暗い
暗い
暗い。目を瞑っている。目を開いた。目の前は暗がりだ。暗い。目を瞑っていた方が明るいのではと感ぜられるほどに暗い。
踏みつけている床は硬く、その場で足を滑らすとざりざりと言う音が聞こえた。コンクリートか。つまりこの場所は森や海の類ではない。
ならばトンネルだろうか。はたまた広い部屋? いや、もしかしたら案外狭いかもしれない。奥行もわからない視界ではそんなことを考えることは不毛だ。
手元を見る。見えない。そこに手があることすらよく分からない。
暗黒。今いる空間を表現するにはその二文字でも十二分に足りた。
暗黒を改めて認識した途端、身体中の毛が逆立った。ここが何なのか、どこなのか、無知ゆえの恐怖だった。
しゃがみこんで手を着いた。冷たい。そしてざらりとした手触り、やはりコンクリートのようだ。
立ち上がって、今度は腕を前に伸ばしながらまっすぐ歩いた。
少しして硬いものに手が当たった。まさぐるとそれは横へ、横へと続いているのがわかった。
壁伝いに右に歩いていった。何も見えちゃいないが遥か彼方にまで壁が続いているのを第六感で感じた。
歩いても歩いても果てがない。上り坂を登る時に感じる、脚がずしんと来る感じも、下り坂を下る時に感じる、勝手に前に進んでしまう感じも、何も無い。ただひたすらに平坦な道を進むのみであった。歩数も二千歩で数えるのをやめた。
風は吹いている。非常に微弱だが。その微かに動く空気の線を無意識になぞり、いつの間にか化物を描いていた。はっきりとした目などはない。ただの化物だった。生み出した揺らぎの化物は傍にぴたっと張り付き、歩いている隣をずっと進んでいた。
見えないものの中に見えるものはある。そんなありえない結論に達しようとしていた。
疲れを忘れていた。これが永遠なのだと錯覚するほどに永く歩いていたつもりだったが、一向に疲れる気配はなかった。身体は、もはや脳が命令するまでもなく意識の域を出た場所で、自らを前へ進ませていた。
これは暗いは『暗い』のか。暗いの概念がぼやけだした。今ではこの暗黒と化物に親しみすら感じている。
ちかり。光った。嫌だ。米粒より小さな光の煌めきに何よりの絶望を覚えた。暗黒への親しみは今や親しみを超え、安らぎ、情愛に変わっている。そんな場所から出ていくのだ。
段々と脚に溜まっていた疲れが神経をつつき出した。永遠に終わりが来てしまう。だが身体は止まることを許さない。
最初は米粒より小さかった光がどんどん大きくなっていく。一歩ごとに光が強さと熱を増す。揺らぎの化物は知らぬ間にどこかへ行ってしまった。
終わりだ。もう光が丸いアーチ状になっているのがわかる。足先が光と交錯した。
あの暗黒はなんだったのだろう。そう思っても知る由はない。振り向いてもあの暗闇は欠片も残っていない。化物も、どんな姿をしていたのか思い出せない。所詮、化物は空気の揺らぎだったのだから。
あの暗黒のことも忘れてしまうのだろうか。いや、暗黒にいた、ということ自体は忘れることは無い。
目を瞑る。目蓋の裏側に光が透けている。明るい。
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