天使が来たりて死亡告知
私は扉をそっと閉じた。深呼吸してから再び開いた。
やはり、砂漠と土星しかない。
しゃがみこんで地面を触ってみたら、確かに砂だった。握ればさらさらと指の間から滑り落ちていく。
……もしかして、私は夢を見ているのではないだろうか。
というか、夢以外にありえなくないだろうか。こんなシチュエーション。
いやでも、それだと田原くんに刺されたのが現実ということになってしまう。
もしそうだとしたらこんな夢なんか見ているどころではないはずだが。あれだけナイフが刺さったら、ひょっとして死んでしまいかねないわけだし……。
それにしても田原くんが、あんなに突然私を刺してくるかしら。大人しくて優しい子なのに。
もしかして、両方が夢? 私家で寝ているのかしら。
砂を弄りながらそんなことをつらつら考える。
そこで、ふっと頭上に影が差し掛かってきた。
なんだろうと顔を上げると、人間大のクリオネがすぐ近くに浮いていた。半透明な体の向こうに、土星が透けて見える。
「……いよいよこれは夢に違いないようね」
呟いた私にクリオネが話しかけてきた。どこが口なのかいまいちよく分からないけれど。
「いえ、夢ではありません。現実です」
……クリオネにそう言われても、あんまり信用出来ない。
思った途端クリオネは、こう言ってきた。
「クリオネではありません。私、天使です」
天使って、もっと違う形のはずでは。白い翼が生えた金髪で青い目のかわいい子供で……。
「まあ、そういう形になれないこともないですけど、そうするとなんだか、ここの周りの景色と釣り合いが取れないかなーって思いまして」
……言葉にしないうちに答えてくるなんて、テレパシー能力でもあるのだろうか。このクリオネは。
「天使ですってば」
クリオネがくるんと宙返した。
すると、たちまち羽が生えた金髪で青い目の可愛い子供になった。
なるほど確かにこれなら天使だ。
「お認めいただけましたか。なら話が早い。ええと、それでは改めて説明をさせていただきます。ええと、
「……何故私の名前を知っているの」
「天使ですから。ともあれ由井さん、あなたはお亡くなりになっております。死因は同高校普通科1年A組の
天使は十字を切った。
私は驚きで言葉が出なくなる。
え、私、死んだの?
死んでるの?
そんな馬鹿な。
でも田原くんに刺された記憶は確かにある。
でもまさかそんな嘘でしょう。
「お亡くなりになられた方、皆そう思われますねえ。でも現実を受け入れてください。あなたはお亡くなりになりました。ここはいわゆる死後の世界です」
私は目頭が熱くなってくるのを感じた。
死んだ。死んだなんて。こんなに早くそうなるつもりなかったのに。
おじいちゃんやおばあちゃんやお父さんやお母さん、友達とも二度と会えないんだ。
膝頭ががくがくして、立っていられない。なんで、どうしてという思いと涙が後から後からわいてくる。
いつの間にか私は、子供みたいに声を上げて泣いていた。
天使が脇からすっと、ハンカチを出してくる。
「どうぞお使いください。いくらでも泣いてかまわないですよ。むしろそうしたほうが、すっきりしますのでね」
その言葉に甘えて私は泣いた。泣いて泣いてハンカチがびしょびしょになったところで、ようやく少し落ち着いた。周りを見回す余裕が出来た。
砂漠、そして土星。
なんだか別の惑星にいるみたい。死後の世界がこんなものだとは全然知らなかった。もっと何か、違うもののように思っていたのだけど。
そもそも、何でこんなに誰もいないんだろう。この世に死んだ人は私だけではないと思うのだが。
「ええ、そうです。死んだ人はたくさんいます。でも、死後の世界には限りというものがないんですよ。ですからこのように、個々人に広々した空間が確保出来るというわけで」
ということは、皆、ばらばらに住んでいるのだろうか。
そう聞くと天使は、ちょっと微妙な顔をした。
「基本そのようにしていただきたいと、私達は思っています。地上での生を終えた方々には、最後の審判までの待機時間を、静かに心安らかに過ごされることを強く望んでいますし、そうすることをお勧めいたします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます