宝来文学二二四「学祭特別号」

奈良大学 文芸部

お菓子戦争

作:かえる


 戦争は激化していた。

 至る所で銃声が鳴り響き、幾重もの足音が聞こえてくる。そこかしこで兵士たちの怒号が飛んでいた。銃弾や大砲の弾よって、地面は色や形をすっかり変え面影をほとんど残していなかった。

 何十回、何百回と繰り返されてきた戦争は、とうに三桁を超えている。そして幾度となく形を変えながらも長きにわたって続いてきたコレは、未だ終わる気配を見せない。

 いや、正確には違う。

 何度も決着はついているのだ。

 しかし、すぐに新たな戦争が起こってしまうのが現状なのである。

 止めても止めても終わらない。休憩することも許されず、若かろうと歳をとっていようと関係なく、多くの兵士たちが戦場へと駆り出されていった。

 そして今、三つ巴という形で実に千五百三十四回目の戦争が行われていた。


「エクレール様。ヤマト軍はやはり新たな兵器を用意しているようです。こちらも準備したものを使いますか?」

 クリーム色の髪を持つ、己の優秀な部下を見下ろしながらエクレールは思考を巡らせていた。

 今回のヤマト軍の将は、これまでいくつもの勝利を重ねてきた『ヨフネ』だと偵察隊から連絡が届いている。

 様々な武器・新たな兵器を用いて戦うヨフネに対して、こちらが出し渋っていたらあっという間に呑まれてしまうだろう。それで勝てるような相手では無いことぐらい分かっていた。

「そうですね。こちらも出し惜しみをしている余裕はありません。リュイール、各人に通達を」

 返事をしたリュイールはすぐさま出ていった。もう一軍は、と思い声を飛ばす。もうそろそろ帰ってきているはずだ。

「ラヨネ!」

「はい、ここに」

 白銀の髪を靡かせながらラヨネは頭を垂れる。

「イタリアーナ軍はどうなっていますか?」

「特に大きな変化は見られません。兵士たちの士気が高いままであることやその他偵察部隊からの報告も鑑みると、今回はクレマ公が指揮を取っていると思われます」

「やはりクレマ公でしたか………。少々厄介ですね」

 クレマ公の指揮する軍は兵士たちの士気が落ちないことで有名であった。心を折ることが難しく、また膝をつかないという耐久力の高さは中々に厄介なものだ。

「イタリアーナ軍には少し兵を割きましょうか」

 ポツリと呟く。

 チョコレートブラウンを翻し、兵士たちへと指示を飛ばした。

「他の者は物資の補給を!終わり次第第三部隊は大砲の用意。トネールの者はヤマト軍に備えなさい。第一・二部隊はその援護を。第四・五・六部隊はイタリアーナ軍の方へ行きなさい! 急ぐ必要はありません。分かっていると思いますが、決して気を緩めずに。戦いはもうすぐそこです」

 今回の戦争は三つ巴の戦い。さらに相手は百戦錬磨のヨフネと兵士の減らないクレマ公。ヨフネは新しく兵器を用意してくる可能性が高く、こちらの兵器を解析はする必要など無いだろう。クレマ公はいつまでも変わらないあの笑顔の裏に、いったい何をを隠していることやら。今回は、推測のしにくい要素とにかくが多い。

 一斉に首を垂れる兵士たちを見やった後、今は静かな戦場へと目を向ける。その目は遠くではためく二つの旗を見据えていた。



 曇天の下、自分の部下の報告を聞きながら夜船は静かに目を閉じていた。

 ひゅるりと風が吹く。バサリと旗が揺れ、ガサリと木々が揺れた。

 そして音が止んだ頃、ゆっくりと面を上げた。

「なるほどなぁ。エクレール嬢とクレマ公か。ちと厄介だな」

「どうします?お頭」

 エクレール嬢は将の中じゃ若い方ではあるが、中々に先見の明がある。こっちに新兵器があることは既に知られていると見ていいだろう。ついでにあの部隊もある。クレマ公があのニコニコとしたツラの裏に逸物隠しているのにも、さすがに気づいているはずだ。

 等のクレマ公はあの話術で兵士たちの士気をいつまでも高く保っている。裏で何考えてんのかは知らないが、あっちもあっちでなんかやってるはずだ。

「いつも通りだ! いつも通り」

 そう考えつつも、その返答は日常会話のように落ち着いたものであった。

 恐ろしく強いという精鋭部隊も減ることのない兵士も、そりゃあ厄介なこったろう。それもこの上なく。

 だが、それがどうした?

「お前は、俺たちがあいつらに負けると思うか?」

 目の前の部下たちに問う。

「何言ってんですか?」

 意味がわからない、というような顔をして答えた。

「俺たちが負けるわけないでしょう?」

 そして、疑いもなく当然のように言った。周りに控えていた他の部下たちの顔を見回す。誰一人として『負ける』と思っているような奴はいなかった。

「俺たちの頭はアンタなんだから」

 そう言い切った顔にはむしろ、意気盛んな笑みが浮かんでいた。

「ああ、そうだな」

 ふっと笑って立ち上がる。

 畏怖される攻撃部隊?倒れない兵士?

