由井、コミニュケーションについて考える




 田原くんが動きをぴたりと止めた。紙風船を抱えたまま天使を見上げ、食いしばるような声を出す。

「由井先輩から伝言……?」

「ええ。私があなたの現状を彼女にお話しましたところ、彼女はあなたのことを大変心配されましてですね、『とりあえずこれは現実だから、気持ちを切り替えるようにって言っておいてくれる?』と仰って――「嘘つくなー!」

 天使の言葉を遮った田原くんは、再び紙風船を投げ始めた。

 天使は短い翼で羽ばたいて、攻撃をひょいひょい避ける。

「嘘じゃないですって! 落ち着いてください、落ち着いて――」

 そこでぷつんと映像が消えた。

 多分、悪魔がどこかへ行ってしまったので、通信が繋げられなくなってしまったのだろう。

 私は溜息をついて、スマホを机の上に戻した。

(あの様子だと、田原くんが現実を受け入れるのは相当難しそうね……)

 どの道死ぬようなことはないのだから、もうこのままそっとしておいてあげようか。いつかは諦めがつくだろうし。

 いや、それだとやっぱりかわいそう。田原くん話し相手がいなさそうだし。この世界では基本天使と悪魔しか話し相手がいないのに、自分で拒否しちゃってるから。

(それでストレスがたまってるのよね、きっと。あれだけ大規模な折り紙の町を作るのも、気を紛らわしたいからだろうし)

 とにかく天使に伝言を頼んでも、無理だと分かった。

 私が直に言ってあげないと、彼は、私の言葉だと信用する気にならないのだろう。

 とはいえ、だからといって直に話をするわけにはいかない。私には彼がいるところまで行く手段がないし。

 天使か悪魔が連れて行ってくれるならまた別だろうけど、悪魔はどうも信用出来ないし、天使は頼んでも最初からやってくれなさそうだし――死者同士は会わないでくれって、あれだけしつこく言ってくるんだもの。

(どうしたらいいのかしらねえ……電話出来たらいいんだけど、基本スマホは使えないしね……)

 私は考えた。随分考えた。

 そして次の手段を思いついた。

「あ。そうだわ。手紙を出したらいいんじゃないかしら。それなら顔を合わせるわけじゃないから、天使も協力してくれるかも」

 善は急げだ。とりあえずやってみよう。

 私は田原くんの机からノートを拝借した。何も書いていないまっさらの奴。それから鉛筆立てのボールペンを取り、手紙を書き始める。

『お久しぶりです。由井秋菜です。田原くん、元気ですか。私は元気です。』

 ……うーん。なんだかちょっと変かも、この書き出し。だってお互い死んじゃってるわけだしねえ。その状態で元気も何も。

 でも他に適当な言葉も……いいや、また後で何か思いつけたら、修正するということで、次に進もう。

『天使さんがあなたに言ったと思うけど、あなたと私がいるこの世界は現実よ。私達、死んだの。ここは死後の世界なの。私はもうそれを認めることにしたので、あなたも認めてちょうだい。この世界も、慣れればそんなに悪いところではないみたいよ。』

 これだけだと、あまりにもそっけないかしら。

 田原くんは心細がってるんだろうし……近況とか、教えてあげたほうがいいかな。

『私は今、あなたの家に住んでいるの――いえ、本当にあなたの家というわけではなくて、天使が再現して作ったあなたの家――天使はここに来た人間に、死の直前にいた場所を再現して、住まわせる決まりになっているんですって。』

 ああそうだ、このことも書いておいたほうがいいわね。もしかしたら、もう天使が言っているかもしれないけど。

『この世界では、想像したものを現実に形に出来るんだって。なんでもカスタマイズとかいうらしいの。私も一度それを試してみたけど、どうもうまくいかなくて。あなたはその点、とてもうまく出来ているみたいね――』

 コンコン窓を叩く音がした。

 顔を向けてみれば、クリオネ天使。

 早々田原くんのもとから戻ってきたらしい。


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