悪魔と天使、田原くんちで鉢合わせ
「……声を聞かせたり見せたり出来るの?」
「出来るぜ、リモートでなら。通信繋げてやるよ、ただで」
どういう理屈か知らないが悪魔はこの世界において、WIFIスポットになることが出来るようだ。
それはさておきこの申し出、悩ましい。確か天使は私に、こう言っていたはずだ。
『会おうなんて気は起こさないでくださいよ。被害者と加害者が会ったら、ろくなことにならないんですから。そうするよう頼まれても。お受けいたしかねますからね』
あれだけ念を押すということは、不都合なことが起きた事例がたくさんあるのだろう。
そもそも悪魔の誘いには乗らないようにって、念を押されたばかりじゃなかったかしら、私。なのに早くも口車に乗せられてちゃ世話なさすぎよねえ。
田原くんが私を刺してきたのは、私が言ったことを誤解したからだと判明したけど……今もってその精神状態でいるとしたら、またああいうことをしようとするかもしれないわけで……そこを考えるとちょっと怖い。
「そうびびらんでもいいんじゃないか。刺されても死ぬこたあないんだし」
死ななくても嫌よ。痛いじゃないの。
とはいっても、どうしているのか気にはなるし……。
「……ねえ、田原くんの姿を見せてもらえない? ほんのちょっぴり、遠くからでいいから。出来る?」
「ああ。そのくらいお安い御用だ」
画面の町並みがズームアップされ始めた。
ミジンコ悪魔も映りこんでいる。
一体誰が撮影しているのか気になるところだ。
「ああ、カメラ付きドローンだ。なにしろカスタマイズで何でも作れるんだからな、俺は」
なるほど。
ともあれ田原くんの家を通り越して、校舎へ向かう。
校門。ソテツと桜の木。自転車置き場。校訓が刻まれた石碑。傘立ての並ぶ表玄関。
全部紙製。
よくまあこれだけ細かく作りこめたなあと感心している間に、すうっと目線が上がり、回り込むようにして保健室の窓付近へ。
田原くんがいた。
生きていたときと全く同じように、大きな体をしょんぼり丸めて、折り紙を折っていた。
ミジンコ悪魔は短い手にメガホンを持って、田原くんに話しかける。
「おーい。元気かい。田原くんよう」
しかし田原くんは無視している。
「おいおい、シカトかー」
と言われても反応しない。チラッと視線を走らせたところからするに、見えてないわけではないはずだが。
(確かに現実逃避してるわね……)
溜息をつきかけたところ、悪魔が突然急上昇した。
何事か、と思う間もなくクリオネ天使が現れる。
「あっ! 悪魔! またこんなところをうろついているんですか! 死者から離れなさい、しっしっしっ!」
羽を大きくぱたつかせ、例のビームを悪魔目掛けて発射。
しかし悪魔もさるもの、バリヤーらしきものを張り、ビームを弾き返す。
弾き返されたビームは夜空の彼方へ消えていった。
「おいおい、いきなり喧嘩腰で来ることないじゃないか。俺は何もしてないぞ?」
そんなことが起きても、田原くんはやっぱり反応しない。一心に折り紙を折っている。窓の外に背を向けて。
「嘘をつくんじゃないですよ! 今さっき彼に話しかけていたではないですか!」
「話しかけるくらいかまわんだろう、別に」
再度飛び交うビーム。防ぐバリヤー。
弾き返されたビームは、今度は夜空に向かわなかった。例の巨大なパンダに当たる。
パンダはもちろん一瞬で消えた。
続いてまたビーム。バリヤー。
公園が消える。
再度ビーム。バリヤー。
図書館が消える、文化会館が消える。
(ちょっと……いいのかしらこれ……せっかく田原くんが作ったものなのに)
もう少し二人とも自重してくれないだろうか。
そう思った矢先田原くんが急に立ち上がった。
顔が真っ赤だ。目に一杯涙がたまっている。
私、これを同じ顔をどこかで見たことがあるような……ああ、そうだ。近所の公園で彼が、同級生らしき男子生徒数人平手打ちし、吹き飛ばしていたときのあれだ。
「どいつもこいつも今すぐ出て行けー!」
叫び声を上げる田原くんの周りに、大きな紙風船が次々わいて出た。
彼はそれを悪魔と天使目掛けて投げる。びゅんびゅん投げる。
「何をするんですかあなた、止めなさい、これっ!」
天使が注意するが、田原くんは聞く耳持たない。
「うるさい、消えろっ、幻覚!」
仕方がないので天使は高く舞い上がり、距離を取る。
悪魔はと言えば――その前にさっさと離れている。
そしてまた、ビームとバリヤーの応酬。
「人間を罪にいざなうなと何度言えば!」
「いーじゃねえか別に! ここでしでかしたことはノーカウントなんだろ、どうせ!」
激しくぶつかり合う火花は、まるで花火のようだ。
やがて悪魔が退散した。「ちっ」と舌打ちして。
それを見届けた天使は、また田原くんのところへ戻っていく。ある程度の距離を維持したままで。
「河西高校普通科1年A組田原さん、河西高校普通科2年C組由井秋菜さんから伝言がありますので、今からお伝えしますよ」
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