたまたま私が見てた時に凪瑠がスリー決めててさ、すげーって素直に関心しちゃった。バスケやったことないんだよね?」

「俺は小学校の頃からサッカー一筋だからさ、これまでも体育の時間でしかバスケはやったことない」

「なるほどねー。これはいけるな」

 翠華は俺の言葉を受け、何やら策を練るような顔を見せる。

「え、何? 恐いんだけど……」

 俺は何か嫌な予感を感じ取った。


「よし決めた! 今日から球技大会までの2週間特訓よ」

「ん? んんん? 翠華さん何言ってんの?」

「いや、何言ってるも何もそのまんまだけど」

 翠華はさも当然かのように言い放った。


「よーしそうと決まればこのまま私の家に行こう! ゴールもボールもあるし練習するにはうってつけだからね!」

 翠華はそう言うとリュックの肩紐を持って走り出した。


「あっ、ちょっ! 待ってって!」

 俺は急いで自転車にまたがり、翠華の後を追いかけた。


 **

「それじゃあとりあえずスリーポイントラインからどんどん打ってみて、どこが打ちやすいかを見つけよう」


 こうなったらもう何を言っても翠華は聞く耳を持ってくれない。

 おとなしく従うのが吉。


「ほらほら構えて構えて」

「分かってるって」

 翠華はチェストパスで俺の構えた両手めがけてボールを放る。


 バシッと気持ちの良い音。やっぱりバスケをちゃんとやっている人のパスって素人のそれとは全然違う。


 正しいフォームとかは知らない。バスケ部や画面で見たNBA選手のフォームを頭に思い浮かべて見様見真似でゴールめがけてボールを放つ。


 感触としては良い感じだ。

 サッカーのキックと同じで力んではいけない。体を柔らかく使い、全身で力を伝える。


 ボールは惜しくもリングに弾かれてしまった。


 翠華は外れること、そしてボールが弾かれる場所がわかっていたかのようなスピードでボールの落下地点にいた。


「おぉーいいねいいね! よしどんどんいこー!」


 **

「はぁはぁ……」


 かれこれ10回以上は打っただろうか

 部活の後ということもあって、スリーポイントラインを1周したところで大の字で倒れこむ。


 翠華は俺の顔付近にしゃがみ込み、顔を覗いてくる。

「お疲れー。ほいポカリ」

 そのまま冷え冷えのポカリを俺の火照った頬にくっつける。

「冷たっっ。……さんきゅー」

 俺は起き上がり、ポカリを手にする。

 キャップが開いている。

 気の利くやつだな。


「気が利くでしょ?」

「自分で言っちゃったら台無しだよ」

 あははと豪快に笑う。


「てかなんで俺は部活終わりにバスケをやっているんだよ」

「10本以上打ってから聞くのね……」

「あぁなったら翠華は聞く耳持たないだろ……」

「よくわかってんじゃん!」

 翠華はパッチンと指を鳴らしてウインクをする。


「褒めてないぞ」

「あはは! なんでってそりゃあ2週間後の球技大会で2年2組が優勝するためだよ」


「あー球技大会ね。そういえばあったな」

「この前クラTのデザイン決めたでしょっ!」

 翠華は言い終わるのと同時に見事なスリーポイントシュートを決めた。

「お見事」

「どうもどうも」


 どうしてデザイン決めるだけで男子と女子はあんなに険悪なムードになるんだろうか。

 翠華がボールを取りに行き、戻ってきたタイミングで俺は問う。


「今日の体育見てたらわかるだろうけど、別に俺が頑張らなくても、経験者の天多てんたとバレー部エースのりょうがいるから何とかなると思うけど」

「それはそうだけど、戦力は多いほうがいいでしょ?」

「単純だなー……」

「単純って言わないでっ」


 翠華はリスみたいに頬を膨らませる。


「てか、球技大会にここまで本気にならなくてもよくないか」

「いやいや、やるならやっぱり勝ちたいじゃん! でも、女子は厳しそうだし、優勝できそうなのは男子のバスケなんだもん!」


 どうせやるなら勝ちたいのはわかる。俺だってスポーツをやっている身だから負けず嫌いだし。


「あまり気乗りしてない感じだねー」

 翠華は俺の顔を覗く。

「気乗りしていないっていうか、うーん。なんていうんだろうな」


「よし! じゃあ凪瑠がさらにやる気になるよう私がとっておきの約束をしてあげるよう!」


「決勝でスリー決めたら学食1回奢り券!」

「1回かー」

 ぐぐぐ……と眉間にしわを寄せる。

「購買商品券1000円分!」

「1000円かー」

「1000円もだよ!?」


「これはもう仕方ない」

 翠華はボールを拾い上げる。

「決勝でスリー決めたら私とデートできる権利を差しあげよう」

 そう言い放つと同時にパス。

 ボールは俺の手元に収まる。


「そういうのって俺から提示するものじゃないの?」

「いいからいいから! てか、デート行きたくないからってわざと外すなよー」


 わざと外す。か。

「そんなことするわけないけどな」

 俺は手元のボールを見つめて小さくつぶやく。


「なんか言った?」

