田原くんの近況続きと少々の思い出話




 ――これまで言い忘れていたかもしれないが、田原くんの折り紙は、鶴とかやっこさんとか紙風船とか三方とかいったレベルのものではない。創作折り紙とでも言えばいいのだろうか、すごくリアルなサルとか猫とか、ドラゴンとか、自転車とか、自動車とか、飛行機とか、建物とか――どこをどう折れば紙がこんな形になれるのかと疑うようなものを作っていた。

 そういえば私に小さなパンダを作ってくれたこともあったっけ。あんまりかわいかったから、鞄のアクセサリーにしていたのだけど……そのものすごく大きい版が中央に聳え立っているのが見える。

 傍らにあるのが……私がいるのとそっくり同じ形の家だ。やはり天使は田原くんにも田原くんの家を出してあげていたらしい。死んだ現場がそこなので、当然といえば当然だけど。

 ん? 待って。もしかしてこの後ろに見えるの校舎ぽくない?

 あ、こっちは公園……あら、図書館もあるじゃない。文化会館も――も、もしかして田原くん、生きてたときに住んでた場所を再現してたりする?

「あったりー。まあ、自分にとっていい思い出がある場所に限られるけどな。校舎は当然馴染みの場所だし、公園はお前に本格的に話しかけてもらった記念の場所だし、図書館はしょっちゅう出入りしてた馴染みのスペース、文化会館は表彰を受けた場所」

 表彰?

「お前覚えてないの? ナニしてた仲なのに冷てえなー。あそこでペーパークラフト展覧会があったんじゃなかったのか。そんで、あいつ、最優秀賞とったじゃないか」

 ……あ、ああ。そういえばそういうことを聞いたような気が……しないわねえ。

「ひでえ女だな。あいつはお前がその報告を聞いて『わあ、すごいのね』って言ってくれた場面をひっきりなし頭に思い浮かべてるってのに」

 そ、それは悪かったわ……でもあなた、田原くんの心を覗いたの。

「覗くも何も勝手に分かるんだからしょうがないなー。まあ、とはいっても今の話、全部あいつの妄想なんだけどな」

 は? 妄想?

「うん。現実はさ、展覧会で最優秀取ったことは取ったが、それをお前に報告しようとしていたその時よりにもよって別れを告げられ、頭にきて心中って流れになっちまったから――言わずじまいでそのまま終了」

 じゃあ私の記憶のほうが正しいんじゃないの。紛らわしいこと言わないでよ。

 というか、あれ、心中だったの?

「あいつの主観的にはそうだ。実際のところは殺人+自殺だけどな。でもなー、それもお前があんまり空気読まない発言するからだぜ。ああいう心が痛み気味な相手に絶縁を切り出すなら、もっと慎重にやらんとなあ。あそこまで真正面からドカンとかまされたら、そりゃあブレーカー瞬時に落ちるわ」

 悪魔があまりにも嘆かわしげに言ってくるものだから私はかなり、いや、相当納得いかない気持ちになる。

 確かに田原くんは私の発言にショックを受けたのだろう。

 でもしかし、だからといって私間違ったこと言ってないと思うんだけど、全然。

 というか、絶縁しようとも言ってないんだけど。

 ただ、セックスするのを止めようとそう言っただけのことなんだけど。

 それって刺されるほどのこと?

 ガソリンを被って焼死するほどのこと?

 違うでしょ絶対違うでしょ。

「……あのなー、セックスするのを止める=関係断絶と普通は解釈するんだよお嬢さん。この際言っておくけど、田原くんさあ、お前が縁を切りたいといってきたとき、てっきり『新しい相手が出来たに違いない』と思ったのよ?」

 え。

 いや……そんなこと全然ないし。あの時私、他に誰か好きな人が出来たわけでもなんでもなかったし。

 そもそも出来てたのなら、ちゃんと田原くんに言うし。そのくらいのけじめはわきまえてるんだから。

「そうかあ? ほだされてうやむやに関係始めたんじゃなかったか、お前。それはけじめわきまえてる人間のやるこっちゃないと思うがな」

 ぐっ。この悪魔なんでこんなに余計なことを知ってるのよ。

「そりゃあ俺たち、堕ちそうな人間についちゃあ逐次チェック入れて情報共有してるからな。仕事熱心だから。天使も天使で似たようなことをするんだが――ま、そりゃいいや。とにかく田原くんはこの通りお前のことを思い出してちゃあ折り紙して日々過ごしてる。お前の声を聞けたり顔を見れたりしたら。ものすごーく喜ぶと思うし、もしお前が望むならそうしてやるけど、そういう気はないもんかね?」




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