怪物Sたちの狂騒

作:おにぎりまる


「いやー、悪いね付き合ってもらっちゃって」


 開口一番に、元クラスメイトである那由多山高なゆたやまたかしは僕にそう謝ってきた。日の暮れた廃校の校庭で、那由多山と僕は人を待っていた。昨晩の同窓会で盛り上がり酒に酔った勢いで近くにある廃校に肝試しに行くことになった。それを若干後悔しつつも僕は今日この場所にきっちりと待ち合わせ時間の少し前に来た。同窓会での話の続きやお互いの近況で盛り上がって一息ついたところで、僕はずっと疑問に思っていたことを訊いてみる。


「別にそこはいいんだけど……なんというか、なんで僕なのか訊いても?」


「三笠ならこのメンツでも混ざってくれると思って……他は都合がつかなかったっていうのもあるんだけどね」


 前髪の金色のメッシュをつまみながら、にへらと笑って那由多山は肩をすくめた。


「なるほど……他の面子って?」


 僕ならば混ざれるような人だなんて一体誰が来るというのだろうか。比較的仲の良いクラスだったと思っていたが、どうも水面下ではバチバチに(何をとまでは分からないが)やり合っていたらしい。その辺りの事情が関係しているのかもしれない。それなら納得できる。その辺りの事情が分からないのは、なんだかんだどこにも属さずふらふらとしていた、言わば中立だったからだ。


「あ、もう少ししたら来るみたいだよ。ほら、一人来た」


 そう言って那由多山が顎で指した暗い校門の方から、一人の女性が歩いてくるのが見えた。利発そうな目元に、まとめ上げられたキャメルイエローの髪。夏だというのに、白いカーディガンを羽織っている。


「高君! 久しぶりー!」


 よく通る声で彼女はそう言った。その声でようやく誰だったか思い出す。森永ユカもりながゆか、僕と同じクラスで顔も声も可愛いみんなのマスコット的存在だった子だ。僕自身は特に話すことは無かったが、男子うちで話す際に話題に上がることが多かった気がする。まぁ、ちょっとした性格上の問題もあったしそちらの意味でも有名人だった。それに私服が可愛いことで有名だった。今日も可愛らしいレースがふんだんに使われたブラウスに薄ピンクのスカートを合わせている。


 森永は入り口側にいた僕を素通りして那由多山の方へ行く。ピリつく心にそもそも認知されていたかすら怪しいし、これは仕方がないのだと言い聞かせておく。


「久しぶりー、元気そうで何よりだよ」


「うん! ユカも高君が元気そうで嬉しいな」


 レースの付いた短いスカートをふわふわと揺らしながら森永は笑った。


「あら、森永さんじゃない。久しぶりね」


 凛とした声にハッとして振り返れば、小倉柊子おぐらしゅうこが立っていた。短い小豆色の髪を揺らしながらニコニコとしている。確か高校時代は陸上部で部長をしていた。胸元が大きく開いた服を難なく着こなすスタイルのよさは健在のようだ。細く綺麗な眉がこちらを見て下がる。柔らかく微笑む小倉のその顔は、高校生の時とは違った魅力を持っていた。


「三笠君も久しぶり。那由多山君から誰か呼ぶとは聞いていたけど、三笠君でよかったわ」


「え、あ、そ、そう?」


「那由多山君も元気そうで何よりだだわ。また色々とお話しましょうね」


 そう言って小倉は那由多山の手を取り微笑む。


「あ“……?」


 ガラの悪い声が聞こえた気がするが、聞かなかったことにする。森永に小倉、こう来るとそろそろ嫌な予感がしてくる。那由多山からは今日は僕を含めて五人で肝試しをすると言われていた。あと一人、誰が来るのだろうかと微妙な緊張感を抱えつつ校門の方を見る。


「お、来た来た。おーい、巻目さん!」


 那由多山は最後のメンバーにいち早く気が付いて声をかけた。その人は駆け足でこちらへやってくる。


 均整のとれた顔立ちに、きめ細やかな黒髪。最後のメンバーは巻目せつなまきめせつなだった。巻目はクラス長や生徒会など真面目な役回りをこなしていたイメージがある。森永のように話題に上がることは少なかったが、その真面目さ故かクラスの皆から信用されていた。成績も学年トップで、非の打ち所がない深窓の令嬢……といったところだろうか。


「……あ、す、すみません、久しぶりだったもので寄り道しちゃって遅くなってしまいました」


 巻目はそう言いながらぺこりと頭を下げる。


「いいよいいよ。なんだかんだ集合時間ぴったりだし。俺は気にしないよ」


「それは……よかったです。森永さんも小倉さんも三笠さんもお久しぶりです。よかった、お元気そうですね」


 遅刻した申し訳なさからだろうか、巻目は額の汗をハンカチで拭きながらまたぺこりと頭を下げた。相変わらず所作が丁寧で綺麗だ。


「うん、みんな元気そうでよかったよ」


 巻目と共に頷きながら改めて集まった人を見る。


 今回の声かけ役の那由多山高。森永ユカに、小倉柊子、そして巻目せつな。そして、何故かこの場に呼ばれてしまった僕こと三笠冬吾。正直こんな面子で肝試しなんて考えたこともなかった。集まるだけならともかく、肝試しだなんて。そう思わざるを得ない。


