恋の発展はスイーツで

作:かおる


 真夏が過ぎ去り、涼しくなってきた登校中、双葉が突然俺の肩を叩いてきた。

「ねぇ! 聞いてよ! 夏休みに予定してたスイパラウイルスが原因で行けなかったんだけど! めっちゃ萎える!!!!」

「……そうか、それは残念だったな」

「はぁ~、すごい楽しみにしてたのに……色とりどりのスイーツいっぱい食べたかった……」

 双葉とは中学から一緒で俺が想いを寄せている相手だった。肩を落としている彼女に何かしてあげられることはないかと登校中ずっと考えていた。



「手作りケーキでも作ってあげたらいいんじゃない?」

 弁当を片付けながらそう提案した奴、慧人は小学校からの親友だ。今いる場所は屋上で、ほかの生徒も来ることができるが、肌寒くなってきたこの季節では俺たち以外に来る奴はいない。

「手作りって何を作ればいいんだ」

「そうだなぁ……これとかどう?」

 慧人が見せてきたのは簡単なパウンドケーキというものだった。混ぜて型に入れて焼くだけ! と書いてあり、俺でもできそうなものだった。

「これなら冬二でもできそうでしょ。材料混ぜて焼くだけ! 家行って教えてあげよっか?」

「……頼んでもいいか」

「任せなよ! 僕と冬二の仲だろ! 今日の放課後にスーパー寄って材料買いに行こ!」

 予鈴のチャイムが鳴り、俺たちは教室へと戻った。戻る最中、俺が作ったケーキを食べる双葉のことを想像して、自然と頬が緩んだ。



 双葉に今日は慧人と帰ることを伝えると彼女は友達のところへ行き、どこか遊びに行こうと話していた。慧人と材料を買いに行くと、クラスメイトがいた。彼らは俺のことを見つけるなりにやにやとした顔でからかってきた。からかわれた中で一番引っかかったのは男がケーキ作って気持ち悪い、と言われたことだった。なぜ好きな奴のために作るのが気持ち悪いのか、そもそもなんでかごに入っているものでケーキを作ると判断できたのだろうか。疑問を口に出していってやるとそいつらは顔を赤くして逃げていった。

「冬二って無自覚でこういうことするよねぇ……」

 慧人がそうぼやいていたが、気にせずに会計を済ませ、俺の家に向かった。家に帰ると、母さんはまだ帰ってきていなかった。慧人に早く作ろうといわれて制服のまま作業することになった。慧人に指示を仰ぎ、何回か失敗しながらも調理を進めていく。混ぜた生地を型に入れ、オーブンで焼き始めた後はリビングでゲームをしている慧人の近くに座って俺は勉強を始めた。その数分後に母さんが帰ってきて、キッチンを掃除するのを忘れていた俺は怒られる羽目になった。慧人は先ほどスーパーで買っていたのだろうお菓子を母さんに渡していた。

「双葉ちゃんにあげるの?」

 母さんに聞かれて驚いたが、すぐに平常心に戻った。俺が双葉のことが好きなのを母さんは知っているからだった。

「まだ練習中」

「そう、がんばりなさいね」  

 キッチンを片付けていると制服にも少し粉が飛んでいるのを見つけ、それをきれいにしていると焼きあがった音が聞こえた。型からケーキを取り外すと横から慧人がのぞいてくる。

「初めてにしては上手なんじゃない? カットして食べてみようよ!」

「食べるのか?」

「教えたあげたお礼ってことでいいでしょ! あと食べきれないでしょ?」

「……確かにそうだな」

 カットしたものをお皿に盛ってリビングへもっていくと匂いにつられたのか、母さんまで食べに来ていた。初めて作ったパウンドケーキは少し焼けていないところがあったり、焦げたところがあったりしたが、味は良かったと慧人に言われた。三人で食べると一瞬でケーキはなくなった。半分は慧人の胃に収まった。



