仮想世界はスプラッタ




 私は天使の背中に乗った。乗り心地は硬めのグミ、もしくはバランスボールといったところ。

「では、しっかり掴まっていてくださいよ」

 天使は音もなく宙に飛び上がった。家がどんどん小さくなる。

 目の前に、光の輪を連ねたトンネルが現れた。

 天使はそこに突入していく。

 トンネルは大きくなったり小さくなったりを繰り返しながら、どこまでもく。時々途切れるのだけれど、そのたび空に浮かんでいる星の形が変わる。

 私がいた場所にあったのは木星だったけど、今度のは月そっくり、次のは金星、それから火星……。

 どうもワープ的な手段を使って遠距離移動しているらしい――と思うのだけど、それで合ってる?

「ええ、大体。何しろここは広いですからねえ。そうでもしないと見回りがおっつきませんで。あ、そろそろ着きますよ」

 光の輪が途切れたかと思いきや私は、唐突に夕焼け空の中にいた。

 眼下には荒涼とした大地が広がっている。

 遠方に見えているあれは火山だろうか。もくもく煙を吐いている。溶岩を噴出してるものさえある。

 あちこち白く見えるのは雪みたい。

 空気はあんまり寒くもないのに、不思議。

「いえ、寒いんです。そう感じないのは、私と一緒にいることで、悪魔による違法被造物の干渉を受けずにいられるからですよ」

 そうなの。天使ってすごいのね。

 あら、よく見たら地面に何か一杯点みたいなものがあるわ。動いてる。人間……かしら。

「ええ、そうです。あれ全部、この世界に参加している人間達ですよ」

 すごい数ねえ。千? 万? いえもっといるかしら。

「ねえ、皆、一体何をしているの?」

 私の質問を受けた端子は、嘆かわしげに頭を振った。それから、高度を下げ始めた。

 点がどんどん大きくなる。詳細が見えてくる。

 あれ? なんだか皆、中世の騎士みたいな鎧着てない? 

 振り回してるの、あれ、剣? 

 槍? 

 馬に乗ってる騎士みたいな人もいるけどこれ、もしかしてRPGの世界なのかしら。

 あ、れ? なんだか……戦ってない? 

 いや、確実に戦ってる。

「ね、ねえ。こんなに降りて大丈夫? 戦争中みたいだけど」

「ああ、大丈夫です。向こうからこっちを見えないようにしていますから」 そんなやり取りをしながら、天使は更に高度を下げる。

 私はぎくっと固まった。

 見えたのだ、兜をかぶった人の首が、棘だらけの鉄球に当たってもげ落ちるのが。

 もげたところから血が噴水みたいに吹き出した。数歩歩いて体が倒れた。

 首をもいだ人はそれを見て笑う。

 と思った次の瞬間、その人を別の人が斬りつけた。

 大人の大きさくらいある斧が、頭のてっぺんから足の間まできれいに真っ二つにしてしまう。

 左右に別れ倒れた体がばたばた動く。死に切れない虫みたいに。

 刺のついた蹄を持つ馬が、それを踏みにじっていく。

 よく見たら中には鎧を見につけていない人もいた。そういう人が逃げ惑うのを、数人の鎧を着た人が捕まえて、手足を掴んで引っ張り、体を引き裂いてしまう。

 人間が発しているとは思えないような、ものすごい叫び声が聞こえてくる。

 私は気分が悪くなった。

 怖くて気持ち悪くて、吐きそうだ。口元を押さえるけど、その手がかたかた震えだす。

 そもそもスプラッタものは苦手なのだ。ホラーだって好きじゃないのだ。こんなもの、もう見たくない。

「ですよね。それがまっとうな反応ってもんです。それだというのに彼らときたらまあ。こんなことでは審判不合格も必定と言うもので」

 そんなことはいいから、上に戻って欲しい。とりあえず、匂いや声が届かない程度に。

「分かりました。では」

 天使は高度をすいっと上げた。

 人の姿がたちまち点になる。

 私は、やっと深呼吸出来た。

 まだ心臓がどきどきしている。

 ああ、いやだ。あんなもの見たくなかった。後で、嫌な夢を見ちゃいそう……。

 それにしても、なんでこういう仮想世界にこれだけ人がいるのか。

 私だったらこんな所に来るのは、絶対に嫌。頼まれても断る。

 あそこにいる人たちの気持ちが分からない。面白いことなんてひとつもないはずだのに。

「私もそう思うんですけどね。不健康極まりないですよ、こんなもの。己の来し方を考え行く末を思い、静かに過ごすことがどうして出来ないのやら。そのための最適な環境を用意しているというのに」

 天使は小さな羽根をぱたつかせ、さも嘆かわしげに言って見せた後、例のビームを発した。地上に向けて。

 すると、瞬く間にあたりが砂漠に戻っていく。火山も消える雪も消える馬も消える大地も消える空も消える。残ったのは私がいた場所にそっくりな砂漠と星と夜。それから、鎧も何もなくなった、たくさんの人の群れ。



 

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