短編 淡い想いは花開く~文化祭は準備と模擬店運営が楽しい~

 9月3日 土曜日


 空は雲一つない快晴できれいな青色。

 気温は31℃

 風が少しあるが、雲がないため常時日光が降り注ぎ、俺たちを照らし焼く。


 こんな天気の良い日に俺はどこにいるのかというと暗闇にいる。

 だから陽光を浴びない。


 あ、勘違いしないでほしい。中二病じゃない。


 どうして暗闇のなかにいるのかというと。

 今日は文化祭の一般公開日。


 そしてクラスでド定番のお化け屋敷を運営しているからだ。


 光が入るところをカーテンと新聞紙で徹底的に覆い、一寸の光も許さない。


 しかし、光が若干入るときがある。

 それはお客さんが入場するとき。


 今回のお化け屋敷は隣の2年1組との合同出店。

 1組の教室の奥の扉からスタートし、教室内を闊歩しベランダを目指す。

 各クラスベランダはつながっているため、そこが1組と2組を繋ぐ橋。

 1組の教室を脱出できたらベランダを通り、2組の教室へ。

 そしてベランダの出入り口から対角線上のでゴールを目指す。という流れになっている。


 2組のベランダから向かって正面には掃除用具ロッカーがある。

 ロッカー内にはこのお化け屋敷を抜け出すためのヒントが隠されている。


 そのロッカーをお客さんが直接開けるのではなんとも面白くない。

 そこで俺の出番。


 ベランダにいるクラスメイトとコンタクトを取り、お客さんがロッカーに近づいたのを見計らってあらかじめつなげておいた紐をひく。


 ぎぎぎぎと奇妙な音を立ててゆっくりロッカーが勝手に開くという算段だ。


 これに声をあげて驚く人もいれば仕組みが分かっているがごとく笑い出す人もいる。

 どんなリアクションも仕掛けている側からすると嬉しいものだ。


 回数を重ねていくごとにひもの引き方やタイミングを色々試し、どれが最適かさぐる。

 どんなことでも向上心を持って取り組む。これは俺の1つのポリシーである。


 それにしても暑い……

 額の汗を拭う。


 クラスTシャツに学校ジャージの短パンという格好だが、教室内はベランダにつながる扉とゴールの廊下につながる扉以外閉め切っている。

それにその2つもお客さんが出入りするとき以外は教室内の暗闇を保つために閉めている。


 とおもったら出口の扉が開いた。

 お客さんが出た合図は……出てないな。じゃあどうして?

 シフトのチェンジまでもまだ時間がある。


 疑問はあるが仕事に集中しようとした。

 そう、しようとした。


 ムワっと横を大気が通り過ぎるのを感じる。

 やけに良いにおいがする。

 爽やかなシトラスの香り。


 ん?


 バッと横を見ると。

 えへへと笑いながらピースをしているクラスメイト女友達がいるじゃないか

「来ちゃった♪てへぺろ」と表情で語りかけてくる。


「なん―――」

「しぃぃぃぃーー」

 と慌てて俺の口を左手で塞ぎ、右手は人差し指を立てて鼻と唇にあてている。


「そんな大きい声出したらお客さんにばれちゃうでしょ」

 極めて声量を落として俺にしか聞こえないように話す。


 俺も合わせて声量を落とす。

「なんでかえでがいるんだよ。まだシフトの時間じゃないよね?」

「いやー気になってたところ回ってきたし、暇だから来たのよ」


 突如俺の横に現れたクラスTシャツの袖をまくり、短パンの裾もまくっているこの女子は大梅楓おおうめかえで。ほんのり栗色の髪は肩に少し触れるくらいの長さであり、右耳にのみ髪をかけている。楓はいつもシトラスの香りのする制汗剤をつけている。匂いの正体は楓であった。

