彼なら死にました。
基本。
なんだか含みのある言い方だ。
もしかして、ばらばらではなく固まって一緒に住んでいる人たちもいるのだろうか。だったら、その方がいいような気もする。こんな何にもないところに一人でいるのは、やっぱり寂しいと思うから。話し相手も欲しいし……。
そんなことを思っていると天使は、慌てたような顔をした。
「まあお待ちください。話し相手なら私たちがいつでもお勤めいたしますので、はい。死んだ方同士で親睦を深めようとするのは、ちょっとお勧めいたしかねます」
何故こうも必死なのだろう。
疑問に思った私は、天使に聞き返してみた。
「どうして?」
「どうしてって、早い話がもめるもとになるからです」
「もめる?」
「はい。仮にですね、秋菜さん。あなた、今自分を殺した田原さんに出会ったとしたら、どんな気がすると思いますか? とても平静ではいられませんでしょう?」
私は咄嗟に田原くんのことを考えた。
手にナイフ。顔全体の皮膚が突っ張ったような表情。
思い出すと変に胸がどきどきする。
確かに今彼に会ったら、平静ではいられないかもしれない。とりあえず何事もなかったように接するのは無理だろう。
でも、なんで私を殺そうとしてきたかというところは、ちょっと聞いてみたいかもしれない。
私を刺したとき何か言っていたらしきことは覚えているのだが、そのときこちらはもう死にかけていたからなのか、言葉が全然聞こえなかった。
あんなに泣かれるほど私、ひどいことを言ったかしら。
ただセックスするのは止めようと言っただけで、絶交しようとかそういうことではなかったのだけど……彼は、何か誤解していたのではないだろうか。
考え込む私に天使は、OH、とでも言いたげに眉を下げ、肩をすくめる仕草をした。
「人がいいと言うか、呑気な方ですね、あなた」
褒められているのか貶されているのか、どちらだろうか。後者のような気がするけど。
「いえいえ、褒めているのです。あなたのように諦めと飲み込みがいい方ばかりだったら、私達の仕事も楽なのですけど、大抵がそうはいきませんものでねえ。極端な例ですと、殺した相手を見つけて殺そうとなされたりねえ、しますもので。私どもそういうことをなされないようにと、再三注意はしているのですが、頭に血が上った方は聞く耳を持たれませんでね」
急に物騒な話になってきた。
だけどそういうことも十分有りうるかもしれない。とはいえ……すでに死んでいる人をまた殺すって、出来ることなんだろうか?
「もちろん出来ません」
そうよね。当然。
「ただ、仮にそうすることは出来ます」
「仮にそうするって……どういう意味?」
「そうですねえ、地上のことに分かりやすく例えれば、夢を見るというのに近いですね。夢の中で誰かを殺しても、現実には殺してないでしょう? そんな感じです」
そんな感じといわれても、どうも理解しづらい。
「そうですか。どうも私は説明が下手なようで申し訳ない。まあ、でも、理解なさる必要もないと思いますよ。あなたは最後の審判までの待機時間を、静かに心安らかに過ごせるタイプの人だと思いますし」
これは褒められてる……のかしら。
頭に疑問符を浮かべる私に天使は、無邪気な微笑みを見せた。
「はい、褒めてます。実に奇特な方だと。どうぞのんびり構えていてください。私的にはあなたは、審判に合格するものと思われますのでね。生前の行状のうちで問題なのは、姦淫に関わることくらいですから」
見るからに幼子の格好をした相手から『姦淫』などという単語を聞かされると、すごくばつが悪くなる。
やはり田原くんとのあれは、いけないことだったのか……。
「その前にも色々おありでしょう。あなた、どうもその方面に対しての誘惑に屈しやすい性分みたいですね」
「……ごめん、あなた、私の何をどこまで知ってるの?」
「全部承知させていただいております。神様は何事もお見通しですのでね、はい」
「……あ、そうなの……」
神様を出されたのでは、もうお手上げとしか。ますますばつが悪くなるばかりだし、話題を変えたほうがいいかもしれない。
そういえば、私を殺した後田原くんどうしたんだろう……。
「ああ、彼ならあなたが死んだ直後、悲観してその場で自殺しました。罪に罪を重ねることで、実に嘆かわしい次第です」
……え? ええええええ!?
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