救済
作:たすく
ふいに意識が浮上して、緩やかに開いた瞳は午前二時を確認する。起きて何かしようとも思えず、かといって今から寝直そうと思っても眠れない。いつもと何一つ変わらない天井をぼんやりと眺めて時間を潰す。
ぼうっとしているだけで色んな音が鼓膜を刺激する。いつもよりも大きく聞こえる時計の音を筆頭に、音は競うように鳴り響く。それは鳥だったり、走っている車だったり。道で騒いでいる人の声、そして雨。
外から聞こえる鳥の鳴き声も、車の走る音も。皆大きい音では無いのに気になってしまう。どこかで鳴ると神経を尖らせて聞いてしまう。
その内に近所の家から生活音が流れ出して耳を塞ぐ。他の人は気にしないようなその音を、私の耳はご丁寧に拾いあげる。窓を開ける音だとか食器を洗う音だとか。そんなものが一気に流れ込んでくる。
うるさい音の喧嘩を止めるようにアラームが鳴り響く。時計は七時を回るところで、ようやく重い体を起こす。起き上がった視界に入って来るのは散らかった部屋。休日だからと楽になっていた気持ちも、一気に辛くなる。
片付けなんて小さい子でも出来るのに、それすら出来ない自分に呆れてしまう。出したら元の場所に戻すという、ただそれだけのことがどうして出来ないのか。思考と行動のギャップがイライラする。
何か作ろうかと台所に立つも、特におなかもすいておらず駄目だとは思いつつも朝食を抜く。
課題を開いても何となくやる気も出ず、期限が先だからと横に置いた。
いつも通りパソコンを開いて、ニュースなんかを適当に流す。ここ数日は毎日のように同じことばかりで、すぐに切り替えてしまう。
前まで面白いと思えていた動画もなんだかつまらなくて、何か別のものはないかと検索を繰り返す。
次々と流れる動画をただ眺める。時間を潰すためなら別のことをすれば良いのにそうしない。本当に無駄な人間だ。
空腹を感じて時計を見るとすでに一時を指していて、面倒ながらも台所へと向かう。かと言って何かを作ろうとも思えず、冷蔵庫をあさる。結局スープをお湯に溶かしたものだけで食事を終えた。たったそれだけしか食べていないのに、満足してしまうから不思議だ。
そうしてまた動画を眺める作業に入る。ひたすら面白いと思える動画を探すも、何だかそれすらも面倒になってしまう。
急に瞼が重くなり、机に突っ伏した。
机で寝たせいで体中が悲鳴を上げる。ちょうど外で鐘が鳴って、三時を告げる。いそいそと冷蔵庫を開けてお皿を出した。
土曜日の午後三時には美味しいものを食べる。ケーキだとかクッキーだとか。私が美味しいと思えるものを準備して食べるのだ。このために一週間を乗り切るのだ。
カップに紅茶を注いで、ケーキを皿に盛りつける。
照明を受けてつやつやと輝く緑と紫の宝石。山なりに盛られた二色の葡萄は白いクリームの上でその存在を主張している。
そっと手を合わせてからフォークを手にする。
ふうわりとしたクリームはフォークでいとも簡単に分かれていく。上で葡萄が落ちそうになるのを必死にコントロールしながら、一口ずつその幸せを噛みしめる。甘いクリームと少し酸っぱい葡萄が良い具合に調整し合っていて、この店はまた行こうかな、なんて目標を作った。
甘いものは現実から逃がしてくれる。何も出来ない私を、静かに癒してくれる。毎週のように甘さを求めてしまう。
はらはらと涙がこぼれる。特に悲しいことも無かったし、気のせいだろう。
ケーキを頬張りながらそう結論づける。
ついでにメールでも返しておこうかと画面を開けば、何件もの着信がありうんざりする。時間をおこうかとも思ったが一週間ほど放置していたものを見つけてしまい、メモを手にした。
メールを読んでその返事を推敲する。何度も迷って決めたはずなのに送信を押すのが怖くなる。押した瞬間の心臓はいつもバクバクと言っていて、すぐに反省会を始めてしまう。一通一通にそんなことをしていれば時間がかかって仕方ないのにやめられない。
すべてのメールを返す頃には夕方になっていて、五時を告げる鐘と、子どもの走る声が聞こえる。
夕飯代わりにとケーキと共に買ったミルク寒天を取り出す。仕方ない。甘いものを買うともう一つ欲しくなってしまうのだから。おなかが空けば何か作ろう。
皿に出そうかとも考えたが、手ごろな大きさのものが無いのでそのままスプーンを刺した。フルフルと踊る寒天を見ればまた別のものが食べたくなる。来週は何を食べようか、と考えられるぐらいには落ち着いた思考はこの時間だけのものだ。
食べ終わったパックを流しに置く。散らかった流しは見なかったことにしてニュースを流した。
針が十時を指す。いつも机に置いてある薬を一粒手に取り、流し込む。
明日こそは有意義に過ごそう、とできもしないことを思いながら眠りに落ちる。今週も良い一週間になった。
一時の幸せのために、憂鬱を繰り返す。
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