私が田原くんちにいるわけは




 私は田原くんの家に入って、田原くんのベッドで寝た。まさかそのあたりの砂の上に転がって寝るわけにもいかないので。

 目を閉じると、すぐ眠気が襲ってきた。

 田原くんのことがしきりに思い出される。

 体は大きいほうだけど大人しくて、折り紙なんかが好きだった。それが原因でいじめられがちだったらしい――スクールカウンセラーの山中さんからそういうふうに聞いた。

 あまり学校に来なくて、来ても保健室にばかり入り浸っていた。私も保健室には比較的よく行くほうだったから、なんとなし田原くんと顔見知りになり、挨拶する間柄になった。

 そしてある日の帰り道、近所の公園で彼が同級生らしき男子生徒数人を泣きながら平手打ちし、吹き飛ばすところを目撃する。

 怖いというより、人間って平手打ちであんなに体が浮くんだ飛ぶんだという驚きのほうが先に来た。

 田原くんが悪い子だとは、思わなかった。あれだけ泣いていると言うことは、先に彼が何か嫌なことをされたのだろうし。

 しかし逃げようとした子の後頭部を掴み、フェンスに力いっぱい押し付けぐりぐりするのはさすがにどうかと思ったので、声をかけたら、すぐ止めた。

 聞き分けはいい子なのだ、田原くんは。

 彼の同級生達が、逃げ散っていってからどうしたの、と事情を聞いたら、あの子達に作った折り紙をくしゃくしゃにされてゴミ箱に捨てられたのだという。

 それならやっぱり、向こうが悪いなあと私はその時思った。田原くんはそりゃあもう、丹精込めて作品を作っているのだから。

 そういうことがあってから、私はますます田原くんとよく話をするようになった。

 田原くんは相変わらず保健室に来て、千羽鶴なんか作っていた。

 あんなに強いのならクラスでも幅を利かせるポジションになれそうに思うが、そこはそれ気が優しいのだろう。

 そうこうしているうちふとした拍子に田原くんに、自分にもさせて欲しいってお願いされて――どうしたことか田原くんは、私が山中さんと時々してることを知っていた。

 で、なんやかやで、結局したんだった。保健室で。

 田原くん初めてだったからか、あれこれぎこちなかったけど、でも、すごく元気で何回も何回も……こっちがストップをかけなかったら、あやうく保健の先生に見つかって怒られるところだった。

(私、早まったかしら……)

 彼のお願いを聞かなければよかっただろうか。でも、あの時それ以外の反応なんて思いつかなかったし……。

 ということをつらつら考えているうちに、私は寝てしまった。


 かなり長いこと寝たらしい。

 目が覚めた時、気分がとてもすっきりしていた。やっぱり睡眠て大事だなと、改めて思う。

 それにしても今気づいたんだけど……私は何で田原くんの家にいるんだろう。

 というか、死後の世界に何故田原くんの家があるんだろう。

「思えば変な話ね……」

 一人呟き首を傾げたところ、後方から声がかかってきた。

「そりゃあ、新しい環境に馴染ませるためさ。死んだ次の瞬間見も知らぬところにいきなり出されたら、大抵の人間肝を潰して、話を聞くどころじゃなくなるから、ひとまず死の直前にいた場所を再現させてんの。天使様の優しいお気遣いってわけ」

 振り向いてみればそこには、人間大のミジンコが浮いている。

「あまり驚かないんだな」

「そりゃあもう、これで二度目だから。それはさておきあなた、さっきの天使とは違う天使?」

「いいや。俺は天使じゃない、悪魔」

 唐突な話だ。

 しかし天使がいるのなら、悪魔もいておかしくない、気はする。

「そうよー。天使と悪魔は商売敵だから、片方がいる場所にはもう片方も絶対いんの。まあ、ここは非武装地帯だから、お互い身入れて争わんけどね」

 言わない先から返してきた。どうもこのミジンコ――もとい悪魔も天使と同じく、テレパシー能力があるみたい。

「そうでーす」

 ミジンコは縁取りされた円盤みたいな目をぴかぴか光らせた。笑っているようだ。

「死後の世界で罪を犯さたって何にもならんからねえ。死んだ人間の行状は審判上ノーカウントだし。全く、つまらん場所だよここは」

 言っていることはよく分からないが、つまらないという点は同意しなくもない。砂漠だし、何もないし。人とも会えないみたいだし。

 せめて景色がもうちょっとどうにかなってくれれば、気も紛れてよかったのだけど。

「景色なら、自分である程度カスタマイズ出来るが?」

 え。本当?








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る