短編 紅く染まる紅葉と君
「まだ帰ってきてないって本当ですか!?」
俺は今担任の先生の口から告げられた事実に思わず声を出してしまうほど驚いた。
「うん。本当よ。はぁ~もう集合時間から10分以上過ぎてるのに……」
腕時計をちらちらと何度も確認し、顔はすこし強張ってる。
焦りが体中から滲んでいる。
「
「いえ、電話をかけてもつながりません……」
俺たちは今修学旅行で京都の清水寺に来ている。
そこで集合時間を過ぎてもクラスメイトである
昨日も金閣寺でうちのクラスメイトが迷子になってたし、一体どうなってるんだよ……
それにバスだってまだ来てない。
渋滞に巻き込まれてしまったらしい。
俺たちのクラスだけ何かに呪われてる?
神隠しに遭ってるの?
まさか修学旅行前の考査でうちのクラスが他のクラスより平均点が全教科5点以上高かったことを恨んでる?
いや、平均点高いのは良いことだろ。
旅にトラブルはつきものとはよく言うけど、つきすぎじゃないですか?
「
1人で溜息をついていると背後から名前を呼ばれた。
急に呼ばれたもんだから身体が少し跳ねた。
この感じ、嫌な予感がする……
恐る恐るゆっくりと声がした方へ振り返る。
「なんですか……?」
5メートル先ほどでは先生が満面の笑みで俺を見ている。
大人の満面の笑みほど胡散臭いものはない。
俺は全てを悟った。
「わかりましたよ……探しに行けばいいんでしょ」
「さっすが哉斗!話が早くて助かるよー」
「あなたがいつもコキ使うからでしょ……」
聞こえないように超小声でつぶやく。
「なんか言ったー?」
「なんでもないです」
「宮城に帰ったらフィジカルトレーニング倍増かなー」
「聞こえてるじゃん……」
運動部には急所を刺される脅迫めいた言葉を受けて足を速めて探しに行く。
このクラス別研修では基本的に個人行動はあまり推奨されていない。
高校生と言っても土地勘のない場所を1人で歩かせるのは学校側としては憚られるのであろう。
それにしても坂めちゃくちゃきついって……
ここは一念坂だか二寧坂だか産寧坂という清水寺へ続く有名な参拝道だそうだ。
修学旅行なのに朝練があったのが原因で下半身全体が筋肉痛で覆われている。
脳が下半身の痛みに支配されそうなところをこらえながら、翠と同じ班のクラスメイトが言っていた情報を整理する。
一言で言ってしまえば他の班員がトイレに行ってたときに翠がいつの間にかいなくなったらしい。
ん?
トイレに行っていたときにいなくなった?
俺は一度立ち止まり、思い当たる節がないか酸欠の頭をフル稼働し、記憶の海を遡る。
なんか小学校の修学旅行でも同じようなことなかったか?
あの時はどこにいたんだっけ……
あーそうだった。
制服のパンツの左後ろポケットのなかにあるお守りを取り出し、身体へ鞭を打ちながら坂を上っていく。
**
「はぁはぁ……翠……見つけた……はぁはぁ」
「哉斗っ!?どうしてここに!?」
翠は俺が急に現れたことと俺が尋常じゃないくらい息を切らしていることに驚いている。
「それは……こっちの台詞……だって……」
翠は俺が言葉をうまく繋げていない姿を見かねて、近くのベンチへ誘導する。
「落ち着いた?」
「うん。てかこんなゆっくりしてる場合じゃないんだって……」
俺がどうして翠を探しにきたのかを説明していると手にしていたスマホが震える。
あーまた嫌な予感がする……
画面を見るのを渋っていると翠が画面を覗いてくる。
「哉斗が見ないなら私が見るよーなになに……」
<先にバスで移動しておくから翠と2人で電車で向かって頂戴ね>―13:43
俺たちがメッセージを開いた瞬間を見ていたかのように次のメッセージが送られてくる。
<これは哉斗と翠を心から信頼してるから、2人だから特別に私が許可したことだから。決して待つのが面倒とかそういうのではないから>―13:45
待つのが面倒だったのかあの人……
人使いだけ荒いんだから。
まぁこれで特別急がなくて済むか。
「哉斗、ごめん!」
翠が隣で頭を下げている。
自分が集合時間に遅れたこと、自分を探させてしまったことに対しての謝罪だろう。
「まぁ翠がこうして見つかったからあんま気にすんなって言いたいところだけど、もう時間に遅れないって約束するなら許す」
「……努力します……」
翠の言葉は自信のじの字もないほど頼りない。
「なんで勉強も運動も他人への気遣いができるのに時間にだけはルーズなんだよ……」
「それは私も知りたい……言い訳にしかならないけど何かに集中しちゃうと私本当に視野狭くなっちゃうから」
「てか、よく私の場所わかったね。同じ班の子もわからなかったのに」