 そして、このメンバーを見てなんとなく自分が呼ばれた意味も分かった。


「んじゃ行こっか」


 僕らは揃わない足で夜の廃校に一歩踏み出した。



 僕と那由多山が懐中電灯を持ち、正面玄関から学校の中に入っていく。先頭は那由多山が、殿は僕が務めることとなった。暗闇に飲まれた学校は、想像以上に不気味で静かだった。虫の鳴き声でもしていればよかったのに、今は自分たちの息遣いと足音しか聞こえない。この学校は木造二階建ての校舎が二つある。東館と西館に分かれているのだが、今回入れるのは西館だけらしい。東館は崩壊している箇所があるから入ってはいけないと言われたそうだ。


「ここってどういう噂があるんだっけな……」


 ポツリと呟いた声はすぐに暗闇に吸い込まれていった。懐中電灯を持っていても、視界が狭く感じるせいで喋っていないと逃げ出してしまいそうになる。小さな独り言だったが、小倉がそれを拾った。


「あ、私知ってるわ。なんだったかしら、確かね……廊下を何者かが歩く音がするっていうやつだったかしら」


「それ俺も聞いたことあるなぁ」


 小倉がわざとらしく那由多山に身を寄せた。たわわな二つの山があいつの腕に当たる。胸元が大きく開いた服のせいで、それが寄っているのがよく分かった。なんというか、けしからん。別に羨ましいとか思ってはいないが、僕の居辛さを感じ取ってはくれないだろうか。


「え、那由多山さんそれが目当てじゃなかったんですか?」


「うん。お目当ては別なんだよね……二階の理科室の標本が動くっていうやつなんだけど」


「えぇー……そんなにいっぱいあるの……?」


 不安そうに森永が呟く。森永は学校内に足を踏み入れてからというものの、那由多山にくっつきっぱなしだ。田舎特有の涼しい夜だが、長袖を着て人にくっついていたらさすがに暑くないだろうか。


「あの、今何か音がしませんでしたか?」


 僕の目の前を歩いていた巻目が急にこんなことを言った。控えめに、不安そうにそう言うものだから、全員がその場でぴたりと足を止めた。


「音って……どんな?」


 小倉が巻目に訝し気に問いかける。巻目はきょろきょろと辺りを見回して、


「木が軋む音ですけど……今はしてない、ですね……」


 とこれまた不安そうに答えた。最初から嫌な予感がしてならないな。そう思った僕の耳にも、暗い廊下の奥からぎぃぎぃと木が軋む音が聞こえた。


「え……本当だ」


「今のは俺も聞こえたな……」


 小倉を除く僕ら四人は辺りを見回すが人の気配どころか風すらない。変に沈んだ空気の中探索は続行された。



「あ、しまった。理科室の鍵預かってたのに落としてきたかも」


 しばらくして、不意に那由多山が声を上げた。僕らは全員で二階に上がり、理科室の一つ手前の探索をしていた。


「え、じゃあ戻らないといけないよな?」


 出鼻をくじかれた感じになり微妙な空気が流れる。正直みんなみんな戻るのなら帰りたいと思っているのだろう。特に誰が行く、などという提案はない。少しばかりの間押し殺すような静けさが訪れる。


「じゃあ……三笠君よろしくね!」


「えっ」


 森永の提案に驚いて思わずそちらの方を見てしまう。森永はと言うと、顔の前で両手を合わせあざとくウインクしながらこちらを拝んでいた。ちょうど那由多山からは見えない角度で、だ。コイツ。


「じゃあ俺も……」


「えー! 高君はここにいてよー!」


 それを分かっていたのか、それとも那由多山の良心か彼が一緒に行くと言おうとすると、森永はその手を掴みあざとくねだる。これじゃ那由多山は動けそうにない。


「じゃ、じゃあ誰か……」


「でも二人で残すのはあまりよくないのではないでしょうか……」


 最後まで言い切らなかったものの、小倉は確実についてこないなと思った。言葉には現れていない圧を感じる。


「……ソウダネ」


 僕一人で動くのもよくないと思うんだけどな。てか二人で残してマズいのは好感度の話だろ。そう思い切り突っ込みたかったが、あの女子二人に突っ込むのはハードルが高すぎる。女の意見に変に反抗すると怖いことを、僕は姉から学んでいたので黙った。


「じゃあ……まぁ……」


 仕方がないので一人で行ってくると提案しようとしたその時、その声を遮る者がいた。


「あの、さすがに三笠さん一人は危ないと思いますし……私が一緒に行きます」


「ま、巻目さん……!」


「ありがとう巻目。やっぱり頼りになるな。何かあったらすぐ逃げてね」


 那由多山が巻目に微笑む。心なしか残り二人の突き刺さるような視線が巻目に向いている。ここで別行動ができるのはある意味幸運なのだろう。この空気は女同士のゴタゴタが苦手な僕にとって、あまりにも不味いからだ。それに、巻目がついて来てくれるのも助かったと思った。言い方はよくないが、この中では那由多山の次にマシな部類だと思っているからだ。