 それが何だ。

 それがどうした。

 この軍を率いているのは俺だ。幾つもの戦場を駆け、数多くの勝利を重ねてきた夜船が率いてんだ。

 負ける理由などあるはずがない。

「テメェら準備しろ!」

「「「「おう!!」」」」

 怒号のような返事が返ってくる。その勢いにニヤリと笑って外套を翻した。

「もう、すぐだ」



 曇天の中、その天気に似合わず兵士たちは明るい雰囲気で楽しそうに騒いでいた。その輪の中心で、誰よりもニコニコと笑いながら周りにいる兵士たちを見上げる。

 兵士たちは皆、似たようなことを口にしてゲラゲラと笑っていた。

「公爵様のお導きによって我らは必ず勝利を掴むでしょう!」

「公爵様のために我々一同、身を粉にして働く所存でございます!」

「公爵様万歳!」「公爵様万歳!」


「「「公爵様万歳!!」」」


 ニコニコとしながら眺め続けているとふっと急に影が落ちてくる。

「どうされましたか? 公爵様?」

 顔を上げると戦時中だということを忘れているように見える兵士が、ドリンクを飲みながら話しかけてきた。

「いいえ。なんでもありませんよ」

 再びニコッと笑みを作って返答する。

 少し声が落ち着いてきた頃を見計らい『失礼』と言ってスッと体を抜けさせた。少し離れようと思い動く。


「私は少し現状報告を聞いてきますので、皆さんはまだ休養していてくださいね」

 すると不思議そうな顔をして兵士が話しかけてきた。

「そんなこと、後でも構いませんでしょう?」

「いえ皆さんの命を預かる身ですから。しっかりと状況を把握しておきませんと、皆さんに何かあった時御家族に顔向けできません」

 はらりと涙を流す。すると兵士たちは『なんと慈悲深いお方だ!!』という表情をしてここから送り出してくれた。

「現状は?」

 スタスタと歩きながら音もなく側についたヴェネトに声をかける。差し出してくるタオルで体を拭きつつ思考は止めない。

 タオルについた汚れを見て顔を歪める。

(あの能無しどもが。食べかすやら唾やらを飛ばしてきて、汚いったらありゃしない。おまけに汗臭いし、匂いが移ったらどうしてくれるのでしょう?

 そもそも情報確認を後回しにするなんて、何を考えているのでしょうか?情報がなければ動くことが出来ないということがわからないのでしょうね)

「将はエクレールです。アンナトン軍は忙しそうに走り回っていました。明日の準備をしているのでしょう。大砲が運び出されており、軍隊の移動を始めていました」

「あの小娘ですか」

(厄介な)

 思わず顔を顰めた。

(小娘は私有の軍隊として、あのトネールを抱えている。アレは無視出来ない。なんと面倒くさいことでしょう)

 考えれば考えるほど顔が歪んでいく。

「もう一方はヤマト軍。将はヨフネです」

「ヨフネですって?」

 驚いて思わず舌打ちが零れる。

(あの小娘だけでも厄介だというのに、よりにもよってトウエイ軍の将があのジジイとは。厄介極まりない!あのジジイがいて新兵器を準備してこないとは考えられない。必ず何か用意してくる)

「ヨフネが将であることから新兵器を準備してくる可能性が高いと思われます」

「ええ、そうでしょうね」

 心の中で兵士たちを罵倒しながら、彼らが騒いでいる場所から離れるとかなり汗臭さが遠退いて行く。涼しい風を切るようにして足を動かしていくと、少しした場所に天幕の張られた小さな空間が出来上がっていた。それをくぐり抜けると、集まっていた臣下たちがスッと礼をする。

「情報はどこまでお聞きになりましたか?」

「ここまで来る間に大方聞きました」

「どうお考えに?」

 側に臣下を連れて机上の資料に手を添える。ざっと確認し、フンっと鼻を鳴らした。

「こんなモノ兵差でどうにかなるでしょう。アレらはアホですが馬鹿ではありません。戦場を潜ってきているだけあって技術・経験だけは申し分ありませんから。脳の足りない駒は私が動かせばいい。新兵器も精鋭部隊も、莫大な戦力差の前ではゴミと同じですからね」

 クスクスと笑う。

 その笑みに安心したのか臣下たちもクスクスと笑い始める。スッと天幕をあげる。

「どこに行かれるのですか?」

「あの駒どもに少々激励でしてきてあげようかと」

「そうですか。さぞ喜ぶことでしょうねえ」

 『では』とひと声かけ今度こそ天幕をくぐった。

 風に吹かれながら戦場を見下ろす。暗い空の下、巻き上げられた砂が巻き上げられ礫が舞い上がり、頬に吹き付け髪を潜っていった。

「まったく、どいつもこいつを使えない駒ばかりで困ったものです。あの程度のことも読み取れないとは、また臣下の入れ替えをした方が良いでしょうね。使える者・信用のおける者の数が少なすぎるのは困りものです」