当然の疑問だ。
「それはな……よいしょと」
後ろポケットから小さなお守りを取り出し、翠の顔の前に差し出す。
「これって……」
「覚えてる?小学校の修学旅行で秋田に行ったときに翠がくれたやつ」
翠は首を傾げ、目をぱちくりさせる。
ピンと来てないな……
「小学校の修学旅行で秋田の角館行ったのは覚えてる?」
「うん!それは覚えてるよ」
力強く首を縦に振る。
「そのときに班別研修で翠が班長、俺が副班長で同じ班だったんだよ」
「ふむふむ」
「それであれは誰だったっけ……確か
「あー段々思い出してきたよ。それで私だけいなくなったんだよね!」
目を細めて頷きながら記憶を照らし合わせているようだ。
少し楽しそうだ。
「いなくなったんだよね! じゃないんだよ。まじでびびったんだからな……」
「あはは。んで哉斗たちが私がお守り買ってたところをちょうど見つけたんだよねー! いやーその節は大変申し訳ございませんでした。」
だから俺が今も持っているこのお守りは5年前に翠が俺たちに買ってくれたお守りである。
「もしかしたら同じことしてるかもって思っただけ。まぁただの賭けだけどな」
「それでよくわかったし、それに今も持っててくれてるんだね。なんか照れくさいね」
翠は照れてるのを誤魔化すようにえへへーと笑みを浮かべる。
「それだけ思い出深いからなー。他にもいろいろ大変だったんだからな。翠が班長なのに俺が当日地図見ながら目的地まで先導したし、時間管理するしで班長みたいな役割こなしてたの覚えてる」
「小学生のときから哉斗は面倒見良かったよね。あ、あとさ哉斗あのとき外国人に急に話しかけられたよね」
「そんなことあったけ?」
「あったってば!ほら何だっけ……哉斗よく小学生の時サッカーのユニフォーム着てたでしょ?」
「あっ、あーあれか水色のアルゼンチン代表のユニフォームか!」
「そうそれ!後ろに背番号と名前入っててめちゃくちゃ目立ってたんだよね。なんであんなの着てたの?」
「あんなのとはなんだあんなのとは。あーゆうのが男子は好きなんだよ。確かにあれ着てたから話しかけられたのか」
「哉斗話しかけられて、Yes!って適当に繰り返してたらその外国人さんと写真撮ってってさーあのときの哉斗の何が起こってるかわからない顔めっちゃ面白かったなー。スマホ持ってたら確実に撮ってた」
「心底スマホが普及してなくてよかったよ」
こんな小学校の思い出話できる人は他にいるのだろうか。
俺と翠は小学校と高校が同じで中学校は違う。
だから余計小学校の思い出が色濃く脳裏に焼き付いてるのだろうか。
「今日の出来事も数年後にこうやって思い出して笑えたらいいね」
「自分で言ったら世話ないけどな。まぁ修学旅行でクラスメイト探して挙句の果てにはクラスに置いてかれるなんて経験そうそう忘れないな」
「よーし。じゃあ私がさらにこの出来事を忘れないように後押しをしてあげよう!」
そう言って翠はベンチから立ち上がり、俺の前に立つ。
そして、俺の前にあるものをちらつかせる。
「ほい、これ」
「これって地主神社のお守り?」
「そうそう!」
「まさかお守り買いに来てたのか……」
「その通り」
「まじかよ……」
賭けとは言ったけど、まさか当たるとは……
「てか、他のは?これだけ?」
翠の手には他のお守りは見当たらない。
「うん、これだけ!ちょっと早いけど誕生日おめでとう、哉斗!」
「え……?」
誕生日……?
確かに2日後の12月3日は俺の誕生日だ。
「ほら、修学旅行始まる前から俺の誕生日振替休日だから誰からも祝われないーって嘆いてたじゃん。だから可哀そうだなーと思ってさ」
たしかにそんなこと言ったな。
2日後は修学旅行の振替休日。
どうせなら修学旅行中に来てほしかったと思う。
でも、そんなこと覚えてるとは。
「これで絶対忘れないねっ!」
この笑顔を見せられたら俺は何も言えなくなってしまう。
頬が少しだけ紅葉のように色づいているのを感じる。
それは寒さのせいか、それとも……
「ほら、そろそろ駅行くよ」
「ええーあんま嬉しそうじゃなーい」
俺もベンチから立ち上がり、翠より少しだけ前に進んで振り返る。
「ありがとな。大切にする」
急なお礼だったからか翠は目を見開いている。
「うん!」
それはすぐさま後ろの紅葉に負けないほどの紅く暖かい笑顔に変わる。
お守りは恋愛成就のものであった。
ちなみに恋占いの石は一度で反対側の石にたどり着くことができた。
早いうちにご利益がありそうだ。
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