「じゃあちょっと見てくる」


「三笠もありがとう。たぶん一階の職員室で驚いた時に落としちゃったんだと思う」


「あー……分かった。パパっと探してくる。無かったら電話する」


 そう告げて暗い廊下に出る。



「……森永さん、鍵わざと落としてませんでした?」


「え?」


 急に巻目が喋り出したことにも、その内容にも驚いて足を止める。巻目は暗い窓の外を見ながらぽつりぽつりと話し始める。


「私見たんです。二番目に入った教室で森永さんが那由多山さんから鍵をくすねてたところ」


「ま、マジか。僕は全然気づかなかったな……」


 森永は小倉と共に那由多山を挟んでいた。ずっとくっついていたし、僕が見ていた時は森永が那由多山から離れることは無かった気がする。それをずっと見るのもなんだかなと思って僕はほとんど窓の外や足元、後ろなど前方以外を見ていた。巻目は前から四番目、つまり僕の前にいたがよそ見をするようなことは無かったのだろう。


「それを女子トイレに投げ入れていたのも見ました」


「……」


 なんとなくその行動の意図が読めた僕は思わず黙り込む。なんというか、強かだなと思った。結果望む展開になっているのだから本当に強かだ。可愛い顔をしてなかなかやる。


「じゃあ、鍵は女子トイレってこと?」


「そうですね……その後戻ったりもしていないので変に飛んで行ったりしていなければ女子トイレにあると思います」


「女子トイレねぇ……」


「廃校ですし大丈夫ですよ」


 そこは私が、と言ってくれるのを期待したのだがそう簡単にはいかないようだ。懐中電灯は僕の持っている一個しかないし、しょうがないのだろうが。


 そんなこんなで後者の一番端にあるトイレに着く。女子トイレはさらに奥で何とも言えない嫌な雰囲気が漂っている。


「えと、どの辺?」


「そうですね……結構振りかぶっていたのでやっぱり奥の方、でしょうか」


「んー……手前だったらよかったんだけど……」


 そう言いながらトイレに入る。内装はよくあるタイル張りだ。個室が三つ右側に着いている。ドアは何故か全部開いているがわざわざ覗く必要もない。手前から床を注意深く照らしながら鍵を探す。床の上には虫の死骸しかなかった。が、鍵は見つかった。


 ……排水口の中に。


 鍵を見つけた巻目は困った顔をしてこちらを見る。


「あー……これは……」


「ちょっと、取れそうにありませんね……掃除用具などは全部回収されているみたいですし」


「そうなの? うーん電話だなぁ」


 ため息をつきながら那由多山に発信する。しかし、流れたのは「お客様の使われた電話番号は……」という音声だった。


「あ、あれ?」


「どうしました?」


「それが、なんか電話かからなくて」


「え? 電波が悪いとか、番号を間違えたとかではなく?」


「うん。だって昨日この番号でかけて集合場所とか決めたし……登録してるから間違ってるはずないんだけど……とりあえず戻ってみる?」


「そうですね。あとの二人はともかく心配です」


「そ、そうだね」


※※※


 と、いった具合に僕と巻目は急いで二階まで戻ったのだが、三人は見当たらなかった。仕方なく二人で外出ると、小倉が校庭の端で座り込んで震えていた。どうしたのかと訊いてみても首を振るだけ。結局巻目がタクシーを捕まえてとりあえず家まで送ってくれると言ったので任せた。僕は小倉の家は知らないし、送るのであれば同性の巻目の方がいいと思ったからだ。結局あの夜から那由多山と森永とは連絡が取れない。森永は電話番号すら知らなかったが、頑張ってクラスメイトたちから聞き出した。それでも二人の行方は分からずじまいだった。


 恐れをなして二人だけ逃げて帰ったというのなら全く、いやちょっとは気にするがそれでも無事ならいいのだが。


 そんなことを思いながら散歩をしていた僕の目に、角で立ち話をするある人がとまった。


「あ、な、那由多山…………?」


 そう、それは僕がよく知るあいつだった。賢そうな目元に、後れ毛の長い柔らかな黒髪。人の好さそうな笑みを浮かべて老婆と話すその男は、紛れもなく那由多山だった。間違えようのないその顔をまじまじと見る。


「………………は?」



 そこでようやく僕は違和感に気が付いた。あの日、あの場所で一緒に肝試しをしたのは那由多山ではなかったのだ。今思い返せば、明らかに違う人なのに僕はいや、僕らは那由多山高そのものだと思い込んでいた。なんだったら肝試しの前日の同窓会で会ったのも、この那由多山ではなかった。


 じっとりと背中が濡れるのが分かった。そんな様子のおかしい僕に気が付いたのだろうか、それとも、単に僕がいることに気が付いたのか。那由多山は嬉しそうにそして柔らかに笑いながら、こちらに手を振りこう言った。



「あ、三笠君。久しぶり、元気だったかい?」


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