 1年生2年生と同じクラス。最近よく話す女子の1人である。


「暇だからって……」

「まぁまぁそんな堅いこと言いなさんなって。ほら!お客さんきたよ」

 色々聞きたいことはあるがお客さんが来たため仕事をする。


 そっと紐を引く―――


「ふぅ~~~」


 耳に生暖かい呼気が吹きかかる。

「ふゅいっ」


 全身に波のように快感が伝わり、変な声がでてしまった。

 紐も離してしまい、ロッカーの戸が机に当たり、ガンっと音を立てる。

「「「きゃっ」」」


 制服姿の女子生徒はどこから聞こえたかわからない奇声とロッカーが勢いよく開き、机に強烈に接触し、爆音を轟かせたことに驚き膝もちをついてしまった。


 これは非常にまずい。


 このお化け屋敷はルートを机と椅子によって確保し、仕掛ける側はその下や新聞紙や布の陰に巧みに隠れ、タイミングをみて仕掛ける仕組みになっている。

 俺と楓は机の下に潜んでいるのである。


 俺の目線は極めて低い。

 女子生徒が制服で尻もちをついた。


 導き出されることは1つ。


 見えてしまう。

 健全な男子高校生がこの状況。

 見てしまうものなのである。


 抗えるだろうか、いや抗えない。

 つい先週習った古典で学習した反語もばっちり。


 心のなかで合掌し、目を見開く。


 がその瞬間。

 俺の目の前が真っ暗になった。

 手持ちのポケ〇ンがすべて瀕死になったときのように。


 なぜだ……俺の目は暗闇に慣れたというのに。

「何見ようとしてんのよ」

 俺の目の前をふさいでいるのは楓であった。


修平しゅうへいのスケベ」

「これは不可抗力。男子高校生は抗えないのである」

「意味わからないんだけど……」


「というより楓が耳に息吹きかけてきたんでしょ」

「それは魔が差しちゃった。だから許して♪」

 顔の前で手を合わせ懇願する。


「あとで何かおごれよ」

 はーいとまぬけな返事が返ってくる。


 さっきの女子生徒たちは立ち上がり先に進む。


 それにしても楓との距離が近い。

 それに暗いから妙にドキドキする。

 こういうのっていわゆる吊り橋効果ってやつで男女ペアで来たお客さんが感じるものなんじゃないの?

 どうして驚かす側が感じちゃってるのよ……


 まぁ実際かわいいし、いい匂いするからこんな状況で意識しないほうがおかしいか

 それになんか最近俺に対して思わせぶりな気がする。

 これはイタイ勘違いなのだろうか……


 ダメだ。1度切り替えよう。


「もう1回聞くけどさ、なんでここ来たんだよ」

「なんでだと思う?」

「質問を質問で返さないでくれ……」


 いや、待てよ……

 友だちに聞いたことがある。

 女子が質問を質問で返すときは気持ちを察してほしいからと。


「うーーーーん。わからん」

 ダメです。考えてもわかりません。ギブです。


「はぁーー。そんなんだから彼女いないんだよ……」

 ぐうの音も出ない……


「この前約束したじゃん」

「え?」

「2週間前!」

 2週間前……

 俺は頭のなかの記憶を漁り、探す。

 と引っかかるものがあった。


「あ、あれか!文化祭一緒に回ろうってやつ……?」

 楓は顔を反らしながらこくんと小さく頷く。


「ほ、ほら私たちシフトすれ違いじゃん。だから一緒に回れないでしょ。だったら一緒に仕事できたらいいなーって。グループチャットで予想以上にお客さん来てるから人手不足だって言ってたしさ」

 わたわたと身振り手振りをしながら早口でまくしたてる。


「ごめんな。約束忘れてて」


 準備に熱中するあまり忘れてた。

 元々こういうのは遊び側に回るより運営側をしているほうが楽しいし、性に合ってる。

 だからすっかり頭から抜けてた。

「んじゃあさ、あと1時間一緒に驚かそうぜ」


 聞こえるかどうかわからない声でうんと返事をしてくれる。


「楓。顔、赤いぞ」

「そんなのこんな暗いんだからわかりっこないじゃん」

「あいにく俺はもう2時間ここにいるから目が慣れたんだよ」


 すると楓が俺の頬を両手で抑えて、顔を近づけてくる。

「にゃ、にゃに……?」

 ち、近いし、良い香りが。

 ん?でも何かいつもと違う気がする……


「修平も顔、赤いよ」

「そりゃこんな顔近づけられたら仕方ないだろ……」


 俺は率直に気づいたことをつぶやく。


「もしかしてシャンプーか何か変えた?」

「へ?」

「え、いやいつもと違う匂いがした気がして……」

「嫌い?」

「え、いや、良いと思う」

「そ、そっか」

「てか、シャンプー変えたことに気づいたの修平だけなんですけど。何~そんなに私のこと好きなのか~?」

「うん。好きかも」

「へ?」

「いや、だから好きだって」

「シャンプーが……?」

「いや、違うけど」

「そ、そっか」



 おばけ屋敷での吊り橋効果はあながち間違いじゃないかもしれない。

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