「また考え事ですか?クレマ様」

 後ろを振り返ることはしない。誰なのかということは分かりきっている。

「貴方みたいに察しの良い者が多ければこうも悩むことはないのですがね、ヴェネト」

「お褒めに預かり光栄です」

 ふっと笑みを零す。報告がないということは上手くいっているということ。

(本当に変わらない。相変わらず、いい仕事をする)

「貴方には期待していますから」

「……お体に触りますので、戻りましょう」

「そうですね。そろそろ密偵部隊も帰ってくるはずですし、情報の確認もしなくては」

 ゴウッと一際強い風が吹き、踏み出した足を止まらす。

 一瞥した戦場からふつふつと熱を感じた。慣れ親しんだ感覚が肌を伝わり、脳へと駆け上がっていく。

「…………」

「分かっていますよ」

 止めていた足を再びを進める。もう二度と振り返ることはなかった。 

 開戦は、もうそばに。



「晴れましたね」

 青い空を見上げる。荒れなかったことに安心するべきか、それとも…………。

「エクレール様。準備が完了いたしました」

「分かりました」

 思考の海から出て自軍を見渡し、そして戦場を見据える。

「出撃!!」

 バッと伸ばされた手は燻る戦場を指していた。


「お頭!」

 だだっ広い荒野が目の前いっぱいに広がっている。

 今にも出撃しそうな部下たちが、目をギラつかせていてニヤリと笑う。

「いくぞ!お前ら!!」

「おう!!」


「皆さん! 皆さんには私が付いています。ですから、恐れることなど何もありません。私も皆さんを信じておりますからね」

 ニコリと微笑むと雄叫びが湧き上がる。

(上手くやってくださいね。ヴェネト)

