シナリオ

「はい、よーい!」


 朝陽がカチンコを開いた。場を緊張が支配する。音を立てたらその場で死ぬかと本気で思えるほどひりついた空気。

 朝陽は身震いをした。これだ。ドラマに求めているのはこんな刺激的な雰囲気だ。でも、朝陽の肌に触れるものはいつもより生ぬるい。

 朝陽は首をひねりながらもカチンコを鳴らした。


~・~・~


『負けない者に陽光は差す』 作:寺澤誠司

シーン13より抜粋


  〇大宮家・夕食


  兄・弟、向かい合って座っている


兄 「僕とお前は違う人間だ。だけど双子だろ? 一緒に助け合って、同じように生きてきたじゃないか」

弟 「確かに双子だ。俺と同じ時に産まれて、同じ時間を過ごして、同じものを経験してきた。じゃあどうして、澪はお前を選んだんだ。どうして、俺じゃねえんだよ!」

兄 「それは、」

弟 「俺とお前で何が違う!」

兄 「同じさ」


  弟、兄の言葉に反応して激昂

  弟、立ち上がって兄の胸ぐらを掴む


弟 「ああ同じさ。でもお前は成功作、俺は失敗作。じゃなきゃ筋が通らない。なんでお前だ。なんで俺じゃないんだ。なんで俺じゃだめだったんだ。澪のために俺はすべてを費やした。なのに選んだのはお前だよ。顔も背格好も同じなお前だ! 俺はなんのために努力したんだ。少なくとも哀れな笑いものになるためじゃなかった」


  弟、机からナイフを取り出す

  兄、うろたえる


兄 「おい、お前・・・!」

弟 「お前ら二人とも愛し合ってんなら、同じところに送ってやるよ」


  弟、ふらつきながらゆっくりと近づく


~・~・~


 誠司は修司に飛びかかり、馬乗りになってナイフを突き刺そうとした。修司はすんでのところを腕を掴んだが、同じ体格のはずなのに、ナイフはジリジリと司の喉笛へ近づいていった。


「カーット!」


 朝陽はカチンコを鳴らした。カメラは止まり、スタッフの間で緩んだ空気は流れた。

 朝陽は苛立った様子で二人に近づいた。


「もう誠司、ちゃんと台本に忠実にやりなさいよね。修司はいい感じだったよ。誠司はちょっとくらいお兄ちゃんを見習って。双子なんだから」


 誠司と修司は朝陽に一瞥もくれず睨み合ったままだ。朝陽以外のスタッフも場の異様な空気に気づき始めた。

 二人の息がどんどん荒くなる。拮抗した力を受け続けているナイフがガタガタ震える。

 二人とも、演技ではない。ここにいる皆が直感でそう思った。

 誠司の目付きがどんどん険しくなっていき、それに伴って、修司も余裕がなくなっていくのが、朝陽の目でも見て取れた。


「えっと、どうしたの」


 朝陽はそんなふたりを見て怪訝そうに言った。

 修司が叫んだ。「助けてくれ」と。しかしその叫びは音になる前に消え果てた。

 誠司の眼に輝きが生まれた。


 どすっ

 ぶしゅう


 誠司の頬は赤黒く染められた。修司は顔を歪ませ倒れた。二人の顔はまるで他人のように違っていた。

 時間の止まった世界で、朝陽の彼氏の血だけがどくどくと噴き出していた。

「朝陽、俺は修司と双子だ。けど修司とは違う。俺は勝者、つまり成功作なんだよ。もちろん、俺を選ぶよな? 澪みたいになるなよ」

 眼の輝きが一層強まった。

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