短編 青い付箋紙が君との距離

 高校2年生の夏休み。

 3日目。


 さぁ、私は何をしてるでしょうか?

 部活。

 うん、大体の高校生はそうでしょう。

 でも、違う。


 家にいる。

 うん、クーラーガンガンの部屋に籠るのは醍醐味。

 でも、違う。


 海。

 いやー夏の定番ですねー。

 実際海に行く高校生どれくらいいるんでしょうね?

 ちなみに一度も友達と行ったことありません。

 なので違います。


 皆さんわかっていませんね。

 正解は……

 教室です。


 高校2年生の夏休みなのになんて真面目な!

 と思われたそこのあなた。


 そう思ってくれたのは大変ありがたいのですが、教室にいるのは私だけではないんです。

 クラスメイトほぼ全員います。何人かさぼってるけど。


 自称進学校では自由参加という名の半強制的な夏期講習があるんですよ。

 それの今日は最終日の3日目。


 夏休みとは?

 だったら今日まで授業日にすればいいのと誰もが思っている不平不満を心に募らせる。


 教壇ではハンカチを片手に滴る汗を頻繁に拭いながら古典の授業をしている。

 先生たちも本当はやりたくないんだろうな。

 だからせめて真面目に受けたい。

 受けたいが。


 暑い。

 眠い。


 前回の窓の外からは蝉が自らの天命をこの世に刻むがごとく高らかに鳴いている。

 この音が風鈴の音だったら多少は涼むのだろうか。

 焼き石に水かな。


 太陽も真っ青な空に燦燦と顕在し、ジリジリと照らしている。

 雲の影に隠れることも期待できない。


 窓全開からお察しの通り、エアコンが設置されていない。

 公立高校なんてこんなもんだ。


 各クラスには業務用の扇風機が2台与えられる。

 教室の左下と右上が定位置。


 2台の扇風機で乗り切れってのが無茶な話だ。

 宮城の夏なめてるでしょ。

 東北地方でも夏は普通に真夏日がある。


 なんてことを頭の片隅で考えながらも黒板と手元のテキストを交互に見て、自分の解答に丸をつけていく。

 一通り丸付けが終わってから先生の解説が始まる。


 タタン

 ペンが落ちる音。


 俺のではないが、辺りを見渡すと座席の斜め前にそれはあった。

 手を伸ばし拾うとそれは見覚えのあるもので誰のものか瞬時にわかった。


「はい、落ちたよって――」

 隣の席に目を向けると机に体を預けている女子が目に入る。

 まさにこの暑さに溶けてしまっている。


 拾ったペンで肩をたたき、意識をこちらに向けさせる。

「ちょっとこれ、落ちたよ」

「ん、あ、ありがと」

 顔だけをこちらに向けて応える。

「さすがに露骨すぎない?」

「大丈夫大丈夫、竹畑たけはた先生に注意されたことないから」


 けだるげに応答したのは2か月前から隣の席の熱海日葵あたみひまり

 髪は二の腕付近まであるロングヘア―でさらさらとしていて、枝垂しだれている。

 基本的にいつも脱力しているため、こんな姿は見慣れている。

 けれどちょっと今日はいつも以上に力を抜いている。


「確かに日葵が注意されてるところ見たことないな」

「でしょ?」

「いくら注意されないからって俺は真面目に受けるよ」

 前を向き、再び解説に耳を傾ける。

「さっきまで外見て別のこと考えてくせにー」

「ぐぅ」

 俺の不平不満は日葵に見抜かれていた。


 再度気を取り直して、集中する。

 日葵は相も変わらず姿勢を正さない。

 ん?

 眼だけで日葵を追うと何か書いている。

 左手と頭で陰になってよく見えないが右手が確実に動いている。

 そして書き終わったのかこちらを振り返る。


 その右手には付箋が携えられていた。

 そこには。


 <暇>


 それだけ書かれている。

 本当にそれだけ。

 拍子抜けで口が開いたままになってしまった。


 またまた日葵は何かを書いている。

 さきほどと同じように付箋を俺に向けて見せる。


 <あつい>


 今度は何かまとまなことが……

 なんて思った俺が馬鹿だった。


 それからも

 <飽きた>

 <疲れた>

 <クーラー欲しい>

 などの心底どうでもいいことが書かれている付箋を見せられるだけ。


 だがこれは俺も悪い。

 今度こそはまとなことが書いているはずと無意味な期待を持って見てしまう。

 見てしまうから日葵もこの不毛なやり取りを続ける。


 そして、書かれたことに対してリアクションをしてしまう。

 これも大きな要因の1つだ。

 リアクションがあれば向こうも面白がって書く。


 無視すればいいって思うだろうけど、無視するのって難しい。

 謎の慈悲の心がそれを許さない。

 どこか同情してしまう。

 俺が見てやらないと……という謎の母性が邪魔をする。


 日葵は懲りるころなく、また付箋に文字を綴る。

 一度無視してみよう。

 さっき慈悲の心がどうとか言ってたけど、心を鬼にしようじゃないか。


 書き終わり俺に向けて付箋を見せる。

 しかし俺は一瞥もしない。

 竹畑先生に集中する。

 する。

 しているが。

 気になる……

 ここで右を向いてしまったら日葵の思う壺だ。

 こらえろ。

 こらえるんだ、俺。


 するとすっと日葵が付箋を下ろしたのが何となくわかった。

 そして間髪いれずに俺の二の腕あたりをペンでつついてきた。

「なんでこっち見ないの」

「だって講義中じゃん」

「真面目か」

「大真面目だよ」


 はぁと日葵は小さくため息をつく。

「いいもの見れたのになー」

「え?」

 いいもの……?

 さっきこっちに見せてた付箋に書かれてたのは重大なものだったのだろうか。


「見せてよ」

「だめです」

「なんで」

「期間限定」

「延長で」

「受け付けません」

 頑なに見せてくれない……

「ほら、前向かないと。大真面目くん?」

「……」

 そんなことを言う当人は変わらず机に身体を預けている。


「そんなに面倒くさいならさぼればいいのに」

 実際にさぼっているやつもちらほらいる。

 先生からのお咎めも特にない。


「なんで来てると思う?」

「授業受けるため」

 日葵の顔がぐしゃくしゃに歪む。

「だったらこんな姿勢取らないって……流石大真面目くん」

「真面目で悪かったな」

「ちなみにその答えもさっきの付箋に書いてたよ」

「まじかよ……」


 にひひひっと明るい笑顔を見せる。

 暑くて青い空が似合う。


 キーンコーンカーンコーン

 90分の授業、そして3日間の夏期講習も同時に終わる。

「さぁー帰ろー」

 日葵はほぼチャイムと同時に荷物をまとめ、席を立つ。


「ちょっ、この付箋は?」

 机の上には大量の付箋。

葉月はづき片付けよろしく~」

 それだけ残して教室を出る。

「日葵……」

 不満を垂れながらも片付ける人が他にいないから俺が回収する。


 さっきまで散々見せつけれてきた付箋。

 本当にくだらないことが書いてある。


「ん?」

 俺は他の付箋とは異なる色の付箋を見つける。


 <海行きたい 空いてる日教えて>

 青の付箋紙にそう書かれていた。

 そしてさらに細かい字で。

 <あ、2人でだから>


 友達と海に行く初めての夏だ。

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