「さあ!行きましょう!!」



 こうして、戦場の火蓋は切られたのだった。



 砲弾が飛び交い、武器がぶつかり合う音が遠くで鳴り響く。砲弾が飛び出していく音が鼓膜を激しく震わせ、兵士たちの声や足音が地を揺らしていた。

「第一部隊、構え!」

 そんな中、ギギギと大砲を動かす音が幾重にも重なる。スコープを覗く幾つもの目は、鋭く砂埃の向こうで蠢く敵兵士を見つめていた。

「撃てぇ!」

 ドンッと砲弾が兵士のを頭上を飛んでいく。敵兵士の様子を見ることもなく、兵士たちは淡々と入れ替えを行なっていた。

「第二部隊、準備!」

「リュイール様。トラップ弾の準備、完了致しました!」

 バタバタと部隊長が走り寄ってくる。

「分かった」

 その間にも大砲は運び出され、着々と薄黄色のトラップ弾が装填されていく。それを横目に見ながら指示を飛ばしていく。

「第一・第二はそのまま砲撃を続けなさい。その他の部隊は第一陣が撃ち終わり次第、戦場にいる部隊と合流します。……エクレール様」

 じっと己の主君を仰ぎ見る。その目は強く意思を持って輝いていた。

「ラヨネ、ではその通りに」

「拝命致しました」

 ラヨネが命令を受け下がっていく。

「……リュイール」

「はい」

 静かに応えた。

 エクレールはその瞳の中から容易に彼女の意思を読み取り、そのまま彼女が望むだろう言葉を告げる。

「あなたに戦場での指揮権を認めます」

「拝命致しました。必ずや勝利致します」

 リュイールはサッと敬礼し、髪を翻した。そのまま、隣に控えていた薄緑色の部下に声をかける。

「第三部隊の指揮権を一時、リヒト副官に移します」

「拝命致しました」

 敬礼をした部下を置いて、彼女を待つ部隊の方へ足を止めることなく歩いていく。

「御武運を」

 風に乗せられた言葉に、彼女は僅かに口角を上げた。

「第二部隊、構え!」

 リヒトは顔を上げ、己の役割を果たすために指示を飛ばした。


 あれからしばらくするも、無線からは今だに忙しなく支持を飛ばすリヒト副官の声が聞こえてくる。

 戦場に到着したリュイールたちは、身を潜め砲弾が飛んでくるのを今か今かと待っていた。

「第三部隊、撃ち方始め!」

 一線を画す真剣なリヒト副官の声が響く。瞬間、ピリッと鋭い空気が肌を走った。一瞬、その場から音が消えた。

「撃てぇ!!」

 銃弾よりもはるかに重い音が腹の底で響く。

 頭上を超え、敵陣の上空で弾が破裂する。肉眼でも薄黄色が弾けたのが確認できた。

 今頃自陣では、双眼鏡を構えた部下リヒト副官の隣でその光景を確認しているのだろう。

「カスタード弾、着弾確認しました!」

 そう叫ぶ声が鼓膜を激しく揺らした。

「突撃!!」

 その声と同時にリュイールたちは戦場に雪崩れ込んだ。



「お頭!」

「おお!戦場に出てきたのはリュイールか。自陣は副官に任せてきたか?」

 一気に質量の増えたアンナトン軍を見据える。あの砲弾、うちのヤツにインスピレーションでも受けた感じだな、と簡単に推測する。

「おい、クレマ公の方はどうなってる?」

 振り返って部下に問う。

「はい! 相変わらず兵は減ってませんが、今のところ、うちが押してます」

「今のところ俺が出る必要なさそうだな」

 そうは口にしながらも、本人は武器を手にして今にも飛び込んでいきそうな空気を纏っていた。

「うちも出しますか? 餅爆弾。あと小豆弾」

「そうだな………」

 そう言って空を仰ぐ。答えを待つ視線が刺さる。その間もその数とは見合わないほどの敵を薙ぎ倒していく、自軍の兵士たちの姿が見えた。

「あいつらも楽しそうに戦ってるしなあ。……いや、出すか」

 その声を聞いた部下たちが四方八方に散って、忙しく準備を始めていく。

「念のために出しといても悪くねえだろ。ついでに新しいヤツも一緒に準備しとけ」

「え、やりすぎじゃないですか? 餅爆弾だけでもイケるでしょう?」

 そうやって不思議そうに聞いてくる部下を見て、夜船は心底楽しそうに笑った。

「やっぱ、本物ってやつを見せてやんねえとな」

 それを聞いてニヤッと笑う。残っていた部下たちも楽しそうに笑った。そして、新しいモノを用意しようと準備のために駆けていく。

「大砲準備完了!」

「砲弾装填完了!」

「標準よし!」

 慣れ親しんだ音を聞く間に、どんどん大砲が設置されていく。その音が消えた途端、

「餅爆弾、発射!!」

 発射の号令が響いた。

 アンナトン軍の砲弾のように自軍の頭上を通り過ぎ、敵軍のあたりに着弾する白い塊と赤褐色の塊が見えた。

 それに気づいたうちの兵士たちが、動きを封じられた敵兵士をあっという間に取り囲み潰していく。

「まあ、せいぜい遊んでやれ」



 地を埋め尽くさんとするほどの兵士が並んでいるのは、それはそれは壮観であった。それが、その多くが自軍の兵士であれば尚更そうである。

 そう考え眼下を楽しそうに見ている己の部下たちを見て、クレマは『阿保だなあ、コイツら』と思っていた。

(全く、使えると思って連れてきたというのにすぐコレですか。国に帰ったら適当な理由をつけてまた換えなければ。使える駒が少ないのは、ほとほと困ったものです)

 そう考えながら、奥でひっそりとため息をつく。

(戦力差は圧倒的にあり、兵士たちそのものも脳筋だが能無しではない。『戦い方』を知っている。私がそこに至るまでうまく動かしてやれば、どうにかなる。だから、コレと比べればまだマシだ)

 問題はそんなことも考えられない己の部下たちである。眉間を揉みほぐす。ため息が止まらない。

(全く、これだから………)

