田原くんのひみつ



「分かりました。そのくらいならいいでしょう。巡回のついでに伝えておきますよ。では」

 と言って天使は、ぱっと消えた。

 多分田原くんのところへ飛んでいったのだろう。彼が一体どのあたりにいるのかは知らないが、これまでの説明から鑑みるに、そんなに近くはないはず。

「巡回のついでとも言ってたし……ということは、かなり時間がかかるかしら」

 その間ぼーっと立って待っているわけにもいかないので、私は、家に入るとした。天使が出してきた本の数々を抱えて――どうせやることもないから、読んでみようかなと思ったのだ。

 でも、すぐ挫折した。想像通り全く面白くなかったから。

「他に何か見るようなものはないかしら……」

 ベッドに転がり呟いてから、はたと気づく。部屋に本棚があることに。そこに本が置いてあることに。

 もちろんそれらは私のものではない。田原くんのだ。正確には田原くんが持っていた本を再現してあるものだ。

 ひとまずベットから起きて、どんなラインナップがあるのか確かめる。

『幾何学折り紙』

『最新ペーパーアート』

『伝統折り紙百選』

『紙で作る世界~創作折り紙』

 このあたり、いかにも彼らしい品揃えだ。

『彼と彼女のプラネット』

『新宿ハイパームーン』

『SONG!』

 あら、こういう今時っぽい小説も読んでたのね。これはまあまあ、面白そう。後で読もうかな。

 ええと、こっちは漫画雑誌ね。

『アフタームーン』

『ガロロ』

『スピリット』

 あんまり知らない雑誌ねえ。ジャンプとかサンデーとかは読まないのかしら。山中さん成人だけど、そういうの好きだったわ。

 あ、こっちは漫画の単行本。

『それ』

『虐殺舞台』

『誰かがこちらにやってくる』

『空白の町』

 ……う、うーん。これは……私の好みじゃないかもしれない……。

 ホラー系よね多分、タイトルといい表紙絵といい。

 見るの止めとこ。それぞれ10冊くらいあるし。

 あらっ、こっちには少女漫画。

『ときめきらずべりーたいむ』

『金魚MAGIC』

『1(ワン)と2(ニャン)』

 田原くん、守備範囲が広いのね。

 よかった、こういうのなら楽しめそう。読もう。

 他には……あら、これ、なにかしら。

 日記? 

 日記ね。

 よ、読んでいいものかしら。

 良くないわよね、人のだし。

 ああでも、気にはなる……かも。

 ちょっと、最初のほうのちょっとだけ、ちらっとだけ見てみようかなー。 そんな気持ちで私は、そろっと日記の最初のページをめくる。

『○月×日。スクールカウンセラーの山中さんと先輩が、保健室でいやらしいことをしてるのを見てしまった。先輩は山中さんの膝の上に乗せられて、手であそこをいじくられて、すごく気持ちよさそうな顔で赤ん坊みたいな声を――』

 秒速で閉じる。

 いや、彼が私と山中さんの関係を知っていたことは知っているけど、でも、これだけばっちり目撃されていたとまでは全然。

 ああ、変な汗が出てきた。

(これは……これ以上深入りしないほうがよさそうね)

 私は謹んで日記を元の場所に戻す。

 そのとき机の上に置いていたスマホが、急に鳴り始めた。

 どきんと心臓が撥ねる。

 まさか田原くん?

 日記見たのがばれた?

 いやいや、そんなことありえない違う違う。

 一体何事なのかと、恐る恐る画面を覗き込む。

 そこには、ミジンコ悪魔が映っていた。

 ぴるぴる触手を振って、お気楽な挨拶をしてくる。

「いよぅ」

 『いよぅ』じゃないわよ。ものすごく驚いたじゃないのっ。

「そりゃお前がやましいことしてるからだろ。よくないねえ、他人の日記の盗み読み」

 くっ……心を読んでくるから本当に始末に負えないわ、天使も悪魔も。どうにか防御出来ないのかしら。

「出来ないねえ、残念だけど。それはそれとして、暇そうだな」

 ええ暇よ。やることが、あんまりないから。

「じゃあ、仮想世界に連れてってやろうか? そんなところにいるより、ずっと面白いぞ。他の人間にも会えるし」

 結構。お断り。とんでもない。

「……えらい拒否するねえ」

 さっき天使から見せてもらったのよ、仮想世界とやらを。

「ありゃ、そうか」

 あんな地獄みたいな場所、絶対行かないから。ああいうものを作る人、信用出来ない。まあ、人じゃないけど。とにかく、もう会いに来ないでよ。

「ええー……悲しいこと言うなよ。あれはさあ、仮想世界の中でも相当コアな層のために作ったやつだって。大部分はもっと穏やかで平和的なもんなんだからさあ、天使の言うこと鵜呑みにするなよー」




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