「冬二からなんかケーキの匂いしない? 私の気のせい?」

 翌日の登校中、双葉にそう聞かれて心臓がきゅっと何かに掴まれた気がした。

「……あぁ、昨日慧人が俺の家でパウンドケーキを作っていたからな。その匂いがうつったんだろう」

「え! なんで呼んでくれないの! 慧人君が作ったんなら絶対美味しいじゃん!」

 私も食べたかったと俺の背中をぽかぽかと殴っている双葉を何とかなだめて学校についた。板書をノートに書きながら、さっきの双葉の発言を思い出し、ふと考えた。双葉は俺が、素人が作ったケーキなんて食べてくれるのだろうか。少し不安に駆られたが、考えても無駄かと思い、授業に集中した。昼休み屋上へ行くと何やら袋を持った慧人が手招きしていた。隣に座り、袋の中身を聞くとラッピングだという。

「そりゃあちゃんとしたもんで渡さないとね! こういうことに関しては僕が手伝うから、冬二は上達することに専念しなよ」

「ありがとう慧人、助かる」

「いーえ、友達が困ってるんだから当然でしょ、あ、家行きたいけどこれからは一人で作ってみなよ、残ったら僕が食べるからさ」

「昼休みに食べるのか?」

「そうじゃなかったらいつ食べるんだよ」

 それもそうか、と返し、弁当を食べ始める。母さんは朝早くから仕事に出かけるので俺が自分で作った弁当だ。いつも横から箸が伸びてくるので多めにいつも作っていた。

「たまごやきうまいね、いつから作ってるの?」

「……たしか、中学生からだな、簡単なものを作れるようにと思ってやったのが最初だ」

「塩と砂糖の分量間違えてめっちゃしょっぱくなったやつだっけ」

「あぁ、残すわけにはいかなかったし、気合で食べた」

「ケーキで塩と砂糖間違えたらだめだからね?」

「それはない。……と、思う」

 弁当を食べ終わり、二人でしゃべっていると予鈴が鳴った。今日も頑張ろうと思いながら教室へと戻っていった。



 あれから1週間がたって、毎日慧人に余ったものを押し付けているともう十分美味しいから早く双葉に渡しに行けと言われた。その日は慧人と二人で家に帰り、ケーキをラッピングする作業を手伝ってもらった。普段ならゲームをして待っていると思ったのに、慧人は俺がケーキを作っているのを観察していた。

「……冬二」

「なんだ」

「お前さぁ、もうほぼ職人の域じゃない? 僕でも生地そんな綺麗になんないけど」

 慧人が声をこぼしたのは型に入った、だまの一つもない生地を見た時だった。俺は手慣れた動きでオーブンに入れて焼き始める。最初と比べて粉は一切落ちていないし、生地が周りに飛び散ってもいない。

「冬二って一つのこと極めたらすごいことになるよね、なんか好きなこと極めたりしないの?」

「今はないな。将来何かあるかもしれないが」

「そっかぁ。んじゃいろいろ持ってきたから好きなラッピング選んでよ。冬二が好きそうなやつ持ってきたよ」

 慧人が机に様々なラッピングの袋を広げていく。その中から直感で袋を手に取った。その柄は特に変わったところもなく、シンプルなものだった。

「やっぱりそれ選ぶと思った。それだけにしようかなって思ったけどいろいろあるのもいいなぁって思っていっぱい持ってきたんだよ」

「そうか、ありがとな」

「それよりすごいチョコのにおいするけど」

「あぁ、双葉がチョコ好きだからその味のほうがいいかと思ってな」

「ほんとに好きなんだねぇ、僕にもそんな相手いたらなぁ」

 他愛のない話をしていると焼きあがった音が聞こえる。二人でキッチンに向かい、オーブンから型を取り出し、パウンドケーキを型から外した。形が崩れないように丁寧に切り分け、お皿に盛る。

「熱くないの?」

「もう慣れたからな」

「そっか、でも気を付けなよ? 怪我したらだめだよ」

「あぁ、わかってる」

 ほこりをかぶらないようにラップを緩くかけ、冷めるのを待つ。

(ほんとは型から外さずに冷ましたほうがいいんだけど……頑張ってるし、言わないでおこう)