「クレマ様、お顔に出ております」

 その声にスッと仮面を被る。顰められていた顔は、その一瞬で優雅な微笑みに変わっていた。

「いつからです?」

「少々前から。私しか気づいてはおりませんが」

「……そうですか」

 ふうっと息を吐いた。この会話すらもあの騒ぎによって掻き消えていく。

 再びため息をついた。

「情報班からの連絡です。エクレールは、ヨフネのあの餅爆弾と同じような効果を持つ砲弾を用意してきていました。しかし餅爆弾には及ばず、下位互換と言える効果です」

「何を用意してきたかと思えば、下位互換のトラップですか」

 ならば、そこまで脅威ではない。『動きにくくなる』と『動けなくなる』では天と地ほどの差がある。これならば簡単に対応できる。

 そう思うとほんの少し気が楽になった。

「ヨフネの方はやはり餅爆弾・小豆弾を使用してきました。それにより自軍の兵士が、少しずつではありますが減りつつあります」

「そうですか。なら、激励にでも行ったほうがいいでしょうね」

 再び歪んだのであろう顔を見て、ヴェネトが軽く笑みを零す。

「さすがは『ティラ・ミ・ス』ですね」

「黙りなさい。呼ぶことを許可した覚えはありません。そもそも誰ですか、そんなモノ作ったのは。『私を元気付けて』などとふざけているでしょう。迷惑極まりない!」

 そう言って苛立ちを振り払うように歩き出す。

 問題はトネールがいつ出てくるか予想しにくいこと。そして、ヨフネの新兵器がどんなものであるかということ。

 それが掴めれば、かなり動きやすくなるだろう。

「ヴェネトに任せたものは?」

「順調です。今回のアタリがうまく動いてくれていますね」

「そうですか」

 声の煩さに顔をついしかめてしまう。ヴェネトはサッと礼をして姿を消した。

 ヴェネトは特に使える人間だから、あれがうまく行っていると言うのならそうなのだろう。

 そう思いながら無線を手に取った。

「皆さん、聞こえていますか?」

 無線の向こうでは一丁前に静かにして、『ありがたいお言葉』を聞こうとしているのだろう。そう思うと笑みが溢れた。

「皆さんの働きは、私の耳に届いています。私の目に届いています。私の心に届いています」

 直前まで騒いでいた部下たちも、騒ぐのを止め真剣な顔をしてこちらを見ていた。

「ヤマト軍にも、アンナトン軍にも、皆さんは負けません」

 一層笑みを深める。ひゅっと息を呑む音が聞こえた。

「だって、私が付いているのですから」

 戦場でドッと歓声が上がったのがわかった。ここで部下たちが、またうるさく騒いでいるのだ。

 微笑みは微笑みでも、嘲笑の類だというのにおめでたい頭をしている。戦場で自軍が揺れたのが、この場からも確認ができたのだ。十中八九、向こうでも歓声をあげていることだろう。

 目に見えて進行の勢いが増したのが分かる。戦場が茶色く染まっていく。指揮が上がっているこの状況を好機と見て、目眩しのチョコレートパウダーを使って戦線を上げ始めていた。

 全くもって、予想通り。

(ああ、なんて動かしやすいのでしょう)

 そう思いながらうっそりと笑った。

 


 視界が茶色に塞がれていく。

「総員動くな! いいですか!! 必ずは攻撃は受けてからしなさい! 誤って味方を攻撃しないように気をつけて!」

 覆われた視界の中で、蠢く影がいくつも通り過ぎていく。じっと息を潜め、機を伺う。

 短いような長いような感覚を狂わせる空間の中、ひたすら待つ。

 少しずつ部下たちが反撃をしていく声が聞こえ始める。

 リュイールもパウダーの中から飛び出してくる兵士たちを部下と共に薙ぎ倒しながら、進んでいく。

 開けていく視界の向こうには、地面を埋め尽くさんとするほどのイタリアーナ軍兵がこちらを睨みつけていた。

 ざぁっと空気が伝染していく。『この物量に勝てるのか?』という不安、もしくは『勝てるはずがない』という諦めの空気が。

 それを叱責する様に声を張り上げた。

「前を見なさい!!」

 ビリッと震える。槍先を敵軍へと突きつけた。

「私たちは勝ちに来たのです。イタリアーナ軍相手に、こちらが先に心が折れてどうするのですか!」

 向かってくる敵兵を蹴散らし、足を進める。

「忘れたのですか! 私たちの偉大なる主君を!!」

 空気が変わる。武器を構える音があたりに重なり響く。

「私たちがに何がついているのかを!!」

 リュイールの気迫に押され、後退気味だったイタリアーナ軍がそれを見て地に足を踏みしめた。

「トネール、出撃!!」

 イタリアーナ軍の背後から、黄金の雷が襲いかかった。


 同時刻、ヤマト軍と対するラヨネもリュイールと同じ号令を出していた。

 どこからともなく飛び出してきた兵士は、雷の如き速さで敵を翻弄していく。

 ラヨネ自身もまたその中に混じって、チョコレートの双刀を見惚れるような身のこなしで振るい、敵兵士を屠っている。

 イタリアーナ軍に押されていたアンナトン軍は、この攻撃によって勢いを取り戻していった。

「てっきりこっちはリュイールが来るもんだと思ってたが、トネールを率いる隊長さんがうちのとこに来るとは」

 『光栄だ』と言って、夜船は楽しそうに口角を上げた。

 その余裕そうに笑う夜船とは反対に、部下たちはてんやわんやしていた。トネールが加勢に入ろうが、自軍が負けるとは微塵も思っていない。

 しかし、今までどこに潜んでいたのかがわからなかった。

「お頭!」

「情けねえ声出してんじゃねえよ!」

 そう部下たちに怒鳴る。

「おい北窓。お前はどう思う?」

 隣にいた部下に問いかける。『そうだなあ……』と言って首を傾げた。

 少しして、うんうん唸ったあとおずおずと口を開いた。

「多分、一般兵の中に混じっていたんじゃねえですかね?特攻を仕掛けてきた兵は後方にもいたけど、前方にもいたっすから。なんで後方にもいたのかは分かんねえです」

「半分正解だ」

 ウグッとうめき声をあげて苦笑いをした。それを見てハハハと笑う。周りの部下たちも同じようにうんうん唸り頭を捻る。

「あの下位互換みたいなトラップ、なんか関係あるんじゃないですか?」

 しばらくすると、そうポツリと呟く声が聞こえた。バッと集中した視線に一瞬居心地悪そうにしたものの、すぐに真っ直ぐ夜船を見つめた。

「天津、続けろ」

 夜船は静かにそう言った。コクリと頷いた天津は、そのまま話し続ける。

「さっき双眼鏡を借りたとき、後方から飛び出していった兵士はなんか黄色っぽいものを羽織ってました。あのトラップと同じ色のやつ。それにはあの粘着性の物体はついてませんでした。あの下に潜り込んでたんじゃないですか?イタリアーナ軍のチョコレートパウダーに乗じてかな?タイミング的に」

