『死ね』と言ったか言われたか、それが問題だ

 クラスの昼下がり。俺は友達の悪態に付き合っていた。

「あいつ絶対全校生徒に嫌われてるって。マジ死ねばいいのによ」

 さっき抜き打ちの持ち物検査に引っかかっただけなのに酷い言いようだな。

 正直人の悪口で盛り上がる風潮はそんなに好きじゃない。死ねとかそんなに軽々しく言っていいものなのだろうか。

「そんなことねえだろ、授業はちゃんとわかりやすいし。あの先生のクラスだけ前回のテストのクラス平均高かっただったろ」

 俺が先生のフォローをしても悪態は止まらなかった。

「はぁ? シンジはあいつの肩を持つのかよ。あいつと一緒に死ね!」

「さすがに酷くね? 友達に死ねはないだろ」

「いいもんだ。死ね死ねしーね」

「言ったな!」

「言ったぞ!」

「言いましたね」

 ん、誰だ? 知らない声が頭の上から降ってきた。俺と友達は一斉に上をむいた。

「『死ね』なんて、言うものじゃありませんよ。あーあ、悍ましい悍ましい」

 声の主は、浮いていた。そして苦い顔をしている。

 声の主の男はパンパンと手を二度叩いた。

「あなた方はどこまで善人なのでしょうか」

 ガコッ。俺たちは落ちた。


「うおおおああっ!!」

 何が起きた。何が起きている。いや、何が起きているかはわかっている。落ちているんだ。真っ逆さまに。

 恐怖を感じたのも束の間、今度は床に叩きつけられた。痛い。身体の色々なところがジンジン熱を持っている。

 やっと痛みが和らいできた。余裕の出た俺は顔をあげた。そして目を疑った。

 俺がいる床は浮いていて、その下で真っ赤な炎がゴォゴォと威嚇するように燃えていた。火の存在を認めた瞬間、どんどん暑くなってきた。

「どこだよ、ここ・・・・・・」

「えっ!?」

 俺がつぶやくと、後ろから声が聞こえた。

「え?」

 振り向くと、あの友達がいた。

「おいおい、シンジも落ちたのかよ」

「ああ。これなんだよ」

「わかんねえ。だけどここ、まるで地獄だ。それにみんないる」

 この発言でやっと気づいた。周りにクラス、いや学年全員が浮く床に乗っていた。

「ほんとになんだよ、これ・・・・」

 パンパン。また手の叩く音が聞こえた。今度はあの男がいない。

 ガコッ。落ちた。

 落ちた先はまた地獄のようだった。しかしさっきのが比べ物にならないほどに酷い有様だった。ガコッ。そしてまた落ちる。

 何度も何度も何度も落ちる。落ちている間に周りにいた生徒達が数人消えていった。

 何回落ちたかわからなくなった頃、またパンパンと音が鳴った。しかし俺は落ちなかった。俺と数人を残して他の人は今までと同じように落ちていった。あの友達も落ちていった。

 落ちなかった人は皆ぽかんとしている。どうして落ちなかったのか、と。

 またパンパンと手を叩く音が聞こえた。するとヴーンと音がして、今度は逆に上昇し始めた。

 一段階昇って気づいた。いなくなっていた人が数人いる。しかしまだ全員ではない。

 また上昇を始めた。落ちていった時と同様にまたどんどん上昇していく。そしてどんどん人が消えていき、最後には俺一人になっていた。

 何度上昇したかわからなくなった頃。俺は地上に出ていた。

 目の前には

 また何回上昇したか、いつしか地上に出ていた。

 辺りを見回すとクラスで見たことのあるやつとあの男がいた。

 クラスで見たことのあるやつが話しかけてきた。

「シンジ君、だよね」

 誰だったっけ。名前が思い出せない。

「あの、えっと。スドウ。まあほとんど話したこともなかったし覚えてないよね」

 そうかスドウか。いつも机から立たずに本ばかり読んでいるような奴だった気がする。

「顔は覚えてたんだけど名前がさ。ごめん」

「いやいや、大丈夫だよ。僕なんて覚えててもしょうがないし。そんなことより今は・・・・・・」

 そう言ってスドウは男を見た。

 男は俺達を見ると恭しく礼をした。

「おめでとうございます。そして巻き込んでしまい申し訳ございませんでした。本イベントは死ねと言ったか、言われたか、を集計するイベントでございました」

「ど、そういうことですか」

 スドウが遠慮気味に聞いた。

 男はああうっかりしていました、と頭をかき、こう続けた。

「まず、あなたがたに『死ね』と言った回数だけ深い地獄に落ちてもらいました。『死ね』ということは冗談であっても許されざる言動ですからね」

 男は自分の口からその言葉を発することすら汚らわしいという表情を隠すことなく言った。

「あのう、他の人たちは?」

 スドウがおずおずと尋ねると男は淡々と答えた。

「さあ。地獄で刑罰でも受けているんじゃないでしょうか」

 ということはさっきまで話していたあいつは今、あそこで・・・・・・。恐ろしい考えを俺はどこかへやるために少し気になっていたことを男に聞いた。

「なあ、俺たちはなんで上にあがったんだ?」

 男は打って変わってまるで動物に同情するかのような声色で俺たちに言った。

「それは救済措置です。あなた方には『死ね』と言われた回数だけ上へ上がっていただきました。言われた側の心の傷を考えたら救いの手を差し伸べずにはいられませんでしたので・・・・・・」

 そう言って男は涙ぐんだ。

 もし落ちる前にあいつが『死ね』と言ってくれなかったら。俺はいくつか下の地獄にいたんだ。そう思った瞬間ゾワッとした。不意に足元に大きな罅が入ったような、足元が今にも崩れそうなほど脆くなったかのような、そんな気がした。

 男は涙を拭い、俺たちを交互に見た。そしてスドウを見て止まった。

「あれ、そちらのあなたはあと一回残っているようですね」

「それだとどうなるんですか」

 スドウはおずおずと尋ねた。

 あと一回残っているということはあともう一回上に上がると言うことだろう。しかしここは地上だ。これ以上上がるところなんてどこになるんだ。

 男は腕を組んで答えた。

「さらに上の世界へ、つまりあなた方で言う天国と呼ばれる所へ行くことになるのですが……。生憎このままの身体では行くことができません」

「えっ?」

「というわけなので、失礼しますね」

 そう言うと、男はスドウに近づき、手でスドウの胸を貫いた。

「あ、」

 あっという間だった。男は真っ赤に濡れた手を抜いた。スドウの胸から赤色が散った。スドウは倒れた。

「ふぅ、これでよし」

 男はパンパンと手を叩いた。するとヴーンと音がしてスドウは床ごと上へと上がり、彼方へと消えた。

「これにて完全終了でございます。お疲れ様でした」

 男はもう一度、恭しく礼をした。

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