貴方の手を取って
恥ずかしい話なんですけど、私の好きなものはちょっと変わってるんです。
それは、手です。
『人の手』
いわゆる手フェチ、指フェチと呼ばれる人種なんです、私。
特に男性の手が好きなんです! 異性だから、ということもあるんですが、女性の柔らかい手より男性のゴツゴツした手の方が、こう、きゅぅんっとくるものがあるんです。
知ってますか。男性の手って少し角張ってるんです。まるでHBの鉛筆みたいな。そんな硬派な美しさ。女性の手は女性の手で丸っこくて素敵なんですけど、なんだかボールペンのようで、素っ気なく感じてしまうんですよね。
聞いてください! 最近私、好きな人ができたんです。その人とはいわゆるクラスメイトって関係です。どこが好きか、って? それはやっぱり……。手、ですね。
指は、スーッと長くて手の甲の長さと黄金比。関節と関節の間のくびれは絶妙でどこかエロティックさすら感じる曲線美。そして全体的に少し筋張っていて力強さも感じる。そんな手なんです。無駄な肉の少ない彼の手は、どこかに消えてしまいそうで、青い薔薇のようで。
一目惚れでした。もちろん、こんな気持ち悪いこと、本人には言えませんけど。いつか、手以外も好きになるんでしょうか。
ああ、好きな人が手を怪我してしまいました。事の発端は調理実習でした。
私はあの人が包丁で人参をサクサクと切っているのを眺めていました。ある時、彼の包丁がふと狂いました。その刹那、彼の左薬指からつぅー、と赤黒いものが流れていました。私は同じ班になっていたものですから急いで絆創膏を渡しました。
ありがとう、と彼は私にお礼を言って自分の左薬指に絆創膏をつけました。かなり深い所まで切ってしまったのでしょう、血が傷口から溢れて指先から、ぽつ、ぽつ、と滴ってっていました。その衝撃的な光景は私の網膜に強烈に焼き付いてしまいました。
その日の夜。私は自分の心臓がいつもよりうるさいことに気がつきました。
どうしてだろう。思い当たる節がありました。彼の手です。血です。あの、薬指が鮮血に濡れた姿です。それに心臓を高鳴らせていたんです。
それは、私が初めて覚えた、『興奮』『恍惚』と呼ばれるものでした。
それをそれとして認識した途端、私の脳みそに嵌っていたタガが外れました。脳みその桶から溢れ出した性癖はじわ、じわじわと視界をベリー色に染めていきました。
もっと見たい――。ダメだダメだ、好きな人が傷つくのを望むなんて最低だ。私は、この欲望に頑丈な南京錠をつけました。
あの、思考の漂白ってどこでなら承ってくれるのでしょうか。南京錠をつけたあと、水で流したつもりだったんです。だけど中途半端に落ちてピンク色になってしまいました。それがずーっと、チラつくんです。彼を、彼の手を見ると! どうしようもなく!!
あんなに好きだったのに。今でもこんなに好きなのに! 彼を見ると、心臓がぎゅうっとして、丹田の方がぞわぞわするんです。これが恋ですか? だとしたらこんなの捨てたい。
だけどあの恍惚を味わえなくなると思うと、すごく切ない。
なんなんでしょう、私。
私、決めました。告白するんです。この病を、この癖を。
彼をここへ呼び出しました。ドキドキします。
走ってきてくれました。よっぽど急いで来たのでしょう、膝に手をついてはぁはぁ息をしています。
今日も綺麗ないい手をしています。ミケランジェロの彫刻みたいな、情熱と静けさが共存しているかのように神秘的な手。でも許せない、その手の甲に乗っかっている汗の粒共が。そこに乗るべきは透明な貴方じゃない。
私は言いました。貴方が好きだと。貴方の手が好きだと。
彼は言いました。嬉しいと。僕も好きだと。
思わず泣き崩れてへたりこんでしまいました。それほどまでに、幸せでした。純愛が相手に届くというのはこんなにも素晴らしいことなのですね!
彼は私の心を読んだのでしょうか。彼は自ら私に手を差し伸べてくれました。私はありがとうと伝えました
そして私は彼の手を取りました。
手を邪魔な腕から取りました。手首からラズベリーがぽんっ、と飛びました。ラズベリーに塗れる手、彼の白くなっていく手を、私は軽く胸に抱きました。貴方の熱を1℃たりとも空気なんかに明け渡さないように。
やっぱり。貴方の手を取ってよかった。
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