スプラッタ仮想世界、消失
すごく大きくて強そうで凶悪に見えていた人たちは、いざ何もなくなってみれば、拍子抜けするくらい普通な顔をしていた。
どちらかというと野暮ったい感じの人が多い。はっきりしない色のパーカー、トレーナー、そしてGパン、ストレッチパンツ。
一瞬のことで何が起きたのか分からなかったのか、皆立ち尽くしていたけれど、しばらくして大騒ぎが起きた。
天に拳を突き上げたり、叫んだり、大声で罵ったり。
「ふざけんな、いいところだったのに!」
「元に戻せ!」
「オレたちはオレたちの中だけで楽しんでるんだ、誰にも迷惑かけてないだろ!」
「私たちのたった一つの楽しみを取り上げるな!」
「クソ天使!」
誰も彼も、明らかにこちらの存在を認識している。そうでなければあんな言葉は出てこない。
私は慌てて天使に確認を取る。
「ね、ねえ、私たちのこと見えないようにしてるんじゃなかったの?」
「はい、そうですよ。見えてません。そこは確実ですから怯えなくても大丈夫です」
「で、でも、あの人たちああいうこと言ってるけど……」
「見えなくても、私たちが違法被造物を解体するということは知っているんです。何しろ何度も同じ経験をしていますからね」
言いながら天使はまたビームを放った。先ほどのように直線状の物ではなく、シャワーのように細かく広がり降り注ぐ光。
それを浴びた人たちは、次々場から消えてしまう。
どうしてそうなるのだろう。彼らは悪魔が作った被造物ではないはずだけど……。
「あ、これは消しているんじゃありません。もといた場所にお戻りいただいているんです」
もといた場所……そういえば天使は、個々人に広々した空間を確保してあると言っていたっけ。
ああ、どんどん人がいなくなる。とうとう一人になっちゃった。
「あの人は残っているけど、いいの?」
「ええ、あの人はそもそもここにいた人ですから」
たった一人になった人は腹立たしそうに砂を蹴り、しょんぼりうなだれ、とぼとぼどこかへ歩いていく。
どこへ行くのかなと目で追っていけば、砂丘の上にぽつんと、変なものがあるのを見つけた。
私が住んでいるようなちゃんとした家ではない。天井と壁の一角がない、撮影セットみたいな小部屋だ。
分厚いコンクリートの壁と床。あるのはベッドと洗面台とむき出しの便座だけ。窓は小さくてごつい格子がはめ込まれている。扉も同様にごつくて、覗き窓がついている。
どう見ても一般住宅の部屋ではない。
なんというかこう……まるで刑務所の部屋みたい。
「はい、そうです。あれは刑務所の独房です」
やっぱり。
悪魔は天使が『死の直前にいた場所を再現させる』って言ってた。
ならあの人は独房の中で死んでしまったということかしら。
「いえ、死んだのは処刑室です。でも、そこを再現させると、それはそれで落ち着けなさそうでしたから、とりあえずその前に滞在していた場所を選んで再現したという次第で」
……重すぎる話だわ……。
処刑ってことは死刑ってことだから、普通は殺人をしたとかいうことになると思うけど、あの人の場合はどうなのかしら。
「殺人です。連続殺人鬼としてその国では騒がれた人で」
物騒きわまりない……。
でもよく考えたら、死んだ人は誰しもここへ来ることになるんだから、その手の人も大量にこの世界に存在するということで。
いやだ、怖くなってきた。そんな人が急に、私のところへ押しかけてきたらどうしよう。
「ありませんよ、そんなことは。こちらへお越しいただいた人々には、十分な距離を保っていただいておりますから」
「それ、本当? すごく疑問なんだけど。さっき数えきれないくらい大勢の人が、集まってたじゃない。あれ、どうして?」
私がそう指摘すると天使は、小さな羽で頭を抱える仕草をした。
「あれはねえ、悪魔が方々から集めて来るんですよ。自分が作った世界に閉じ込めるために。人間側が応じなければ、彼らだって、そういうことは出来ないんですけどねえ。まあでも、作った世界の中にしか、彼らは人間を移送出来ませんから。そういう仕組みですから。そこは安心していただけますと……」
そこまで言うなら安心……なのかな。
ああ、でも、殺人とかなんとか聞いてしまったせいで、田原くんのことを思い出してしまった。
私が死んだ後自殺したと前聞かされたけど、あの子、どういう風に死んじゃったんだろう。
天使なら知ってるはずよね。
「ええ」
「じゃあ教えて。そのくらいならいいでしょう?」
「ええ、まあ……」
かなり気乗りしない様子を示した後天使は、田原くんのその後を教えてくれた。
「焼死です。あなたが死んだ後ガソリンスタンドにガソリンを買いに行ってそれを部屋に巻いて火をつけましてね」
ひ、火をつけ……焼死……そこまで壮絶な死に方しなくてもよかったのよ田原くん!?
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