 しん、と音が止む。黙ってしまった夜船たちを見て、不思議そうに首を傾げる。

「ハッハッハッ!!」

 突如、夜船が大声で笑い出した。それをボーッと見つめていた天津の背中を、バシバシと叩く。その勢いのあまり、天津は耐えきれずぐらりとよろめいた。

「満点だ! まあカラクリはコイツが言った通りだ。あの薄黄色いのだけに気をつけとけ。にしてもなあ、トネールか………」

 楽しそうに笑っていた夜船がスッと顔を覆う。その顔を覗き込んだ数人は、その圧にぶるりと体を揺らした。

「………いいねえ。いいじゃねえか」

 その目は爛々と好戦的に輝き、口はその笑みを抑えきれていなかった。残りの部下たちも体をぶるりと揺らし、その顔に笑みをたたえた。

「新しいヤツ、準備できてるんだろうな」

 獰猛な目で北窓を見る。

「……もちろん。もうとっくに出来てますよ」

 北窓も同じように獰猛な目をして言葉を返す。ニヤリと笑った顔は今にも噛みつきそうであった。

「俺も出るぞ」

 一瞬置いて、グワっと歓声が上がった。

「クレマ公だけじゃねえ、エクレール嬢、トネールともやんだ。じゃんじゃん出してけ!」

 バタバタと動き始める。大砲を動かし、砲弾を抱え、武器をさす。

「天津!お前がここの指揮やれ」

「え、指揮?何で………」


 困惑して聞き返す天津の返答を無視して、夜船は告げた。

「『何で』じゃねえ。お前ならやれるだろ。だからやれ」

 あまりにも普通に告げる夜船を見て、覚悟を決めた天津は迷いのない顔で頷いた。

 自分が尊敬するお頭がらそう決めたのだから。

「はい!」

 その返答を背中で聞きながら足を進めた。


 茶色の煙を切り裂きながら、戦場を駆ける。

 雨のように降り注ぐ大砲の音が、部下の雄叫びが、足音が、地を震わせる。

 ある砲弾は敵兵の動きを鈍らせ、ある砲弾は広範囲の敵兵を吹き飛ばしていた。

 その色とりどりの攻撃を見て、凶悪なまでに楽しそうに笑った。

「思い切りがいいじゃねえか!あいつ!!」

「ちょっと、お頭!!いいんですか!」

 敵を蹴飛ばした北窓が夜船に向かって叫ぶ。対敵した部下たちは、それぞれ楽しそうに武器を振るっていた。

「何がだ!」


「いつもの餅爆弾とか小豆弾だけじゃなくて、ラムネ弾とか栗弾とか!めっちゃ新弾使ってません!?」

 目の前に躍り出た敵兵数人を白い槍で殴り倒す。

「ああ!そうだなあ!使えって言ったしなあ!それがどうした!!」

「それがって!まだクレマ公何か隠してんのに出しちゃっていいんですか!?」

「んなの関係あるか!クレマ公だろうがエクレール嬢のとこのだろうが、いつも通り全部倒しゃそれでいい!!」

 背後の敵を振り向きざまに斬り捨てる。ぎゃあぎゃあ騒いでいる北窓も、敵を踏み台にして確実に倒していた。

「そんなあ!」

「お頭!」

「何だ!!」

 『情けねえ声出してんじゃねえ!』と北窓を怒鳴りつけたところで、部下の一人が大声で夜船の名を呼ぶ。

「なんか変なんです!」

「はあ?」 

 武器を下ろす。北窓も不思議に感じたのか近寄ってきた。一時的に戦闘が止まる。

「東に敵兵がいると聞いて行ったらうちの奴らがいたんです」

「それで?」

「そこにいたやつに聞いたら西にいるって言うし、変だと思って他のやつにも聞いてみたら情報が全然違って、これって………」

 同じように違和感を持つ部下たちがわらわらと集まってくる。

「………なるほどなあ」

 現状を理解した夜船の視線は遠くのクレマ公を睨みつけていた。



 クレマ公は眼下を見下ろしてクツクツと笑っていた。

「やはり、ヴェネトはいい仕事をしますね」

「ありがたきお言葉です」

 そう言っていつのまにか隣に立っていたヴェネトは、いつものように敬礼をした。

「貴方が言っていた通り、間者がうまくやってくれたようですね。エクレールの焦った顔。ヨフネの苦虫を噛み潰したような顔。想像しただけで楽しくなります」

「今回のアタリがうまく密偵として働いてくれましたので。アタリを引き抜いたクレマ公の慧眼ゆえのことでございます」


 視線の先では、混乱しているだろう二つの軍が見える。轢き潰すように進んでいく我が軍隊を前にした両軍は、たいそう小さく見えた。

「情報系統が混沌としているこの状態で、自軍よりも遥かに膨大な量の敵兵士と対してしまったら………。どうなるか見ものですね」

 ふふっと声を溢しながら、ますます笑みを深くする。

「さあっすが! クレマ公ですなあ!!」

