乱打夢 ランダム

 私は道を歩いている。

 友達のAも歩いている、私の隣で。

 どこへ向かっているのだろう。

 「なあ、A」

 Aは私を無視する。ずんずん歩いていく。Aの鼓膜を私の声が震わせられていないのかと思うほどに彼は私の事など意に介していないみたいだ。

 「なあってば」

 私はさっきよりも五割増しくらいの声量で呼びかけた。周りに人がいたらこんな声をあげて近くの男に呼びかけるなんて憚られるが、幸いにも誰もいなかった。というか、何もなかった。

 目を瞑らない限り一生私の視界の数十パーセントを占めてくる人工物の森が、今現在、私の眼中にいない。そればかりか空も木も大地さえもないのだ。真白い空間をAと私は二人きりで進んでいたことに今気づいた。

 「A、」

 なにかに気づく度、いや、何かを意識する度にそれらは消えてしまっている。初めからそんなものなどなかったかのように。私はそれに甚だ疑問を抱いた。

 このままではAまで消えてしまうのではないか。

 「おい、A!」

 こんなに呼んでいるのに彼女は一向に私に振り向いてはくれない。もう我慢できない。少し強引に私は彼女を私の方に向けさせた。

 「なに?」

 Bがいた。

 壊れかけのエアコンがカタカタ音を立てながら、埃臭い微冷風を吐き出していた。

 外は陽炎ができそうなほど暑くて、時折半分ほど開いた窓から風が僕の頬を撫でてくる。

 そうだ、今は夏休みの補習。この後Bと夏祭りへ行こうと言ったばかりじゃないか。

 「もう、急にそんな乱暴にされたら困っちゃうじゃん」

 「あ、ごめん」

 「ごめんだけ?」

 Bは小さなふぐのように頬を膨らませて、それからそんな自分に笑っていた。

 「君は私のことが好きなのかな?」

 そんなわけないか。とBは続けて授業を聞く姿勢に戻った。

 高校生の頃、確かに僕は彼女が好きだった。一つ結びの髪を揺らしている彼女を見ていると、冷凍保存していた甘酸っぱくてところどころ苦い気持ちが溶けだしてきた。

 久々に聞く終礼のチャイムは、遠かった。

 「じゃあ行こっか」

 彼女は僕に手を差し伸べた。暴力的な太陽光を反射する笑顔が眩しい。

 半袖のセーラー服の袖口から日に晒されていない三日月のような青白い腕が覗いていた。黒く変色した快活さの裏に見え隠れする思いがけない艶めかしさに、思わずどきりとした。

 「どうかした?」

 首をコテンと傾けて彼女は僕に尋ねた。

 「大丈夫だよ」

 僕は言葉に詰まらないように気をつけながら答えた。

 僕は彼女の手を握った。

 「熱ッ!」

 思わず手を払い除けた。そいつは手なんかじゃあなかった。

 熱で変色した鉄パイプ。私を舐め回さんとする灼熱の炎。ビルの一フロアのような空間。

 何度見回しても突破口は見当たらない。万事休すか。

 「う、うう……」

 誰かいる!? 声のした方へ目を凝らした。

 瓦礫の下に小さな子供がいる。考える前に身体が動いた。私は子供の側へ駆け寄った。

 「お姉ちゃん、助けて」

 子供は私に向かってしきりに叫んでくる。助けてと言われたって、子供の上に乗っている瓦礫は相当大きい。重さは私の体重をゆうに超えているだろう。

 私に持ち上げられるだろうか。そんな迷いは一瞬で吹き飛んだ。覚悟は直ぐに決まった。できるかできないかじゃない。やるんだ。

 私は両手を瓦礫にかけた。火事の中だ、当然この瓦礫だって皮膚が爛れそうなほど熱い。だがそれがどうした。この子はもっと苦しい思いをしているんだ。

 「ああぁ!!」

 火事場の馬鹿力というのは本当にあったのか、腕中の筋繊維がブチブチと引きちぎれるのと引き換えに、瓦礫をなんとかどかすことに成功した。

 「早く! 逃げて!」

 そこに子供はいなかった。

 「え、?」

 ジリリリ!!!

 

 夢、か。暑くもないのに汗をびっしょりかいているのがとてつもない夢だったことを物語っている。

 なんの夢だったっけ。そうだ、初恋の人にあったんだ。でもどうして汗なんか。きっと緊張でもしてたんだな。

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