はじめてのカスタマイズ



 それなら是非やってみたいのだけど。

 とりあえずあんな土星じゃなくて、ちゃんと太陽が出るようにしてほしい。昼夜の区別がつけば、ぐんと過ごしやすくなると思う。

 後雲が出たり雨が降ったり……。

「いやいや待て待て。俺たち天使や悪魔ならともかく、いきなりそんな大がかりなカスタマイズ、人間には出来ないぞ。ひとまず1メートル四方こなせたら御の字ってところでな」

 ……期待がいきなり大幅に格下げされてしまった。

 カスタマイズって、もしやすごく難しいことなんだろうか。

「いや、やり方自体は簡単なんだが……まあ、まずは一度実際にやってみたほうが分かりやすいな」

 言いながら悪魔は、体をぐっと斜めに傾け、地面に頭をつけ、尖った口先で小さな円を描いた。

 それからおもむろに、こう言って来た。

「えーと、とりあえずだな、この円の中にリンゴが出てくるって想像してみろ」

 私は言われた通りにしてみた。

 数分くらいが過ぎる。

 変化はない。何も出てこない。

 私はちらりと悪魔のほうを見た。もしやからかわれているのではないだろうか、と。

 すると注意された。

「気をそらすな。気を。集中が足りないんだ」

 疑い半分ながら、視線を再び円へと戻す。

「リンゴなら、一度ならず食べたことがあるだろう。そのときのことを思い出せ」

 リンゴ、リンゴ。

 リンゴといえば赤いリンゴと青いリンゴがあるけれど、どっちを想像したらいいんだろう。

 そういえばリンゴの形って縦長かしら横長かしら。

 へたはどんな風についていたかしら。

 葉っぱってついてたかしら、ついてなかったかしら。リンゴのイラストなんか見ると、大抵一枚ついてるけど。

 そんなことをもやもや考え続けていたら、やっと変化がおきた。

 砂の上にぼんやり、何かが見え出したのだ。

「よし、いいぞ」

 何かは徐々に色を濃くし、形になっていく……のだけど、なんだろうこれ。

 リンゴ……といえば多分そうだけど、なんだか妙に形が平板というか……さくらんぼが巨大化したように見えなくもない。

 というかひっきりなしに輪郭が揺れしているので見ていて酔いそうになってくる。葉っぱがついたり消えたり、色も赤と緑が入れ替わりになって定まらない。

 一体どういうことだろうこれは。

 そう思って悪魔に聞いたら、こう言われた。

「そりゃあ、お前が俺の言ったようにしてないからだよ。だから形が定まらないんだ」

「そんなことないわ。私、あなたに言われたようにちゃんとリンゴをイメージしたのよ」

「したつもりになっているだけだ。リンゴの色や形、重さや手触り、匂い、そういうものをきっちり全部、頭の中で再現したか?」

「ええ? そんなこと出来ないわよ。リンゴについてそんなに細かく観察したことなんか、ないもの」

 私がそう言った直後、リンゴのようなものが端のほうから砂になり、さらさら崩れていってしまった。後には何も残らない。

「……消えちゃったんだけど」

「ああ。イメージをしっかり固めていないと、出現させてもすぐこうやって元の木阿弥になっちまうんだ。いわば、結合力が弱すぎるんだな」

 カスタマイズって、そこまでの、なんというか、イマジネーション能力を求められる物なの?

「そうだ」

 そんなあ。じゃあ私には無理よ。美術の成績よくなかったし。

 カスタマイズが出来るなんて、嘘じゃないの。

「嘘じゃないったら。さっき言ったろ『いきなり』は無理だって。何回も練習してコツを掴めば、出来上がったもののクオリティはともかくとして、すぐ消えてしまわない程度のものを作れるようになる。何しろ死んでるからな、試行錯誤する時間はたっぷりある。宮殿とか庭園とか町とか、こつこつ作って楽しんでる死者、大勢いるぞ」

 そうなんだ……。

 確かにそういうことをしていたら、少しは、いえ、だいぶ退屈さが紛れてくれそう。

 嘘とか言ってごめんなさいね。いいことを教えてくれてありがとう、悪魔さん。

「いえいえ、どういたしまして」

 悪魔はくるっと前方に一回転した。

 天使の時と同様、ミジンコであった姿がいきなり人の姿に変わる。

 スーツを着た若い男性。幾分ホストみたいではあるけど――なんともイケメン。

「だろ?」

 ウインクしてみせた悪魔は続いてまた姿を変えた。

 どきっとするほど肉感的な美女が、艶っぽく微笑む。と思う間に子供になる。お年寄りになる。犬になる。猫になる。鼠になる。アルパカになる虎になる。ごうっと吠えて飛び掛かってくる。

 思わず身がすくんで尻もちをついたところ、虎が消え、頭の上から声。

「悪い悪い。調子に乗り過ぎた」

 ……最初のミジンコである。

 目がピカピカしている。また笑っているのだ。

 私は思わずむっとした。人を脅かして遊ぶなんて、本当に趣味が悪い。





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