WHEEL
すこしづつ、ちょっとづつ、列が前にすすんでいく。数十の人が同じ目的を持って、ひとつの生き物のように歩いていく。
うちの一人──鈴木ひさきは目の前の大車輪を見上げた。骨組みの向こうから日差しがカッとひさきの目を刺す。ひさきは目元をしかめつつも口元を緩ませた。
先週完成したN県一番のテーマパークにあるN県最大の観覧車、ホワイトウィール。コンセプトは『史上最大のディスタンス』。直径百メートルを超える巨大な車輪に、ゴンドラはたったの十基。回っている間、ゴンドラから他のゴンドラは一切見えない圧倒的プライベート空間を演出する。情報解禁当時から大きな話題を呼び、先行体験会のチケットは倍率五十倍を超えた。そのプラチナチケットをひさきはゲットしたのだ!
前を見ても後ろを見ても期待に胸をふくらませた人達で溢れかえっている。ひさきの前に立っているのは、あと、五人。
「お姉さん、今どんな気持ちですか?」
地方局のアナウンサーのマイクとともにテレビカメラがひさきの顔を捉えた。カメラマンが着ているジャンパーの背面には夕方にやっているローカルニュースのロゴが印字されている。
「最高です!」
ひさきは弾む調子で答えた。あと二人。
アナウンサーからの質問を答えているうちに、ついにひさきの順番がやってきた。
高揚感が一気に押し寄せ、ひさきの頬は真っ赤に燃え上がった。
時計回りの観覧車はゆっくりとこちらへ向かってきているように見えていたが、近づくにつれて速度を増した。
「はーい、どうぞー」
係員に呼びかけられ、ひさきは右足をゴンドラのステップにかけた。コカッ、と薄い金属板が鳴った。ひさきの手が震える。ひさきは左足をゴンドラのステップにかけた。
「ん?」
右足をかけて、左足を
慌ててゴンドラにかかっていた足を離したが、バランスを崩して、ちょうど歌舞伎の六方のような形で数歩持ちこたえたものの、倒れてしまった。
危ない危ない、もう少しでもっと大事故になるところだった。さて、とひさきは次に来るゴンドラを見据えようとした。しかし、そこにゴンドラは見当たらず、ひさきの目にはジェットコースターが滑り落ちていく様子だけが映った。
そう、ホワイトウィールのコンセプトは『史上最大のディスタンス』。十基しかゴンドラがないため、その分次が来るまでの時間が長くなっている。
ひさきはおそるおそる振り向いた。さっきまでにこやかに質問を投げかけてくれていたアナウンサーはひさきから目線を逸らして、どこか遠くを見つめていて、後ろに並んでいたカップルの顔は冷たく固まっている。
静まり返った観覧車乗り場にコウンコウンという車輪の回る音だけが響いた。
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