短編 青い視線に射抜かれ、冬が終わる

 

 今日は1年のなかで日本中、いや世界中?の男性がソワソワする日。


 キーンコーンカーンコーン。

 1時間目の授業の終わりを知らせるとともに10分間の休み時間を知らせるチャイム。


 教室は窓を閉め切っているため、暖房と二酸化炭素によって蒸し暑く息苦しい。

 頭痛がしてくる。


 窓際の生徒と廊下側の生徒が一斉に教室の窓という窓をあけ、新鮮な空気を取り込む。

 この瞬間が気持ちいい。

 女子にとっては地獄、まさに極寒のようだけど。


「はい、これ」

 1人の女子生徒がそんな寒さをもろともせず堂々とあるものを手渡してくれる。


「お、ありがと」

 手作り感満載の包装紙をあけるといくつかの市販のチョコレート菓子が入っていた。


 冬終ふゆはてなぎさ。黒髪ボブカットでその凍てつくような視線が特徴的で一部の男子から恐れられている(その視線が良いという少数派もいる)

 だが、渚は普通に優しい女の子である。少し言葉が直線的なだけ。


「一応聞いておくけど本命っすか?」

「中身見ればわかるでしょ」


 まぁうんこれは義理だ。

 いや、わかってたけどね。期待なんかしてないけどね。

 うん、本当に期待してないし。


「毎年このやり取りしてる」

「念のための確認だって」

「もらえるだけありがたいと思いなさい」

「思っておりますよ」


 男子はチョコをもらったときに澄ました顔してるやつ見たことあるでしょ?

 あれは心のなかで飛び跳ねるくらい喜んでるから。

 友だちに「え、もらったの!?」って言われるの待ちだから。

 皆さんよく覚えておきましょう。

 これ、テスト出ますよ。


「うん、めちゃくちゃ嬉しい。本当に。毎年ありがとね」

 だから俺は歓びをそのまま真っすぐ表現する。

 まず義理チョコもらえるのだってほんの一握りじゃないの?って正直思う


「お返し。いつものやつ期待してるから」

「任せなさい。本当に渚はあれ好きだよね」

「うん。だっておいしいからね」


 渚が期待しているお返しとは俺が作るチョコチップバナナマフィンのことである。

 お母さんが小さい頃よく作ってくれて俺も大好きだった。

 元々料理に興味があった俺はお母さんからレシピを中学生のときに教わり、時間があるときに作っているのである。


 渚とは中学1年の頃から仲良くなり、そこから毎年義理チョコをもらっている。

 そして、そのお返しとして俺は手作りのマフィンを渡している。


「今年も渚のためにがんばりましょうかね」

「何、他の女子からはもらってないの?」

「うん。渚からだけ」

「欲しいの?」

「そりゃあ頂けるなら欲しいし、嬉しいよ」

「ふーん」


 どこか意味ありげな顔をする。

 俺の答えだけを聞いて渚は席に戻ってしまった。


 不思議に思いながらも俺は席につき次の日本史の授業の準備をする。

 前回やった内容の復習を教科書とノートで行う。


 教科書をのぞきつつもチラリと斜め前の渚を見る。

 リュックのなかから世界史の教科書とノートを取り出す。

 俺と渚は選択教科が違う。

 そのため渚は次の時間別の教室で授業のため移動しなければならない。


 残り休み時間5分。

 そろそろ移動だろう。

 教室の換気もそろそろ終わる。

 暖房もつけっぱなしだが手がかじかむほどの凍てつく風に負けている。


 渚は立ち上がり、教室の後ろ側の扉へ向かう。


 そろそろ窓閉めようかな。

 俺も立ち上がり、窓を閉める。


爽哉そうや


 後ろから名前を呼ばれる。

 決して大きい声ではない。

 けれども聴覚に真っすぐに届く声。

 冷たいながらも芯は暖かい声の主は渚。

 振り向くと同時に何かが飛んできた。


「落としたら没収ね」

 美しい放物線を描いて俺のもとへ。

「まじかよ。おっとっとっと。ふぅ。セーフっていきなり投げるなよなーってこれ……」

 俺の手元にあったのは見慣れたチョコチップバナナマフィン。


「それ初めて作ったから食べて」

 手作りお菓子を女の子からもらうのは初めて。


「ちなみにこれはどっち……?」

「みればわかるでしょ?」


 それだけ残して渚は教室を後にした。


 まだ暖気は教室を満たしていない。

 なのに体中が暖かい。


 あの凍てつく視線に暖められたようだ。


 俺だけ一足早く冬が終わった。

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