 耳がキーンとするほどの大声と共にズシリと背中に圧がかかった。

「本当に! クレマ公に任せておけば、我が軍は安泰ですなあ!!」

 ガシリと肩を組まれ、バシバシと背中を叩かれる。

 ピシリ、と固まった。

「はい! 流石クレマ公です!」

「公爵様の部下としてここに来れたこと、とても光栄に思います!」

「クレマ公の作戦! 用意されたビスコッティの盾!」

「相手を撹乱させるチョコレートパウダーも流石のものです!」

 ぐるりと周囲を囲まれる。スッと視線を動かすが、ヴェネトの姿は既に消えていた。

「何故だかアンナトン軍もヤマト軍も混乱しているようですしな!」

「このままいけば勝ちは確実ですなあ!」

「「「「「はははははは!!」」」」」

 笑い声が響き渡る。

「フフフフフフ」

 仮面を貼り付けて上品に笑ってみせる。それに気を良くしたのか、さらに声も態度も大きくなっていった。とりあえずは体を流れに任せる。

 身体と酷く乖離した心は氷のように冷えきっており、感情や思考は明後日の方向を向いていた。

(……………どうしてくれようか、この愚図共)

 グラグラと頭と身体が揺れている。低いような高いような、判別のできない雑音が耳を通り抜けていく。

 それでも視線だけは戦場から動かすことなく、ひたすらに敵の動向を観察していた。



 無線からひっきりなしに入ってくる連絡は敵兵の策略によってか歪みねじれるか歪み捩れ、兵士たちを混乱の渦に巻き込んでいた。あちらこちらで『西だ!』『東だ!』と叫ぶ声が聞こえる。

「一体、どうすれば………」

 リュイールに一時指揮権を譲られたリヒトもそれに巻き込まれていた。己の上司であるリュイールに連絡をするか、しかしそれが正しい情報であるかをを証明する手立てはない。この場で出した情報が正しいとは限らず、正しかったのだとしてもそう易々と信じることはできない。リヒトはそう葛藤し、顔を歪めながら無線をじっと睨みつけることしかできなかった。冷や汗が流れる。

 スッと肩に手をかけられる。弾かれるように顔を上げ、振り返った。

「その無線機を貸してください」

 ピッと声を上げ、飛び上がらなかった自分をリヒトは心の中で褒めた。

「はっはい!!」

 『どうぞっ!!』と無線を差し出す。

 無線を受け取ったかの人は、凛とした佇まいで口を開いた。


 ラヨネとの話し合いの中、ザザッと無線の繋がる音がした。

 互いに顔を見合わせ、恐る恐るスイッチを押す。

「リヒト副………」

『聞こえていますね』

 ゆるりとした声が響く。無意識にピンッと背筋が伸びた。

『リュイール、イタリアーナ軍を任せます。部隊を今一度、再編してください。自ら戦場に出ると言ったのですから、しっかりと自分の責務を果たしなさい。そして、その姿を私に見せてください』

「はい!」

 心がすっと軽くなる。心なしが視界も少し明るくなったように感じた。

『ラヨネはいますか?』

「はい、ここに」

 するりと前に出る。

『そのままトネールを率いてください。ヤマト軍を任せます。大砲の合図で攻撃を開始してください』

「拝命致しました」

 ラヨネの顔もなんとなく晴れているように見える。

『吉報を期待しています』

「「はい!」」

 ふっと笑ったような気配がしたのち、ブツリと言う音がして声が止まった。

「リュイール」

「はい」

 透明な目でラヨネは静かにこちらを見上げていた。

「そっちは、頼む」

「分かりました」 

 そう告げて髪を翻して歩いていく。その白銀は戦場の中でも、光を反射して強く輝いていた。

 それを見送って早足で歩く。目に光を戻した部下たちを引き連れ、視界いっぱいに広がるイタリアーナ軍を見据えた。

 大砲の音に背中を押され、改めて激しく大地を踏みしめた。



 遠くで大砲の音が響く。

 しかしその音なんて耳にも入っていないと言う勢いで、ヤマト軍は敵を薙ぎ倒して進んでいた。アンナトン軍もイタリアーナ軍も等しく吹き飛ばしていく。

 目の前で黄色が弾ける。これは自軍のとうもろこし弾だ。あちらで弾けた水色はラムネ弾だろう。そんなことを頭の隅でぼんやり思う。

 その砲弾もものともせずに駆け抜けていく。笑い声がこだましていた。

「オラァ!!」

 ブンっと風を切る音がして人が空を舞う。今のはアンナトン軍の軍服だったなと思った瞬間、次はイタリアーナ軍の軍服を地に倒していた。そうしてニヤリと笑う顔は、さながら悪魔のようだった。

