モノマネ芸人

 史上最高傑作と呼ばれるモノマネ芸人が二人同時にデビューした。


 彼らのモノマネは、常軌を逸していた。


 一人の芸人──内海のモノマネはもはやモノマネというより“複製”。映画の特殊メイクに匹敵するほど精巧なマスク、服から小道具に至るまで、モノマネをする人間のありとあらゆる外見的特徴を拾い尽くした『衣装』を一人で創り出す。それに加え、声帯模写によって一度芸を披露すれば本人と判別することはほぼ不可能ともいえるクオリティを誇った。

 その精度の高さから忍者の末裔説や某国のスパイなのではないかという憶測のスレッドがネットで立ち上がることもあった。

 もう一人のモノマネ芸人──津雲は“憑依”ともいえる芸だった。姿はそのまま、メイクで顔を変えたりもしない。ではどうやってモノマネをするのか、──その立ち振る舞いだ。手足の動き、関節の角度から目線の運びまで、筋肉から発せられるありとあらゆる情報をモノマネの対象とリンクさせるという超絶技巧を津雲は持ち合わせていた。

 見た目は上下緑のジャージ、起伏の少ないつるりとした顔。中肉中背の立ち姿。そんな特徴のない男、それが津雲という男だ。そしてその男は、芸を開始した途端、観客の眼前から消え去る。決してイリュージョンの類などでは無い。物体としての彼は存在する。だがしかし、一人の人間としての『津雲』という存在は芸をしている間のみ、この世の全てから消え失せてしまうのだ。


 内海、津雲の二人はほぼ同時にデビューした。

二人の人気は破竹の如き勢いで、日本にモノマネ旋風を巻き起こした。

 異なるアプローチでモノマネを極めた二人。最高の矛と盾。するとこの疑問があがるのも当然の道理だった。


『この二人、どちらがモノマネ芸人として優れているのか』


 その疑問を解き明かすべく、ある番組は二人に決戦の場を設けた。その内容は、『お互いのモノマネをして、どちらがより相手に似させることができるか』。今日、日本中の関心の目がこの二人に注がれていた。


 二人に与えられた期間は一ヶ月、二人は同じ部屋で暮らすことになった。テレビで出ている二人、つまりモノマネをしている時の二人は内海、津雲その人とは呼べなかったからだ。

 内海は津雲の服装、体型、顔の左右の差異に至るまでつぶさに観察し、ノートに書き込んだ。そうしてできたデータブックはモノマネされている本人ですら気づかないような細かな部分まで描写されていて、これを渡されれば誰でもどんな人物なのか写真のように思い浮かべられるだろう。

 新しい情報が津雲から出ると、内海はノートに書き込む。そうして対象のデータでノートが埋まっていくのが内海の何よりの興奮だった。

 一方、津雲はただひたすらに見ていた。内海の一挙手一投足を見逃さんとする視線は大型の猛禽類のように鋭かった。津雲はひとしきり観察を終えた後、見た動きを自らの身体で再現し反復した。繰り返し繰り返し訓練し、筋肉から骨の髄にまで内海の挙動を染み込ませる。そうして内海に段々と『成っていく』感覚を得ると、津雲は一人ほくそ笑むのだった。

 二人は食事中も風呂に入る時も情報を得続けた。朝起きてから夜寝るまでずっとずっと、彼らはお互いを見続けていた。傍から見れば異常な緊張感が、二人の住む部屋に立ち込めていた。


 異変が起きたのは企画が始まって十日が経った頃。津雲は内海に違和感を覚えた。この内海は自分の知っている内海じゃない、と。姿形はそっくりそのまま内海なのである。しかし、動きがどこかおかしいのだ。今まで見られなかった仕草がふとした瞬間現れる。これは俺の知っている内海ではない。

 津雲はすぐさま修正に入った。相手が変わってしまってしまえば、モノマネも変えなければならない。


 翌日、また相手が変わっていることに気がついた。

 何が起きている。直しても直しても次の日にはどこか違う部分が出てくる。今までとは一線を画す熱量でモノマネをしているだけにもたらされた困惑は大きかった。


 本番三日前、津雲は仕事でテレビ局に出掛けた。馴染みのスタッフに声をかけると、本当に津雲かと確認された。津雲が頷くと、ほっとした顔をされた。

 仕事が終わったあと、津雲は今日の自分の様子を見せて欲しいと頼んだ。カメラマンから見せられた映像に津雲はいなかった。物体としての彼は存在する。しかし、一人の人間としての『津雲』、津雲の知っている津雲は画面上のどこにもいなかった。これと同じ感覚を、その場にいる全ての人間が知っていた。これは、津雲がモノマネをしている時の感覚だ。画面のなかにはいるのは、まるで内海のような津雲だった。

 他の人をモノマネしている時はこんなこと起きていなかった。モノマネをしているうちにその人に成り切ってしまうだなんて。津雲の全身を恐ろしさを伴った、かつてない高揚感が稲妻のように貫いた。それはモノマネ芸人としての本性と人間としての理性との衝突だった。

 そして同時に理解した。内海に抱いていた違和感の正体を。あの内海は、俺だったんだ。急に世界のあらゆるものがぐんにゃりとひん曲がった感覚がした。つまり、俺は津雲に成り切った内海を、内海は内海に成り切った俺を真似している。また少し世界が歪んだ。それじゃあ、今俺がモノマネしようとインプットしているのは、俺? 歪みが止まらない。津雲の頭の中で内海と津雲がぐるぐるぐるぐる回り出した。初めは津雲が内海を、内海が津雲を。次は津雲が津雲に成り切った内海を、内海が内海に成り切った津雲を。また次は内海に成り切った津雲が内海に成り切った津雲になりきった内海を、津雲に成り切った内海が津雲に成り切った内海に成り切った津雲を。またまた次は津雲に成り切った内海に成り切った津雲が津雲に成り切った内海に成り切った津雲になりきった内海を、内海に成り切った津雲になりきった内海が・・・・・・・・・・・・。

 誰か教えてくれ。結局、俺は誰をモノマネしているんだ。

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