ミえすぎる

「右、ですかね。……これは、下?」

「はい、お疲れ様でした」


 店員さんに正解とも不正解とも言えない答えを返されて、僕は遮眼子を右目から外した。ほんの少しだけ視界が明瞭になる。


「やっぱり、眼鏡をかけた方がいいですね」


 検査結果を見ながら店員さんは僕に告げた。

 スマホの使いすぎが祟って、二十年近くの裸眼人生に終止符を打つ日が来てしまった。


「では、度数測定していきますね」


 店員さんはトライアルフレームを持ってきて僕にかけた。鼻の付け根にに初めての質量を感じる。

 またランドルト環の前に立って、さっきみたいに視力検査を受けさせられた。レンズをカシャカシャ付け替える度に、世界の鋭さが増していく感覚がした。


 二、三回程付け外しを繰り返したところでやっと8mmくらいの輪っかがわかるようになってきた。このまま度の強いレンズに変え続けたら視力1.0を超えられるのだろうか。時々2.0だと自慢している人を見かけるが、そういう人たちの世界はどうなっているのだろうか。


「どうですか? 見えるようになったら教えてください」

「あー……」


 僕は愛想笑いをして曖昧に返した。正直、これなら日常生活を問題なく送れると思う。しかし、さっきの疑問を晴らしてみたい。


「もう少し強くしてみたいです」


 ごめんなさいと心の中で謝りながら、僕は嘘を吐いた。

 店員さんが口を開いた。


「本当ですね?」


 店員さんの口調はやけに冷たかった。

 僕は腕をさすった。少し鳥肌が立っている。僕は間を置いてうなづいた。


「見えすぎると言うのも考えものですよ」


 そう言いながら、店員さんはさらに強い度のレンズをトライアルフレームに差し込んだ。

 さっきよりも数倍クリアに見えた。どんなに遠くのものでも正確に見られそうな気がする。


「すごいです!」


 僕は勢いよく店員さんの方を向いた。店員さんはこんな顔をしていたのか。ぼやけた視界では分からなかった目鼻立ちが、黒縁のラウンドフレームが、今ではハッキリとわかる。そして上の方に――


『早く帰ってくんねえかな……』


 フキダシが出ていた。


「度、合ってますか?」


 店員さんは柔らかい笑みを浮かべて首を傾げた。それとは裏腹にフキダシの縁がどんどん刺々しく変貌していく。


 僕は眼鏡を外した。プールで目を開けた時みたいな視界が、懐かしく感じた。

 僕は一個前の度のレンズが入った眼鏡を手に店を出た。

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