天使、お説教する
「全くです。家屋が全焼しましてね、あやうく近隣のお宅にも燃え移るところでした。あれで犠牲者が出たら、罪の上に罪を重ねた上、また罪を重ねるところでしたよ」
知るすべもなかったとはいえ、そんな大惨事になりかけていたとは……なんだか、私、非常に悪いことをしたような気になってしまう。
いえ私が火をつけたわけじゃないけど、ねえ、もしかしたら私の言葉が原因なのかもしれないし。
「ああ、そこは気になされなくとも結構です。確かにあなたは彼を誘惑し姦淫に陥らせました。その点はまあ、罪なことです。しかしあの時は、感心にもそれを改めようとなさっていた。それが原因で殺されたとなれば、これは褒め称えるべきことです。自信を持ってください」
……うーん、自信と言われても……なんだろう、会話がいまいち噛みあってないような気が。
「それは、はっきりした信仰をまだお持ちになっていないからですね。昨今の人間は大抵がそうですが……」
天使は光の輪に入り、ワープを繰り返して、私が元いた場所まで戻る。行きと同様、あっという間だ。
「はい、どうぞ」
私を砂の上に降ろしてくれた後子供の姿に戻り、一冊の黒い本を出してきた。
「これをどうぞ。お読みください。とてもためになりますのでね」
何かと思えば、聖書だ。
試しに数ページめくってみたけど字ばかりで、とても読む気がしない。
せめて絵が入っているものはないのだろうか。そのように言うと天使は、ああ、と天を仰いで嘆いた。
「おお神よ、なにとぞ人間達の活字離れを救いたまえ――」
ややもしてはるか高みから、木の葉が舞うように、何かがはらはら落ちくる。
よく見れば絵本だ。きれいな絵に大きな文字。
『かみさまのおはなし』
『てんちそうぞう』
『せいなるみこのたんじょう』
『おいのりのしかた』
私は思わずげんなりした。
「うわあ……すごく面白くなさそう……」
「罰当たりなことを言わないでください。どれも素晴らしい内容のものばかりです。読んでいるうちにありがたーい気持ちになってきます」
そうだろうか。眠くなりそうでならないんだけど。
それ以前よく考えたら私、紙の本って教科書以外親しみがないのよねえ。雑誌を読むにしても漫画を読むにしても、スマホだし。だからどうせならスマホ版を出してくれればいいんだけど……駄目?
「駄目です。ああいうモノが普及するから、たださえ乏しい信仰心が、地上からますます失われるのです。あれによってどれだけ多くの罪が広がってしまっていることか」
どうやら駄目みたい……。
死んでるんだから、仕方ないことなのかもしれないけれど、せめて漫画くらいは見たいかなあ。生きているときに連載していたアレ、続きはどうなったのかしら。気になるわ。
いえそれより、田原くんそんな大事件起こしたら、結構あちこちに書きたてられたんじゃないかしら。
「ええもう。一ヶ月以上雑誌やネット界隈を賑わしてましたよ。あなたの情報込みで」
えっ。私のことも話題になってたの。
「そりゃあもう、当の被害者ですからね」
ああそうか。そうだったわ……忘れちゃいけない事実よねそこは……。
コメント欄相当荒れたんだろうなあ。
そういうの、見る機会がなくてよかったのかも。私にしても、田原くんにしても――田原くん、そういうのすごく気にしそうだし。
「……ねえ、天使さん。田原くん、こっちに来ているって言ってたでしょう?」
「はい」
「今、どういう感じでいるの?」
「そうですねえ。元気は元気です。でも、ちょっと欝っぽくてですね。話しかけても返事もしませんで。折り紙ばかり折っています。いわゆる現実逃避ですね」
そういうことを聞くと、ちょっとかわいそうになってくる。
会いたいかといえば躊躇するところもあるけど、別に悪い子ではないんだから、やっぱり元気でいて欲しい。
思う私に天使は、にこにこ微笑んだ。
「そういうところが、あなたの美点です」
お褒めの言葉ありがとう。
それはそれとして、ねえ、田原くんに伝言を頼めないかしら。
「いいですよ。なんと伝えましょう」
そうねえ……とりあえず、まあ……ええと……とりあえずこれは現実だから、気持ちを切り替えるようにって言っておいてくれる?
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