 戦場で嵐が吹き荒れる。それほどの猛攻だった。ものすごい速さで戦線が上げられていく。それでも一定以上には進ませてこないのだから、一筋縄ではいかない。

 再び砲弾が空を飛ぶ。そして人が空を飛んでいく。

「うわあお頭、顔が凶悪すぎる」

「赤子だったら泣いてんな」

「お前震えてんぞ」

「馬鹿野郎震えてねえよ。そうだとしても武者振るいだ」

 敵兵がどんどん倒れていく。会話をしながらも周りにはたくさんの敵兵が積み上がっていた。手を止めることはない。

「スイッチの切り替えが早すぎる」

「カラカラ笑ってたと思ったら次の瞬間、あの極悪顔だもんな」

「てか倒しても倒しても減らねえ」

「イタリアーナ軍どうなってんだ」

「そこ起きんぞ!」

 地に伏せていた敵兵がよろよろと、しかしちゃんとした足取りで立ち上がった。何人も何人も何人も。ダンッとぶつかり合う音が目の前で鳴る。

「あっッッッぶな」

「クレマ公! こいつらに何吹き込んでんだ!?」

「おい、薄黄色の羽織だ! トネール来るぞ!!」

 そう言うが否やトネールが目の前に躍り出てくる。その後ろにはトネールではないもののアンナトン軍の兵士たちが見えた。

「君たちの大将はどこ?」

 一際鋭く動く小さな影が、白銀を揺らせてそう問いかける。

「言うわけっ! 無いだろうがあ!!」

 ザンッと武器を振って吹き飛ばす。余裕を持って体制を整えてきたソレは、息つく暇もなく襲いかかる。

 光沢をたたえる茶色の刃が、目の前いっぱいに広がった。思わず目を見開く。

「俺の部下にちょっかい出してんじゃねえぞ。トネールの隊長」

「待ってたよ。ヤマトの大将」

 鈍い音が耳元で響く。全てを吹き飛ばす逞しい背中が目の前に広がっていた。

「お頭!!」

「お前も見惚れてんじゃねえ。反撃の一つでもしろ」

「すみません!」

「周りの奴ら片付しておけ」

「はい!」

 敵兵のもとへ駆けていく。向き合った両者は静かに相手を睨みつけていた。

「骨のあるやつ待ってたんだよ」

「悪いけど、エクレール様のためだから」

 同時に走り出す。互いの武器が激しくぶつかり合った。戦いは終盤に差し掛かっていた。



「全員気を緩めないで! 確実に相手を減らしなさい!」

 少しずつではあるが確実に敵を減らしていた。それでも、イタリアーナ軍兵は立ち上がり行手を阻む。『倒れない』ことがどれだけ恐ろしいものなのかと言うことを、リュイールは身をもって今理解した。

 ドドンという大砲の音が絶えず鳴り響く。砲弾の撃ち合いが頭上で行われていた。敵を蹴散らし、自軍を吹き飛ばす。カスタード弾もチョコレート弾も容赦なく放たれていった。黄色と茶色が入り乱れ地面を覆い尽くしていく。

 一方で硬い盾を砕き敵兵を倒したかと思えば、他方では自軍の兵士が敵兵に埋もれる。それを剥がしたかと思えば、倒れた兵士が立ち上がる。いたちごっこであった。

 何度も何度も起き上がるその姿・その気力には驚きが隠せない。彼の一言でここまで変わるのだから、本当にクレマ公は恐ろしい。

 そう思いながら手を止めることなく武器を振り続ける。周囲に目を配り、部下たちに指示を飛ばした。

 ラヨネは今頃あの類稀なる腕を振るって敵兵を屠っているのだろう、とふと思う。

「負けてはいられないですね。エクレール様のためにも」

 己を買ってくれた主君の顔に泥を塗るわけにはいかない。そう自分を奮い立たせるように笑みを浮かべた。そして向かってくる敵兵を数人まとめて吹き飛ばした。



 そこかしこで雄叫びが響く。

 人と人が、武器と武器がぶつかり合う音がする。

 武器が折れる音がする。

 人が倒れる音がする。

 大砲の音がする。

 地面が吹き飛ぶ音がする。

 盾を砕く音がする。

 立ち上がる音がする。

 地を踏み、必死に走る音がする。


「あああああああああ!!」

 喉が裂けるほどの叫び声が戦場に響き渡った。

 砂埃に揉まれ戦争の音に飲み込まれていくそれは確かに誰かの咆哮であり、この戦場に立つ全ての人間の咆哮であった。



 ピロンピロン、と聞き慣れた高い電子音が響き、ドアが開く。

 プラスチックのカゴを腕にさげ、迷いなく足を進めとあるコーナーで止まった。うーんと悩んだ末、綺麗に並んだものの一つに手を伸ばす。

「今日はこれにしよう!」

 選ばれたそれをカゴの中に入れて、レジへと歩き出した。

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