「何もっ言ってっないっ!」

 返事をするようにシュートを放つ。

 今度はリングに嫌われてしまった。


「とりあえず学校終わりに10本は練習してみるよ」

「おぉーやる気になった! やっぱり私とデートしたいんだ」

「茶化すなって」


 俺は手元にあったボールを拾い、シュートを打つ。

 素人なりになんとなく感覚は掴めた。


「なんかバスケ部からアドバイスないの?」

 翠華は「うーん」と唸り、顎に手を当てる。


「ない! というかできないって言ったほうがいいかな。だって私女子だから両手打ちだし」


 あははっとのんきに笑っている。

「まぁとりあえず回数をこなして、慣れることが1番かな。安心して。素人のなかでは飛びぬけて上手いほうだから、それは保証する!」

「さいですかっ!」


 返事をするのと同時にボールを放る。

 ボールはシュパっという音を立てて、ゴールに吸い込まれていった。

「おぉーーーいい感じいい感じ」

 翠華はぱちぱちと拍手をする。

 綺麗に入ると気持ちいい。


 **


「まさか本当に決勝まで来ちゃうとはなー」

 体育館のステージ側が決勝の舞台。

 ステージ上には2年2組と決勝の相手3年4組のクラスメイトが集まっている。


 体育館をぐるりと見渡すとこの決勝戦を見届けるためにコートギリギリまで生徒が詰め寄せ、扉付近では人が入る勢いは止まることを知らない。


「緊張してんのっかっ!」

 バチン! っと背中に痛みが走る。

「いったっっ! 何すんだよ翠華」

「あはは! 私とのデートがかかっているからってそんな緊張しないでよー。あ、ハチマキ緩んでる」

「まじか。試合前に気付いてよかった」

 後頭部のちょうちょ結びをほどく。


「貸して。やったげる」

 翠華に青色のハチマキを預ける。

「ちょっとしゃがんで。あとこっち向かないでね」


 翠華の身長に合わせて膝を曲げる。

 青い布が視界に入る。

 汗で少し湿った感触が額に走る。


「デート」

 翠華がハチマキを結びながら耳元でつぶやく。

 喧騒のなかなのに翠華の声ははっきりと聞こえる。


「私はデート行きたいから、スリー決めてきてよ」

 ぎゅっと力強く結ばれ、頭に適度な締め付けを感じる。

「やっぱりデート行きたいのは翠華じゃんか」

「う、うるさいな……」


 約束だから翠華のほうは向かないでおく。

 ただこれだけは言わせてくれ。

「2人で出かけるくらいそんな約束なくてもいつだって行くよ。それに2週間も部活終わりに練習頑張るってことはどういうことか。翠華もわかるだろ」


 整列の合図のホイッスルが鳴る。

 お互いのクラスから選ばれた5人が向かい合う。


 ジャンプボール。バレー部エースの跳躍力なめんなよ。3戦3勝。今回も勝つに決まっている。ほらね。


 ボールは経験者の天多てんたのもとへ。

 もう話はつけている。

 試合終盤の劇的な逆転スリーとかは無理だ

 入る確率が高いのは体力があって、息が上がっていない序盤。

 既にこの決勝までの試合の疲労もある。

 決めるなら最初しかない。


 誰もサッカー部の素人がスリー狙うとは思ってないだろうな。

 俺はゴール下に入る動きをして素早くスリーポイントラインの外へバックすってぷで動き、ついているディフェンスをはがす。

 これはサッカーと同じ。


 天多もそれをわかっている。だから完璧なタイミングでパスがくる。

 ゴール下にはバレー部エースのりょう。万が一外しても絶対にリバウンド取ってくれる。


 バシッと気持ち良い音がする。初めて翠華からパスを受けたときと同じ感覚。


 ――それじゃあとりあえずスリーポイントラインからどんどん打ってみて、どこが打ちやすいかを見つけよう。


 右斜め45度。ここが1番打ちやすい。

 リングを視界にとらえる。

 ディフェンスが慌てて手を伸ばして近寄ってくる。

 もう遅いですよ。

 少しだけ膝を曲げ、下半身の力を上半身へ伝える。

 余計な力はいらない。

 俺がシュートフォームに入ったの見て、体育館に歓声が少しずつ起きる。


 俺の耳に入ってくるのはただ1人だけの声だ。


「凪瑠ーー!! 決めろーー!!」

 そんなに叫ばなくても聞こえてるって。


 床から足を離す。その少し後に手首のスナップでボールを放る。

 ボールはそのままリングへ吸い込まれる。


 シュッパ。

 リングにもボードにも触れずにネットを通り、床に跳ね返る。


 その瞬間――文字通り体育館が沸いた。

 素人がほとんどの球技大会でこんなにも綺麗にスリーが決まるなんて思ってもみなかっただろうから。


 俺の眼は無意識にステージを見ていた。

 ほとんどの人は跳ねて近くのクラスメイトと喜びを分かち合っている。

 ただ1人を除いて。


 ったく何本スリー打ったと思ってんだ。

 その笑顔は反則的に魅力的で可愛かった。

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