悪魔の言い分




「本当-?」

 平和的な世界があるならあるで結構なのだけど、ねえ。どうも嘘っぽいわ。

「どうしてそこまで疑うんだよ。根拠は何だよ」

 あなた自身の行動かしらねえ。

 あなた一番最初に出てきたとき、勝手も変なものを作ってほったらかしにして行ったでしょう。天使が消してくれたからいいけど、あれがあのままになっていたら、いつ倒れてくるんだろうと思って、私、おちおち寝てもいられなかったわ。

「そんなにあれ気に入らなかったか? なかなかの力作だったんだけどなあ。まあそれはさておいて」

 『さておいて』で済むような話じゃなかったんだけど。

「怒るなよ。そもそもお前が心配するほど、やわに作ってなかったって。バルハラーズが全軍攻め込んでも、難攻不落な程度なレベルにしといたんだから」

 ……バルハラーズって、何。

「お前が天使と見てきた仮想世界の参加者だよ。自分たちでそう名乗ってるんだ、あいつら――強制解散させられたけどな。新しいのを早く作ってくれって、俺たちせっつかれてるところさ」

「やめなさいよそういうの」

 私が言うと悪魔は、円盤の目をぴかぴかさせた。

「そういうわけにはいかんのよー。お客様のニーズに答える。これが俺たちのモットーだからさ」

 なんていう言い草かしら。

 それにしてもよくあんなのにまた参加する気になれるわね。気持ちが全然理解出来ないわ。怖いしい痛いしいいことなんて一つもないでしょうに……。

「まあお前には理解出来ない気持ちだろうなあ。何しろ生きている間、リア充だったから」

 ……そうかしら。あんまり実感ないんだけど。

「ないあたりがまさにリア充なんだよ。器量は十人並み以上、家族関係は良好、友人関係は……何しろ性癖がたたって満点とはいかんが、それでもまあまあ。苛めの標的になったりはしていない。成績はよくもないが、最低でもない。運動もまあ同じくらいかな。何よりセックス仕放題。早々と処女を捨てて以降、男に枯渇したこといっぺんもないじゃないか。最後には地雷物件踏み抜いて終わったけど、あれさえなければまだまだ華麗な遍歴が続くところだったはず」

 ……あなた、悪口言ってない?

「まさか。ほめ言葉を並べてるのさ。いいか、不遇な人生を送る人間は、世の中ごまんといるんだ。そいつらが死ぬ。天使から説明を受ける。最後の審判まで、静かにここで待機しているようにとね。そのときそいつらが、なんて思うか分かるか?」

 え……そうねえ『もうちょっといい人生を送りたかった』かしら?

「甘い甘い。そんな生ぬるいことしか考えつかないから、お前はリア充だというんだ。連中はこう思う。『生きているとき散々な人生を送って、それで終了。続きもなければやり直しもない。そんな馬鹿な話があるか』。で、何とかこの世界から抜け出そうとする」

 そんなこと、出来ないでしょう?

「そうさ、出来ない。だから絶望する。死せる屍状態になる。ひたすらボーッとして何もしない。無理やり施設に入居させられた痴呆老人みたいな具合になっちまう。なんともまあ、哀れなもんだぜ。天使連中は別にそういうの構わないんだ。静かにしてるならそれでよしって考えだからな。でも俺たちは、あいつらよりは情があるからな。そういう落ちこぼれ連中をなんとか元気づけてやりたいと、こう思うわけ。最後の審判が始まるまでの自由時間くらいは、せめて連中が欲しがってた『いい人生』をくれてやろうじゃないかと」

 なんだかいいことを言っているように聞こえてくるわね。

「だろ? 俺たちいいこともするんだぜ」

 いえ、でも、ねえ、あの地獄みたいな世界が『いい人生』っていうのは有り得ないでしょう。

 『いい人生』って、人気者になったり、お金持ちになったり、理想の相手と結婚したり、そういった感じじゃない? 一般的に。

 あんなの、ただただ血みどろになって戦ってるだけじゃない。むしろ『悪い人生』でしょう?

「そう思わない連中もいるのよ。生きてるときやりたいこともやれず、というかやるだけの力もなく、抑圧されっぱなしで終わった奴はなー、たまりにたまったルサンチマンの発散を求めてるわけ」

 それがあんな凶暴な形になるものなのだろうか。

「なるのよ。言っちゃなんだがあそこで戦ってるプレイヤー自身は、痛くも痒くも思ってないぜ。どんなに切り刻まれてもすぐ復活出来る仕様だからな。まあでも、最近流行りな世界観はもっとイージーかな。転生したら最強の勇者か賢者か魔法使いかで、ちょっと活躍すればすぐ周囲から崇められ好かれのハーレム誕生、現世で憎かった相手は悪役のザコに転生してやっつけ放題という」


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