第3話 ひな鳥たち

 その日、初めての召喚が行われる大講堂は、縦に六列、横に六列、しめて三十六のマスに分けられ、杭とロープで仕切られていた。

 講堂の突き当りは壇になっており、中央に教卓が据えてある。

 その教卓に、戯鬼ボーグルのニッセは行儀悪く腰を下ろし、短い脚をぶらぶらさせながら「その時」を待っていた。

 やがて廊下が騒がしくなり、開け放たれた扉から生徒たちが入ってくる。

 ある者はそわそわと、ある者はことさら平然としたふうを装って。

 今年のひなは、三十五人。

 果たしてこのうち何人が、召喚士として巣立てることやら。



「来た者から順にマスに入れ!」


 壇上でニッセが怒鳴っている。


「こら、そこ! さっさと入れ。どこを選んでも結果は変わらん!」


 カイラはさっとあたりを見渡し、先頭から二列目の左端のマスに目をつけた。

 集中するなら、なるべく隅っこのほうがいい。とはいえ、四隅のマスでは、あまり強い魔物を召喚べない、というまことしやかな噂がある。

 女の子たちが、仲良し同士、隣り合うマスに入りたがって渋滞したり、不器用な子が仕切りを倒してしまったりと、ひとしきりごたごたしたものの、最終的には全員が何とかマスにおさまった。


 ……のだが。


 あとはニッセの合図を待つばかり、というだんになって、ふいに講堂の後ろがざわめいた。


「うっそ。ザカーリ先生よ!」

「マジで? 本物?」


 囁き交わす生徒たちの間を、漆黒の長身が通っていく。


『明日からの試験を、心から楽しみにしているよ』


 夕闇の教室で輝いていた白髪。微笑みを含んだ低い声。骨ばった手の感触までがまざまざとよみがえり、カイラの鼓動が早くなる。


(いやいや。あんなの、ザカーリ先生にとっては全然大したことじゃないし! 何ならきっと忘れちゃってるし!)


 火照った頬を指先で冷やしつつ、それでも幾ばくかの期待をこめて、黒い姿を目で追った。

 ザカーリはまっすぐ奥の壇に向かい、使い魔に何事か囁いている。



 ――その、壇上では。

 ニッセがザカーリに食ってかかっていた。


「どういうこった、問題が起きそうってのは?」

「そのままの意味だ。この召喚は、一筋縄では終わらぬだろう」


 ニッセはふんとせせら笑った。


「魔法院の創立からこっち、無事に済んだ召喚試験なんてあったか?」

「ないな。だが、今回のようなことは初めてだ」

「一体全体、何が起きるっていうんだよ」

「今はまだ明かせない」


 ニッセはチッと舌打ちした。


「もったいぶりやがって」

「卵は孵してみないことには」

「今回はその卵の中に、やばいもんが混じってんだろ」

「そうだ」


 そう言うと、ザカーリはニッセの目を正面から覗き込んだ。


「だから、何としても守ってやれ。お前の大事なひな鳥たちを」


 かくて、いよいよひな鳥たちは試練に臨む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る