 慧人がそんなことを考えているとは露知らず、俺はケーキが冷めるのを待った。意外と長い時間待っていたかもしれないし、短かったかもしれない。

「てかさ、思ったんだけどいつも一緒に帰ってたのね、今日となり行って双葉ちゃんに僕と一緒に帰るって言ったのびっくりしたんだけど」

「そうだな、行きも帰りも一緒だ。中学の時にクラスで一人浮いてた俺に話しかけてきたんだ」

「そういや言ってたね。僕あんまり知らなかったし、冬二も双葉ちゃんのこと話さないから高校上がるまで君に話しかけた人ってぐらいの認識だったんだよ」

「話してなかったか?」

「うん。まぁ冬二の性格からして詮索されるのも嫌でしょ? だから聞かなかったんよ」

「……そうか、別に慧人なら話してもよかった」

「え~? うれしいなぁ僕のこと信頼してくれてるじゃん」

「親友だからな」

「……それは不意打ちじゃんずるいってぇ……」

 隣で崩れ落ちた慧人を横目に、冷めたパウンドケーキに粉砂糖を軽くふりかけ、慧人を引っ張ってラッピングを手伝ってもらう。袋に二つケーキを入れて袋を閉じる。

「ケーキめっちゃきれいだね。これなら喜んでくれると思うよ?」

「……だといいんだが」


 これを渡すのは明日の帰りにした。黙々と片づけをしていると手にケーキを持った慧人が話しかけてきた。

「冬二はさ、双葉ちゃんに告白とかしないの?」

「……こく、は、く?」

「おい急にばぐるな。冬二は自分の想い伝えなくていいの?」

「……双葉は、俺のこと好きじゃないだろう、迷惑をかけるだけだ」

(好きでもないやつと一緒に登下校共にするなんて僕絶対嫌なんだけど。やっぱり○○昔から鈍いよね)

「そっか。後悔だけはしないようにね」

「……あぁ」

 双葉が慧人以外の男と仲良くしているところを想像すると、それだけで嫌な気持ちになったが、想いを伝えようとまでは思わなかった。



 そして、翌日。いつも通りに二人で登校して、慧人と屋上で昼休みを過ごして、双葉と帰ろうとクラスに行ったとき、双葉は男のクラスメイトと話していた。今から一緒に遊びに行かないかという誘いだった。双葉がその誘いを聞いて笑っているのを見て何かが小さく割れるような音がした。その場から離れて一人になれるところを探した。たどり着いた場所は屋上で、風がいつもより強い気がした。ぽたりと地面に水が落ちる。雨でも降っているのかと思ったが、それは空からではなく俺の目からあふれていた。そこで気づいた。さっきの割れた音は俺の恋心が割れた音だった。



 一人で屋上にいると、いつもより自然の音が耳に入る。空はもう赤く染まりかけていて、夕焼けが綺麗だった。かばんに入っているケーキを思い出し、中から取り出した。慧人の言うとおり、伝えるだけでも伝えておけばよかったと思った。今頃双葉はあの男とどこかで遊んでいるのだろう。ここにいても何も起こらないと思い、振り返るとその先にある扉が開いた。そこにいる人に目を見張る。そこにいたのは双葉だった。俺の姿を見るなり、手を膝について肩で息をしている。どうしたんだと思い近くに駆け寄ると、頭をぺちっとたたかれた。

「こんなとこで何してんの。さっさと帰ろ」

「……あの男と、遊びに行ったんじゃないのか?」

「誰のこと?」

「……さっき、誘われていただろう」

「あー、めんどくさいから断ったよ。それより私に渡すもの、あるんじゃないの?」

 双葉の視線が手に持っているケーキに落ち、その視線は再び俺のほうへと戻る。その時の双葉は、俺がいつも見ている笑顔を浮かべていた。

「ほんと、冬二はばかだよね、私が好きでもないやつと毎日一緒に登下校するわけないでしょ」

「……どういう、ことだ、?」

「鈍いなぁ、遠回しに冬二のこと好きって伝えたんだけど、やっぱりストレートに伝えたほうがわかりやすい?」

 双葉が何を言っているのか理解ができなかった。双葉が俺のことを好き?

「冬二。好きだよ。私と付き合ってくれる?」

「……っ!?」

「あはは! 顔真っ赤になってるよ?」

「っ、ぇ、そ、れは、ほんとう、か?」

「嘘言わないよ。中学の時からずっと好きだよ」

「……そう、か、っ、双葉」

「何?」

 大きく息を吸い込み、鼓動を落ち着かせる。顔はまだ熱いままだが、今どうしようもなく想いを伝えたいと思った。

「……俺も、双葉のことが、好きだ」

「……やったね、じゃあ、早く帰ろ? 冬二の家でケーキ食べたいな」


 俺の返事を聞いた双葉は夕日に照らされて顔が赤くなり、照れているように見えた。

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