2話 始まる

 「良かったのか、本当に」


 とある農村の村長は、隣の男に声をかける。だが、その声はどうでも良さそうな声色であった。あの少年に、特筆な才は見られなかった。だから、興味がない。取られてもいい。囲うの価値は、ない。代わりならいる。そう、判断した。隣の男が、育てあげようとしたから、確認を取っただけ。だが、隣の男は―


「良くないよ、全く」


 不機嫌な顔を晒していた。それを見て、村長は驚きを隠せない。


「固執する理由が分からない、そこらに転がる農奴だったではないか」

 

 その言葉を聞いて、農民は鼻で笑う。


「おかしいんだい、何が」


「彼を唯の農奴に見ていのかい?程度が知れるね。―全く」


「なに?」


 村長には、何も見れていなかった。だが―


「あいつは、この村の子供を見てなんて言ったと思う?」


「さぼるなよ、とかだろ?」  

   

「違うさ、なんで学校に通わせてあげないんだと嘆いていたよ」 


「は?」

 

 意味が分からない。そもそも、


「どこで、学校を知ったのかね。此処に、産まれ落ちた筈なのに」


 学園は、存在する。けれど、農奴にとってその考えは、異端である。そもそも、おかしい。


 学園とは、何か?


 それは、上に立つ者を育てる機関である。この世界では、特別なものである。本当なら、知る必要がない。知られる筈がない

 

 だが、少年は知っていた


 (まさか)


 村長は、ここで気づいた。彼を、手放した理由に気がついてしまった



「うん。いくら彼が改革者の知恵を、資格を、持とうと、力が足りない。盾が、必要なわけ。そこで、彼女は、現れた。僕は、取った。運命というものを」


 農民は、自分の手を見つめる。そこには、無数の傷跡があった。そして、思い出す。遠い昔、かつては、正義を信じ疑わなかった己を。自分自身を。


 ―そして、そのしこりはすぐに消え失せる


「ありがとう」


 農民は、人知れずに感謝する



 ◯


 少年と少女は馬車に揺れる。少年は、彼女をずっと見つめる。


 なぜ彼女の手を取ったのか?


 なぜ彼女は自分を従者にしたのか?


 だが、それ以上に、少年は、ある言葉が頭から離れなかった。


 そして、口火を切る


「君は、魔王を倒す気でいるの?」


 魔王の存在は、少年の耳によく届いていた。この世界は、魔族と人族が争っている。そして、その争いの元凶が、魔王ということも。よく、農村の人たちが兵に駆り出されていたことから、その存在を認知していた


「ん、ああ。てか、俺以外いないしな」


「何が」

 

「倒せる奴がだよ」

 

 意味が分からない。少年は、目前の少女をじろりと見る。自分と同じぐらいの体躯である。だが、その瞳に、気圧される。


「まずは、どっかの学園で経験を積むぜ。この身体に、慣らさんとな」


「冒険者ギルドじゃないんだ」


「あそこは、効率が悪ィ。学園の方が、整っているからな」


「整ってる?」


「学園ってのは、入学金やらで金が必要だろ。貴族とかが、学ぶから、ちゃんと強くなる環境があるんだよ。あと、商会の子弟とかな」


(ああ、なるほど)


 少年は、ファンタジー小説のおなじみの設定を思い出す。恐らく、冒険者ギルドは、誰でも来るものは、阻まない。そういうことだろう


「でも、金ないですよ」


「それは、冒険者ギルドを『使う』」

 

 馬車は、進んでいく


 ◯


 2人は、都市の前に着いた。入学試験の前ということもあり、活気に満ち溢れていた


「そういえば、なんで知ってるんですか?―試験の日」

 

「秘密だ」


 (ネットはないし、どうやって情報を手に入れたんだろ)


 身分の高い者ならば、分かる。彼らは、それだけの情報網を持っている。だが、流民の彼女が試験の日を把握している。それが分からなかった


 少年は、門を潜る子供たちに視線を向ける。それを見て、顔を歪める


 それは、


(身分というものは、ここまで残酷なのか)


 整った服装に、それに従う強靭な兵。その光景は、この世界にある身分制度の底の深さを示す


「本当に、身分ってのは糞だな。あの布で幾つの命を救えるのやら。まぁ、顔に出すなよ。カッコ悪ィ」


「ごめん」 


 2人は、門を潜る



 ◯


 試験の日になった。金は、冒険者ギルドの薬草収集の報酬で手に入れた。なぜか知らないが彼女は、薬草を見分けることに慣れていた。少年は、この少女が何者なのかと思うが、聞かないでいた。どっちみち、彼女は言う気がないと分かっている。―そして、試験の日が訪れる。


