女神と男と金の斧
昔、あるところで正直な男が池のそばで木を切っていました。
その途中、手が滑って斧を池に落としてしまいました。
男は嘆きました。斧を紛失したなんてレンタル業者に言ったら、一体いくらの賠償を求められるのだろうか! と。
すると池からぼこ、ぼこぼこと泡が吹き出し始めました。
なんだなんだと男が池を覗き込むと、美しい女神が池のそこから出てきました。
夜の川辺のように艶やかに濡れた漆黒の髪、丘陵を連想させる嫋やかな肢体、静かに調和の取れた顔。男は一瞬のうちに目を奪われました。
女神はどこかから金の斧を出しました。
「貴方が落としたのは、この金の斧ですか?」
「貴方は正直な男が好きですか?」
女神と男はほぼ同時に尋ねました。しかし先に答えたのは女神の方でした。
「ええ、まあ」
女神はどうして今そんなことを聞くのだろうと首を傾げました。女神は相席屋なんて行ったことがないので、初対面の人に口説かれる経験が皆無でした。それに美人で近寄り難いと周りに思われていたため、学生時代でもあまり異性に話しかけられたことがなかったのでした。
「じゃあ、僕が落としたのは金の斧です」
正直な男が好きって言ったわよね。女神は九十度になるくらい首を傾げました。まあいいわ、女神はマニュアルに書いてあるセリフを口にしました。
「お前は嘘をつきました。正直で無い者に斧は返しません」
「えっ!」
男は素っ頓狂な声をあげました。そして至って真面目な顔をして言いました。
「僕は正直者です」
女神は困りました。上司に渡されたマニュアルから外れてしまったのです。本来ならばここで終わるはずなのに、男は食い下がってきたものですから女神を帰るに帰れない状況になってしまいました。
女神は必死の三百ページのマニュアルを頭の中で繰りました。しかし注釈部にも、よくあるQ&A集にも載っていません。万事休すです。
「ど、どこが正直なのです?」
女神は男に動揺を悟られないように取り繕いながら返しました。
「僕は金の斧が欲しいという気持ちに正直に動いたのです。なので僕は正直者なんです」
とてつもない屁理屈です。でも生まれてこの方嘘つきの言い訳を聞いたことがなかった女神はちょっとだけ男子言うことを信じてしまいました。こういうところで人生経験の深さが出るのです。
「ああでも、一番欲しいものへの気持ちには正直になれていません。なので僕はやっぱり嘘つきなのかもしれません」
「一番欲しいものって?」
仕事を忘れて女神は聞いてしまいました。男は真っ直ぐに女神を見つめて言い放ちました。
「貴方が欲しい」
女神は帰りました。
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