エモウイルス

 感情はウイルスだ。伝播し、感染者の内で増幅され、また吐き出され蔓延る。

主な感染経路は声による空気感染。インターネットの発達した現在、視覚による感染も広がっている。

 症状は様々。流涙、興奮、不快感等。時には人を死に至らしめる場合もある。


 かくいう私も、ウイルスに感染してしまった一人だ。

「Aさ、なんで人にあんな言えんだろうな。お前だってできてねえくせに」

 Bのその一言で、私はウイルス性A嫌悪症に罹患した。Aは少々仕切りたがりなところはあるが、私は特段嫌いではなかった。


 しかし、Bの一言が私の心にねばついた膿を作らせたことは明らかな事実であった。

 膿は私の眼球を、鼓膜を侵食し始めた。昨日会った時には毛ほども気にならなかったAの細かな違和感が、蛍光マーカーを引いたように目立って見える。Aが一言発する度にBの言葉が二つ三つとフラッシュバックする。

 確かに、そういうところあるよなぁ。楽しそうに唾を飛ばすAを見ながら、Bの言葉に共感を抱いた。


 このウイルスが体内から消え去ることはない。膿は残留し続け、意識しないようにと努める度に視界の端でぬらぬらと照り輝く。

 いつしか、私もAの愚痴を誰かにこぼすようになってしまっていることに気づいた。

 ああ、この、Aのことなんてなんとも思っていないような目の前の人も、きっとウイルスの被害者になってしまうのだろう。そしてその加害者は私だ。いや、私に加害したのはBなんだから、この人はBから被害を受けたと言ってもいいのではないか。Bというのはそうやって人に偏った考えを植え付ける嫌な奴なのではないか。


「ねえ、Bって愚痴っぽくて嫌じゃない?」

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