 名は、―ラセント  


 余談だが、この都市は幾つもの学園が密集しており此処が一番受かりやすいらしい


「よーし、集まったね。じゃ、説明するよ。受験者の皆様ァ」


 試験は、試験監督との1対1の模擬戦か、筆記を受けるか選べるらしい。当然、貧しい生まれの彼は、学を持たない。消去法で、模擬戦を選ぶ。―そして、少女もそれに続いた


「なんか、めっちゃ、みんなやる気ない」


「ま、ここは、全入出しな、確かだけど。いわゆる、定員割れというやつだ」


「良かった」


「まぁ、レベルは知れるな」


 試験官は、受験者を綺麗に捌いていてく。少女は、興味のなさそうに視線を外し、少年は、試験監の技に目を奪われる。


(すげェ)

 

 見惚れていると、少女の隣に自分と同じ歳ぐらいの少年がいつの間にかに立っていた


「へぇ、お前。―いいじゃねぇの。俺の女になるのか?んんっ?」


(何、この人)


 いきなり告白とは、大胆なものである。少年からすれば、考えられない。どれだけ自信を持っている愚かものなのだろう。―だが、その考えは、顔を見ることによって消え失せた。


 一言で言えば、イケメンである。後ろには、従者がぞろぞろと控えている。受験者にも従者を下に歩かせる者もいたが、―この少年は雰囲気の格が違った。

 少年は、少女の顔をみる。そして、あることに今更ながら気がついた


(すごい美人だな、おい)


 全く、気がつかなかった



 ◯

 

 (期待できんね、今年も)

 

 試験監督―ラリっタは、受験者を転がす。すると、受験者は畏怖を込めた視線を向ける。その視線を浴びると、ラリッタは、何度か分からないため息を漏らした

 

(実力はどうでもいい、後からつければいい。けど、心はどうにもならない)


 さらに、受験者を転がす。だが、その受験者も怯えを隠そうとしない。頭を下げると、定位置に戻ってゆく。

 

 この世界には、学園がある。そして、上位校と下位校に分けられる。倍率が競われる学園と定員割れを起こす此処は、受験者の力も知恵も違う。だが、最大の違いは、どちらでもない。それは―


(目指す道がないんだ、見えないんだ、この子たちは)

 

 示される道がない。ゆえに、貪欲にならない。諦めている。それによって、上位校の生徒とは差が広がる。彼らは、才能があり、その道を走り続ける。

 此処にくる者たちは、スタート地点にすら立っていないのに。


 ラリっタは、ため息を零す。否、溢そうとした


(へぇ)


 ラッリタは、構えを正す。目前の少年は、手を抜いて良い相手ではない。―そう、判断した


 ◯


 ありがと、告白。嬉しい、まじ。

 でも、ごめん。私は、勇者になる。―だから、ごめん


 ◯


 僕は、農奴だ。これからも、そうだと思う。変わらない。前の人生と同じようにモブ以下の人生を送る。飲み込んでいる。前世と同じような人生を歩むのだと、諦めているだった筈だ‥‥


 視線には、さっき僕を連れ出した少女に振られた少年がいる。―そこには、監督と互角に戦いを繰り広げる姿があった


 ―すごい。そんな感情が浮かんできた。それは、良かった。問題は、もう一つの感情であった。


 ―羨ましい。あんな風になりたい。そんなことを思ってしまった。でも、なれない。彼は、僕と違って選ばれた側の人間だ。


 この感情を何処にぶつければいいのか?


 僕が、そんなことを思っていると、


「何者や、あいつ」


 僕の気持ちを代弁してくれる人がいた。


「家から近かったとか?」


「ありえんわ。このレベルなら、他校が嫌でも引っ張る。ま、触れん方がええわな」


「そうですか」


「そうや、僕の予感は当たるんや。てか、誰や、お前」


 僕は、どう答えるべきか迷う。だが、僕の布切れを見て、表情を変える


「お前、農奴か」


「はい」


 すると、ぐいっとこちらに顔を向けてきた


「お前、どうやって金を集めたんや。見たところ、対した才能もさそうやし―」


 刹那、僕と少し離れた少女をじろりとみる


「お前、あいつとどんな関係や?」


「主従の関係にあります」


「お前、僕と話したこと忘れろや」


「へ?」


「特別な奴と絡んでも禄なこと起きん。軋みを生む。隣を歩いていいのは、同じ『特別』な奴だけや。―覚えとけ、心に刻んどけ」


 そう言うと、去る。そして、僕の口からこんな言葉が漏れた


「分かっているよ、そんなこと」





 

 




 

   


 






 






 








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